「……ジェイド、これマジか?」

「私はいつだってマジですよ、陛下」

 いいからとっととハンコ押してくださいよ皇帝はそれだけが仕事でしょう、と、ジェイドは主君に向かってノンブレスで、偏見に満ちた言いがかりをつけたのだった。

 

 

象のパレード 5

 

 

「………旦那、これマジか?」

「それはもう、さっき陛下が言いましたよガイ。まったく……どいつもこいつも独創性がありませんねぇ」

「いや、この処置が独創的すぎるだろ。旦那が独りで創り上げすぎだろ」

「そうですか? 私の中では辻褄が合ってるんですが」

「旦那の中のカオスで、勝手に辻褄が合ってもなぁ……ってか、なんで既に陛下の印まで押してあるんだよ……」

「公式に認証されたからに決まってるでしょう。陛下は御心広くも、『……ま・いんじゃね?』と軽〜く納得して下さいましたよ?」

「そうか、他人事だからな。一時の驚愕が去ったら面白くなっちゃうよな陛下的には」

「おやおや、主君に対してなんという物言いですか。……で、ガイ、何か文句でも? 皇帝の調印が為された以上、逆らったらちょっとした反逆罪なんですけど……」

「……俺に選択肢なんかないんじゃないか」

「何を言っているんだか。あなたの人生、今までだって選択肢なんてなかったようなモンでしょう。それがこれからもそうだ、というだけのことです。何の問題があるのですか」

「ないとでも」

「ガーイ?」

「……わーったよ。だが、理由くらい聞いてもいいだろう? なんでこんな素っ頓狂なことになるんだ?」

 ガイはため息をつきつつ、渡された通知書をピラピラ振る。なんだか長々と書き連ねてあるその書類の内容は、要約するとなんてことはない。

 要約:六神将シンクの保護監察を、ガルディオス家預りとする。

 である。実質上、ガイにおまかせ☆ な適当さだ。

「理由、ですか……。ガイ、荷おろし症候群の一種たる、空の巣症候群って知ってますか? つまり私は、ただただ仲間たるあなたを心配して」

「………………もういい」

 ※空の巣症候群・・・子育てが終わり、子どもが家を巣立っていったことによって起こるとされる抑うつ症状。子どもの自立による心の空虚が一因とされる。

 実質上、おっさんに中年女性扱いされたガイ(二十代男)は、更なるため息をつきつつも、新たな運命を受け容れたのだった。

 ま・ルークは反抗期が来る前に大人になっちまったから、パンクに走ったガキのお守りも悪くないかもな……と、明らかな症状を露呈しながら。

 

 

「っふざけんな!! ……ンなペット療法みたいな理由で、変なところに収容されるのは御免だよ! 何考えてるんだいあのネクロマンサーは!?」

「……まあ、そう噛み付くなよ」

 ガイは頭を掻きつつ苦笑いした。こりゃあ苦労しそうだな……、と内心思いながら。

「お前の気持ちも分かるがな、シンク。こりゃーもう決定しちまったんだ。足掻いてもバカを見るだけだぞ。だから落ち着け、な? 小遣いやるから

「……っ気が狂いそうだ……!」

 なんなんだ。なんでこうなった? 僕は何か気に障ることでもしたか?

 ……よく考えるまでもなく、ヴァンに協力したことは大いにジェイドの気に障ったに違いないのだが。そして現状は、国際裁判にかけられるよりは破格の待遇と言っていいはずだが。

 だが、シンクはすっかり被害妄想だった。無理もない。

「……なんでだよ、コレ。せめて理由が分からないと、気味が悪いったらないんだけど。僕はディストと違って、研究の役に立つということもない。戦闘員としてはそれなりの力があると自負してるが、このアンチフォンスロットがある限り、その力も無いに等しい。そして死霊使いはアンチフォンスロットを放置する気満々。……意味分かんないんですけど!?」

「うーん……。と、言われても、旦那の考えることは俺にもサッパリだな。……途中までは全然、こんなつもりじゃなかったようだが」

 シンクを発見して……そう、途中までは確かに、ジェイドはシンクの処置など、ほとんど気にかけてなかったように思える。

 国際裁判が普通でしょうけど、ま・このまま野放してもいいんじゃないですか? と、本人だって言っていた。……途中から、なぜか態度が激変したのだ。

「だったら、僕を逃がせば済んだじゃないか。こんなの……そっちに手間がかかるだけだろ?」

「………………」

 ガイは黙る。

 逃がしたら、シンクはどうなっただろう。ローレライを憎みイオンを憎み……それなのに、ローレライもイオンも生き延びた、この世界で。

 ジェイドがあのとき「野放してもいい」と言ったのは、「次に反逆してきて正式な名目ができた時に返り討てばいい」という事実上の死刑判決だったことを、ガイは理解していた。……シンクだって、理解していたに違いない。

 なのに。

 

 ──私はローレライに関して、たった一つだけ心から評価しております

 ──人様に多大な面倒と迷惑をかけておいて……それでも最後まで

 ──自分の消滅だけは決して……絶対に望まなかったことだ……

 

 生かそうと思わなければ言えない言葉を、ジェイドは発した。

 ローレライを消すことへの躊躇いを与える言葉を。

 そして、消滅を強く、強く否定する言葉を……

「……ま、旦那の考えるコトなんて分からないが……俺としては、あのときの旦那は珍しく真っ当なことを言った、と思うね。……消えたがってないヤツを消すのは、どんなときでも、後味が悪いもんだ」

「ほー、あのジェイドがそんなことを。人は分からんもんだなぁ」

「ですよね陛下。……ってうおおおお陛下!?

「…………その皇帝なら、最初っからソコにいたけど」

 シンクは呆れたように呟いた。

 気づかないのもどうだろう、という表情をモロにしている。

「ちょ、陛下! なにしてんですかココ牢獄!」

「堅いこと言うなよ、ガイラルディア。その……シンク、だったか? そいつがガルディオス家に移送されてからじゃ、俺は見物に行きづらいじゃないか」

「行き『づらい』んじゃなくって行け『ない』んですよ! 勘弁して下さい!」

「……僕は見世物じゃない」

「ま、お前が見世物かそうでないかは置いといて、だ。……なにをグダグダ言ってんだ? 別にいいじゃねーか、ガイラルディアを困らせることで残りの人生堪能すれば」

 置くなよ、とか、んなこと堪能できるか、とか、色々と言いたいことはあった。

 だが、シンクはその呑気な言い様を真っ向から否定すべく、ピオニーを睨みつける。

「……僕は、空っぽなんだ。何もないんだよ。この上、星の記憶も消すことが叶わないとしたら……残りの人生なんか、僕には必要ない」

「ああ……なるほど」

「……ちょっと。何が、『なるほど』なんだい?」

「いや、ジェイドの伝言の出しどころは、ここかなー? と」

「伝、言……? ネクロマンサーが、僕に?」

「ああ、たぶんな。えーっと、『ガイを驚かせついでにシンクを見に行くのなら……伝えておいて下さい。陛下がここだ、と思うタイミングで全然構いませんので』

 ジェイドの声真似をしていたピオニーは、一旦言葉を切る。

 そして、なんだか哀しげな表情のガイに構うことなく、言葉を継ぐ……

『シンク、それ、気のせいじゃないですか?だそーだ」

っそれをアンタはここだと思ったわけか!! よりによって僕が自分を空っぽだと断言した、ここだと!」

「おう!」

 皇帝は元気に頷く。

 だって、なあガイラルディア? と振られたガイも、なんだか微妙に苦笑している。シンクの身悶えを一切気にかけることなく、ピオニーは続けた。

「だいたい、空っぽなヤツはパンクには走らねぇよ。たぶんお前のそれ、よくて反抗期だよ。……よかったなガイラルディア、心の間隙が埋まりそうで」

「いえ……陛下……あのですね……」

「アッシュのレプリカが自立して寂しいなら、ペットでも飼いなよ! ……ってそのペットが僕か! ふざけんなよどいつもこいつも!!」

「おお、今ので思い出した。俺もジェイドに言ったんだがな、六神将がこれ以上マルクトに増えるのはどうだろうって。サフィールだけで手に余るんじゃないかって」

「……で、陛下。旦那は何て?」

「イイ笑顔で、『いいじゃないですか陛下、ツッコミは何人いても。重宝しますよ〜』だと」

「……っ!!!」

「…………すいません陛下、そのへんにしてやって下さい……」

「ん? 何がだガイラルディア。……俺も一応、反論したんだがな。ツッコミはアスランだけで足りるんじゃないか、と。ほら、アスラン可哀想じゃん? いきなり新参者に地位を奪われたら」

「要るかそんな地位!」

「シンク、気持ちは分かるが黙ってろ」

「……したらジェイド、すごーく妙な顔をしてなぁ……」

 未だ続ける皇帝を置き去りに、ガイは必死でシンクをなだめる。

 ピオニーは誰に言うとでもなく、ただただ思い出しては首を傾げていた。

 

 ──フリングス、少将……? そうか……ここには、彼がいるんですね……

 

 見たこともないような顔をしていたが、あれは、一体何だったのか。

 ジェイドの中でアスランはツッコミではなかったのだろうか……、と見当違いなところに着陸しつつ、ピオニーは親友に思いを馳せる。本当に珍しくも有休をとって、皇都を留守にしている彼に。

「ケテルブルクに行ってきます、ね……こんのクソ忙しいときに」

 その申請だけは、断れないじゃないか。ジェイド自ら、そこに足を運びたいと言うなら。

「戦争が始まる直前の、ネフリーといい……」

 いきなりグランコクマへやってきて(何年ぶりだと思ってるんだ)、これまたいきなり、カイツールとエンゲーブへ伝令をお願いします、ときたものだ。

 いくら彼女の頼みでも……通常なら、ピオニーも断ったのだが。

 

「陛下、私が間違っておりました。陛下のほうこそ……ずっと、今までずっと、正しかったのです。今では私にも、はっきりとそれが分かります。兄は決して、心無いのではありませんでした。兄はただ……」

 

 ピオニーはくすりと笑う。

 思い出すだけで、笑うしかなかった。

 

「兄はただ……生物として決定的に頭が悪かったのですわ。私は愚かにも、兄のIQに惑わされておりました。あれだけ知能指数が高いのに、まさかアホってことはないだろう、と。ですが、そのまさかだったのですね……

 

 なんという物言い……、さすがはカーティス大佐の妹君だ……、という、なんとも言えない賞賛が周囲を飛び交ったものだ。

 ピオニーは正直、俺はそこまで言ったことはない、と思った。

 

「……ネフリー、ジェイドに何と伝えたいんだ? 最前線の現場にいるジェイドに、俺たちが教えられることなどないだろうに」

「いいえ陛下。そうですわね、『例の件は判明した』と。あとは……『役立てて下さい』………それから、最後に私の名を。それだけ、お願いしたいのです」

「………………分かった」

「……! 陛下……、ありがとう存じます!」

「別に構わない。それしきの内容で、なにか謀略などできやしないだろう。……それどころか、たったそれだけがジェイドの役に立つ、と言う。拒みようもない」

「それでも、ですわ。ありがとうございます……」

「……ネフリー、貴女は? ここで兄を待つか?」

「いいえ陛下、全然。戦争が始まったら、ここほど危ない場所はないではありませんか。次の便でケテルブルクへ帰ります」

 

 なんという保身……、さすがはネフリー知事だ……、と、もはや彼女個人に対する賞賛が、その場を席巻していた。真の兄離れとはこのことである(全く褒められたことではない)。

 

「あの兄妹、結構似てたんだなぁ……」

 ピオニーはピオニーで、なかなか酷い結論に達していた。

 ……現在のネフリーを見ていると、今まで見てきたジェイドを思い出す。

 ……現在のジェイドを見ていると……、「現在の」ネフリーを思い出す……?

 その妙なタイム・ラグに若干「?」となったピオニーだったが、まぁいいか、と気を取り直す。

「そんじゃ・ガイラルディア。新たなガキのお守り、がんばれよ〜♪ 俺は執務に戻るぞ、アスランをストレス性胃炎にさせたくはない」

「心配しなくても陛下、フリングス少将は既に立派なストレス患者ですよ!」

「待ちなよ皇帝! あのネクロマンサーに言ってやりたいことが……」

「おお、よしよし、伝えといてやるって。じゃあな〜」

「まだ何も言ってないよ!」

「ちょ、落ち着けってシンク!」

 ピオニーはひらひらと手を振って、その場を後にする。

 

 

 マルクト、キムラスカ、ダアト、そしてケセドニア代表が集う預言会議まで、あと一ヶ月。

 ……そう、一ヶ月後、歴史は再び激震する。

 預言会議の決議、レプリカ保護法の仮成立、ダアト再編の宣言……

 だがこれらのことより、最も大きく人々の心を揺すぶったのは、他でもなく。

 後世、スコア無きあとの年表はここから始まるとされる、「預言における権利と意義の喪失」の公示。

 

 ──俗称、「最後のスコア」であった。

 

 

 

ガイとピオニーの話でした。そして同時に閑話休題。6に続きます。

ブラウザバックお願いします。