「な、なんで戦争が始まってるんだよ……!」

「そんな……嘘ですわ……」

「ちくしょう……!!」

 仲間たちが驚愕に目を見開く中、ジェイドはただ少しだけ、俯いた──

 

 

象のパレード 2

 

 

「何度、観ても……」

「大佐ぁ、何か言いましたー?」

「いいええアニス。ただ私は、巨大戦艦が出ている戦場で歩兵戦をやるのは絶妙に無駄じゃないかなー、と思っただけです。口に出てましたかぁ?」

「……旦那。軍人の見地から見た戦場の講釈は、今一番必要じゃないから。むしろがっかりだから」

「そうですわ不謹慎な! まずはカイツールです。行きますわよルーク!」

「おう! ノエル、頼むぜ!」

「お任せください!」

 あ・しまった……。

 ジェイドはエンゲーブのことを言い出すタイミングを完全に逃していた。お子様たちは既に、ちょっとないほど燃え立っている。地味に未曾有である。

「ですが大佐、エンゲーブは……?」

 そこにティアの、若干十六歳とは思えぬ冷静な声がかかった。ジェイドは正直、ラッキー! と思った。

「……そうですね。私はマルクトの軍人として、エンゲーブ住民の避難にあたります。こちらにも人員を割いて貰えますか?」

「えーと、じゃあ……」

 編成を考え始めたルークを見ながら、ジェイドはひっそりと嘆息する。

 ……カイツール組は、戦争をとめられない。

 エンゲーブの避難は、最終的には必要ない。

 ならばケテルブルクに、いや、できることならいっそのこと大地を…………だが、ジェイドは皆を納得させられる手段を持たなかった。だから今は、「できるだけ速く」かつての道筋をたどるべきだ。……そう、決めたのであるが。

(やはり、もどかしいですねぇ……)

 基本が合理主義者なので、なんかもうイラっとする。

 カイツールで戦争がとめられるのなら、確かにそれが一番の近道だ。しかし、そうはならないことをジェイドは既に知っている。

 そして、自分が今までずっとルークたちと行動を共にしていたため──ルークたちが知らない情報(アルマンダインの居所とか、モースの行動とか)は自分もまた知らないはずだ、という前提が厳として成り立っていた。

(……いっそのこと、ルークたちに付いて行くのではなかったか)

 とすら、思う。

 カイツールでルークたちを待ち受けていれば、何もかも知っているような顔ができたかもしれない。だがそれだと戦力不足で、どっかの中ボス戦にてうっかり誰かが死ぬかもしれない。それはどうだろう。……いや、どうだろうじゃない、マズいだろうそれは。落ち着け私。

 ……それでもジェイドは、逆行に関して打ち明けなかった。

 自分が握っている未来の記憶は、スコアと大差ないのではないか──そのことが重く、とても重く、心に引っかかっていたからだ。

「……ネフリーなら、なんと言うでしょうねぇ……」

 だが、同じ記憶を持った妹は、ここにはいない。

 自分の判断だけが頼りなのだ。

 

「皆さん、カイツールに着陸します!」

「サンキュー、ノエル! ようし行くぜナタリア!」

「ええ、王族としての義務を果たしますわよ、ルーク! 付いていらっしゃい!

「ああ! どこまでも付いていくぜナタリア……!!

「こら、ルーク、ナタリア! 飛び出すなって!」

 凄まじいテンションで、お子様たち(&保護者)は飛び降りる。

 ガイは苦労しそうですね〜、と、取り残された三人は生温い目で見守った。エンゲーブは、ジェイド、ティア、アニスの軍人三人組。さぞかし行程が楽だろう。

「ではルーク、ナタリア、ガイ。……幸運を祈りますよ」

「おーよ! らしくねぇなジェイド! なんか辛気臭いぜ?」

「超ガンバってねルーク! ジェイド待ってるから☆」

「……ホントごめんなさい」

「分かればいいのです」

「……(間)……大佐、ではこちらも参りましょう」

「ええ、ティア……」

「カーティス大佐! お待ちください、カーティス大佐はおられますか!!?」

 自分を呼び止めるマルクト兵士の鋭い声に、ジェイドは思わず目を見開いた。

 ──これは、全く記憶にない。

「? ジェイドなら、機内にいるぜ?」

 ルークがあっさりと答えている声が耳に入る。ジェイドは、自分だけがこんなに動揺していることに、当然とはいえ驚いていた。先の記憶があるということは、いささかなりとも不測の事態に対して脆弱になるのだろう。

「私がジェイド・カーティスです。何ですか? 急いでいるのですが」

「お時間はとらせません。陛下から、至急の文書がカイツール軍本部に届いております! お受け取りを!」

「……陛下から? カイツールに、ですか?」

「は! カーティス大佐は、エンゲーブもしくはカイツール近辺に一時着陸する可能性があるため、見逃すことなく、必ずや手渡すように、と! 確かにお渡しいたしました!」

「ありがとう、ございます……」

 ご丁寧にも皇帝の刻印まで捺された文書を、ジェイドは何らありがたみを感じずにビリッと破り開ける。そして文面に目を通すと──絶句した。

 内容は短く、たったの二文、そして署名のみ。

 

 

 例のこと、判明いたしました。

 役立てて下さい。

              ネフリー

 

 

 なんてこった──

 開いた口が塞がらない、とはこのことだった。

 そう、前回現れなかった文書なのだから、これはネフリーが送ったと考えるのが一番自然だ。にしたって、なんと陛下を使いましたか。使われちゃいましたか陛下。さすがは私の妹! 死霊使いの妹は皇帝使いというわけか! こいつは一本とられました!

「……大佐、なぜ会心の拳を握ってらっしゃるのか存じ上げませんけれど……わたくしたちはもう、参りますわ。よろしくって?」

「ああ、行こうぜナタリア! 一刻も早く……!」

「待ちなさい、二人とも!」

「……どうした、旦那?」

 焦った様子の王族二人と、いぶかしむような様子のガイが振り返る。

 ジェイドは三人に、黙って手中の文書を差し出した。

「? ネフリーさん? が、なんでジェイドに?」

「何かお頼みになりましたの?」

「いいえ、私はネフリーに、何も頼んではおりません」

 これは本当である。

「……じゃ、これは何なんだ、旦那?」

「単なるカムフラージュです。実際のところ、ネフリーは関係ない。とある内容の、調査が済んだということに過ぎません」

 ……これは嘘であるが。

「全員、アルビオールに一時戻って下さい。全員、です。どうしても聞いていただかねばなりません」

 ジェイドは全員を見渡した。異を唱える者は、いなかった。

 

 ネフリーは恐らく、ジェイドの考えの細部まで読んだわけでは、全然ない。

 だが、内容を特定しない文書が、しかも陛下から届いたなら……これ以上のハッタリはない、と考えたのだろう。内容はジェイドが特定すればいい。口裏を合わせるだけなら、後でなんとでもなる。

 つまり、ジェイドへのメッセージは、後半の一文のみ。

 

 ──役立てて下さい。

 

 これだけなのだ。よろしい、存分に役立ててみせましょう。

「ンだよジェイド! 早く言えよ!」

「落ち着きなさいルーク。……将軍たちはおそらく、あなたたちの言うことを聞いてはくれません」

「それは、わたくしたちが死んだと思っているからですわ!」

「それだけではないんです。……ナタリア、非常に言いづらいことですが…………貴女の出生に疑惑が持ち上がっている。首都たるバチカルで、です」

「!! なんですって……?」

「バカ言うんじゃねーよジェイド! ナタリアが……っ、レプリカのオレじゃあるまいし、ナタリアがそんな訳ねーだろ!」

「真偽は定かではありません。私も軍調査部で噂を聞いたときは、何の妄言かと思いました。ですがこの文書は……私に、それが真実である蓋然性が高いと知らせるためのものです。そして噂の大元はどうやら、モース。モースは、それが真実であると吹聴するため、既にバチカルに赴いていると思われる」

「な……! じゃあ、まずバチカルに行かないと……!?」

「インゴベルト陛下の心は現在、揺れていることでしょう。……ルーク、ナタリア、あなた方が今、すべきことは何ですか?」

「戦争を、とめることですわ」

「さすがはナタリア姫ですね。その通りです。……酷なことを申しますが、ナタリアの存在の証明は……後でもできる。今はとにかく、一刻も早く戦争をとめるべきです。──より確実な方法で」

「……ジェイド、その方法ってバチカルに行って伯父上を説得すること、じゃないのか……?」

「本来はそうですよ、ルーク。ですが……」

「……お父様は、わたくしの言葉を聞かないかもしれない、とおっしゃりたいのですね…………それほどまでに、その噂は……真実だと……」

「ナタリア……」

 ティアがそっと、ナタリアの背に手を当てる。

 しばらく、居心地の悪い沈黙が落ちた。

 沈黙を破ったのは、ガイである。

「旦那……アンタには何か、考えがあるのか? 戦争をとめる方法が」

「いささか強引ですが……」

 ジェイドは眼鏡のブリッジを上げた。全員が同意するかは分からないが、申し出てみる価値はある、と思った。

「私は、戦場全体の降下を提案します。推測に過ぎませんが、パッセージリングは連動している可能性が高い。このままでは放っておいてもエンゲーブは崩落しますし……ヴァンが他の場所も崩落させようとしている、とも考えられる。逆に言えば、降ろしてしまえばその土地はもはや安全です」

「でも、それでは戦争が後回しになりませんこと……?」

「いいえナタリア。戦場が魔界に降下すれば、戦争どころではないでしょう……おそらく、ですが」

「強引だな……」

「強引だとは、先に申し上げたはずです」

 ジェイドは鋭く、ガイを制した。あらゆる方法を試してダメだったかつてならともかく、現在の仲間たちにとって、それがいかに強引に感じられるかは分かっているつもりだ。だが、これが一番手っ取り早い。セシルとフリングスの恋バナは逃すかもしれないが。

「……私は、大佐の考えに賛同します」

 意外にも、小さく声を上げたのは、ティアであった。うつむいたまま、言葉をつなぐ。

「エンゲーブが、崩れずに助かる可能性がある……それだけでも、実施する価値があります。それに、確かにいきなり魔界に落ちたら……戦争どころじゃないはずだわ」

 そして、鋭くも優しい視線を、周囲に投げかける。その視線に、ルークが応えた。

「……じゃあ、オレが行かないと始まらねぇよな。パッセージリングが操れるのは、今んとこオレだけだ」

「やれやれ。ルークが決心したなら、俺がどうこう言ってる場合じゃないな。ご主人様が……って言うより、こんな子どもが決心したんだから、な」

「セフィロトにはダアト式封術が施されている。僕が行かねば話にならないでしょう。参ります」

「イオン様……。……うん、あたしも、それがいいと思う」

「…………………………」

 ただ一人、顔を伏せていた王女は、本当に小さく頷いた。

 そして、搾り出すように、口を開く。

「…………わたくしも、それがよいと思いますわ……」

「そうですか、では……」

 表情にこそ出さなかったが、ジェイドは、やった! と思った。

 これで最短で戦争をとめられる……と、本当に安堵したのだ。

 ネフリー、お兄ちゃんはやりましたよ! ……実にキャラ崩壊を起こしてまで、脳内カーニバルであった。彼だって、それなりに精神が疲弊していたのだ。分かっているのに何も働きかけられない、この現状に。

 だが。

「ええ、それがよい、と思いますわ……。ですからみなさん、パッセージリングに向かって下さいませ。……ですが、わたくしを……わたくしは、バチカルで降ろして下さい……!」

『……!!!』

 全員が目を見張った。ジェイドはひとしおであった。

 まさか、ここまでナタリアが固執するとは思っていなかったのだ。

「ナタリア、お父上が貴女を疑うなど、信じられないという気持ちも分かりますが……」

「いいえ、いいえ大佐、違うのです」

「違う、とは? 拘っている場合ではありませんよ」

「いいえ!」

 ナタリアは、まっすぐにジェイドを見上げた。その眼差しを目にしたとき、なぜかジェイドは雪国で会った妹のことを思い出したが…………あの子は確か、何と言っていただろうか……?

「いいえ大佐、ピオニー陛下は和平を望んでらっしゃいます……大陸は崩落しかかっています……みなさんは、大陸を無事に降下しようとしている……それではお父様は? なのにお父様は未だ……ただ、惑ってらっしゃるのですわ。分かって下さい大佐、ならば尚更……誰かが、キムラスカを代表しうる誰かが今、反戦の声を上げねばならないのです。それがたとえ無駄に終わっても、キムラスカの歴史に、誰かが反戦を叫んだという事実を刻むことが必要なのですわ! たとえ、わたくしが偽者だとしても……やらせて下さいませ」

「………………」

 あの妹は、何と言ったのだったか。

 

 ──決して固執しないで

 ──もし危なくなったり、不可能だと判断したならば

 ──すぐさま手のひらを返してちょうだい。だって、お兄さんの計画ごとき……

 

「……私の計画ごとき、失敗してなんぼのもの、ですか……」

「え? な、なんですのそれは」

「いえナタリア、こっちの話です。……ガイ!」

「なんだ?」

「二手に分かれます。あなたは、ナタリアとバチカルに向かってくれませんか? マルクト軍人たる私は論外ですし……ルークとティア、それにイオン様は、どうやってもセフィロト降下に必要ですから」

 それにナタリア+ガイという餌を揃えておけば、アッシュが食いつかないわけがありませんからね、とは心の声である。

「……わかった」

「大佐……、感謝いたしますわ」

「いいえご立派ですよ、王女殿下。……ナタリア、ガイ、危なくなったら、すぐさま首都から脱出してベルケントへ向かいなさい。ケセドニア方面はこれから魔界に降下します」

「はい!」

「ああ」

「よし。では、ルーク、ティア、それにイオン様、アニス。よろしいですか?」

「おう!」

「ええ」

「はい、ジェイド」

「…………う、ん……大佐」

「? どうしましたアニス、歯切れが悪いですねぇ」

 アニスが、何とも奇妙な表情でナタリアを見ていた。

 眉根を寄せ、首をかしげ、イオンを見て、小さく首を振り……それから、大きく頷く。

「大佐ぁ♪ アニスちゃんも、バチカル組に行きまーす! イオン様をよろしく☆」

「……! それはまた……」

「まあアニス、危険でしてよ?」

「危険だからだよー。……モースも、ダアト所属の私がいれば、ちょっとは違うかもしんないでしょ?」

「はは、それは頼もしいな」

 おやおや……。

 ナタリアとガイの返事を聞きながら、ジェイドは改めて感じ入った。

 スパイのアニスがいれば、モースも安心して、ナタリアたちを逃がしてくれるかもしれない。

 ……だが、アニスが自らそれを思いつき、申し出るとは。

「大したものですねぇ……」

 ユリアの預言も……ジェイドの記憶をも踏み台にして、新たな道を選ぶというのか。

 

 ──未来はどうとでも転びます。そうでしょう?

 

 ……そうですね、ネフリー。

 それとも、なべて女性はたくましい、ということでしょうか?

「ますます、どう転ぶか分からなくなりましたね〜」

「? なんかジェイド、楽しそうだな?」

「はは、ルーク、そう見えますか」

 ま、あの妹は、限りなくアサッテの方向にたくましいですが。

 そう呟いたジェイドの耳に、お兄さんの妹ですものね、という朗らかな声が届いた気がした。

 

 

 

ナタリア&アニスのお話でした。3に続きます。

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