新居
いつの間にやら赤毛を再び短く切りそろえた青年は、年月を経てなお(主に外見が)変わらぬネクロマンサーの前に、なにやら深刻な表情で座っていた。
ノックもせずに入ってきて執務室備え付けのソファに座り、話しづらそうに黙ったまま、数分。その間ジェイドは、全くその存在を気に留めることなく書類に目を通し続けていた。
さらに十数分後、ルークはその重い口をようやっと開く──。
「……あのさジェイド、相談があるんだ」
「帰れ」
対するジェイドの反応は、びっくりするほどキレがよかった。以前の彼ならば「帰って下さい」「邪魔です、帰りなさい」「憲兵〜、不審者がいます、つまみ出しなさい♪」の三択(※機嫌の悪い順)であったはずなのだが。これ以上キャラの幅を広げてどうするつもりだろう、とルークは微妙な気持ちになる。
「えー。ジェイド、話くらい聞いてくれよ!」
「ならばせめて、ノックして入って、数ヶ月ぶりの再会の挨拶くらいしたらどうですか。礼儀知らずにもほどがあります。ファブレ家は一体どんな教育してるんだか、今も昔も」
「じゃ、ノックして挨拶し直したら、話聞いてくれるか?」
「……ルーク。あなただんだん、陛下に似てきましたね」
なんか……こう……、全っ然めげないところが。
なんだか辟易した様子のジェイドを前に、そりゃ違うだろ、とルークは思った。ルークがピオニーに似てきたわけではない、ただ、ジェイドと付き合う上で、「めげない」という技能が絶対に必須なだけだ。今やルークの「めげない」ランクは、無駄に三ツ星であった。
「じゃなくってさ〜、ジェイド。真面目な相談なんだよ!」
「……あなたがこの時期に、よりによって私に持ちかける相談はロクでもないに決まってます。ガイのところに行きなさい」
「そんな。でもほら、最初っからガイに頼るようじゃダメじゃん?」
「最後は頼るつもりなら最初から行きなさい! アホらしい……あの男はだいたいがとこ、あなたの面倒を見るのが天命です。だとしたらそれを全うするのが天道というもの」
「……いや、正直オレも、ガイはオレの面倒をみるのが基本姿勢かな、と思わなくもない。でも、そこをあえてジェイドのとこに来たんだ。その心意気をくんで欲しい」
その物言いのどこに心意気が。
ジェイドはものすごく突っ込みたかったが、ジェイドの完全なる理論によると、ツッコミはだいたい損な役回りである。だからやめておいた。
「……聞くだけですよ」
ため息とともに、折れる。大概彼は、この子どもに甘いのだ。デレ期に以降した後、もとのツン期が再来することは結局なかった。この場合、その対象がオッサンなことが玉に瑕である。
なにはともあれその言葉を聞いて、かつて仲間全員のデレをゲットした(どうしたことか導師イオンは終始一貫デレ期であったが)青年は、ぱぁあ、と顔を輝かせる。そのまま身を乗り出して、本題を切り出した。
「最初はキムラスカかな、と思ったんだオレも」
「……思ってたのは、あなたとナタリア、それにシュザンヌ夫人くらいですよ。ダアトの軍人が公爵家に嫁ごうなんぞ、前代未聞です」
「あ、やっぱり? アッシュからも、一時間半にわたって説教された」
「アッシュは何と?」
「……さあ?」
「あなたは何を聞いていたのですルーク。一時間半も」
「あのなジェイド……あいつが怒ってるときにこっちが理解できることといったら、あいつが怒ってる・というただ一点だけなんだ。未だに。で、ティアがこっちに来れないならオレがダアト行こうかな、って言ったら、なんと軽く倍は怒った」
「ああ、なるほど。ひとネタだけで一時間半は長いと思いました」
「だよな。それでさ、なんで怒ったのかは分かんねぇけど、これだけは分かった。つまりダアトも駄目なんだよな?」
「…………ま、そうでしょうねぇ」
向こうが嫁いで来るのが駄目ならこっちから嫁いで行こう、というルークの意気だけは買ってもいい。だがそれだと必然的に、ルークの所属は神託の盾(オラクル)である。以前のアッシュと立場が入れ替わるような真似を、ルークが気にせずともアッシュが気にしないわけがなかった。というか、体裁が激烈に悪い。公爵家子息が婿入りして妻の職場に就職、である。アニスがどれだけ腹を抱えることか。
普段なら、ジェイドも腹を抱えるところなのだが。
その笑いのタネがたった今目の前にいる、それが問題であった。
「………………つまり? ルーク」
「うん。キムラスカも駄目、ダアトも駄目。じゃ、次はマルクトじゃね? ってオレは思った。で、来た」
「……ああ、やはりそうですか……」
ジェイドは頭を抱えたくなった。だが、ぐっとこらえて言葉を続ける。
「それで、ガイでも陛下でもなく、ここに来てしまったということは……つまり……はぁ、成人の自覚だけはあるようですね……」
「さっすがジェイドは話が早いな! うん、空きとかないか? マルクト軍に」
うあっちゃーーー……。
今すぐに目前の物体を、荷造りしてアッシュ付で送付したくなってきた。
もう一方の当事者であるティアが何を考えているのかは、ジェイドには分かりかねる。というか、ジェイドが軍に欲しいとすれば、ルークよりはティアなのだが。普通に。
「あのですね、ルーク……」
「や、非常識なのは分かってるよ。アッシュにもプラス一時間言われた」
「あ、それも言ったんですか。勇気ですねルーク」
「でもさ、どこもかしこも丸く収まるってのは無理っぽいし。……オレはイオンが言ってたみたいな、レプリカを皆に知ってもらう活動ってのもしたいしさ。としたら、各地を回れるような立場じゃないと困るんだよ」
「ほう……」
ジェイドは少し目を細めた。
「なるほど、それなら神託の盾がベストでしたね」
「うんジェイド。なのにアッシュの野郎……」
「はは、まぁ向こうの立場も考えてやれ。経緯はどうあれ、我が国を頼ってきたのは非常に嬉しいぞルーク」
「ありがとうございます陛下」
「しかしですね………………って陛下ぁあああ!!!」
「うっお、びっくりした。……まさかお前が、書類をひっくり返してまで激昂するのを、この目で見る日が来ようとは」
「長生きはするものですね、陛下」
「……陛下、ルーク。ちょっとそこに座りなさい」
ジェイドはそれから一分半、心に突き刺さるような言葉を浴びせかけた。ちなみに内容は、ルークなら過去の専横、ピオニーなら過去の失恋である。ともあれ、一時間半と一分半、この時間単位の差こそが、アッシュとジェイドの相違そのものであった。
ツンドラな一分半が過ぎると、ジェイドは居ずまいを正してピオニーに向き直る。
「で、陛下。いつからいたんですか」
「ああ……『マルクト軍に』のあたりから」
「結構普通に後半ですね……。それでよく、何もかも了解したような口が効けたものだ。ルーク、あなたも気づいてたなら早く言いなさい」
「え? だって、陛下が床から登場するのは、オレにとってそろそろ恒例だから……。あと、あんまりナチュラルなんでうっかりしてた」
「なー?」
「ねえ」
「馴れ合うな馬鹿共」
兄は悪魔でした──その言葉がなぜか、時空を超えて周囲に反響する。
その冷気から先に立ち直ったのは、さすがに長い付き合い、ピオニーの方であった。
「まぁ落ち着けジェイド。確かに軍はマズいかな、と俺も思わなくもない。が、軍でなければ別に構わんのじゃないか? 観葉植物の世話係とか」
「……陛下。我々は今、学級当番決めてるわけじゃないんですよ? 植木の世話くらい、ガイにやらせればいいでしょう」
「いや、観葉植物に世話が必要なわけじゃなく、ルークに就職先が必要だって話だと思ってたんだがな……」
「だから最初から言ってるでしょう。ルークもブウサギも観葉植物も、まとめてガイに面倒みさせなさい」
「えー。それならティアはどうなるんだよ」
「おおっとルーク。今のジェイドの意見に反論はないのか」
「別に?」
「……凄いな」
「陛下も変なところで感心しない。だいたい、ルークみたいなガキんちょが結婚しようってのに、あなたはいつまでもフラフラフラフラと……」
「……何お前。お袋?」
「母上と呼びなさい」
「はい母上……」
「じゃねーよ母上。今は陛下でなく、オレの話だろ?」
「ルークは呼ばなくてよろしい」
俺は呼ばなきゃならんのだろうか──? とピオニーは少なからず思ったが、大人なので黙っていた。全く賢帝である(褒めてない)。
「だー! 話が進まなねぇ! だ・か・ら! ガイに頼んだら、一生そのまんまガイにおんぶだろ! 分かれよ!」
「「………………」」
オッサンは二人とも口を噤んだ。
まあ……そうかもしれんが、その自信はどんなもんだろう。
「かと言って、ですねぇ……」
「まあ待てジェイド。これはひょっとすると、以前から憂慮していた問題を一挙解決するチャンスかもしれん」
「はァ?」
「え、何なに陛下!」
自信満々に人差し指を振るピオニー。その、人をイラっとさせる所作を見て、ジェイドは正直、死ねばいいのにと思った。
「よぉしよく聞けルーク。こいつがここでフラフラしてることからも明らかなように、カーティス家は絶対に後継不足だ。ってことは、ここは一つお前がジェイドの養子に入れば……」
「天光満つるところ我はあり……」
「ちょ、お前いくらなんでも二周目の秘奥義はないんじゃね!?」
さすがにそれはないので、ジェイドが天雷槍をかました後。
「うーん……陛下のアイデアはオレ的にはよかったんだけど、これはつまり断られたんだよな? 遠まわしに」
「遠まわしに見えましたかルーク。大したものです」
槍をコンタミで収めると、ジェイドは一つ、長い息を吐く。
そして、ふむ、と顎に手を当てた。
「カーティス家……は冗談ではありませんが、発想そのものは悪くありませんね……」
「え? マジで?」
「ええルーク。絶対に後継難になる場所があるではありませんか。ほら、ガルディオス家」
「結局ガイんとこかよ」
「はい♪ あの男はまず結婚できません」
「でも、あいつ女性恐怖症、克服しつつあんだろ? 大丈夫じゃないか?」
「いいええ。その性癖以前に、ガイはあらゆるところにフラグを立てるくせして、そのフラグをことごとく回収し損ねる、という稀有な才能がありますからね。あの長旅の間、我々が何度、ナタリアとちょっといい雰囲気になったヤツを見たことか。そしてその度に何度、よりによってアッシュで話題を締めくくるヤツを見たことか。……ルーク、甲斐性とは、ピンポイントであればそれでいいんです。ま、ピンポイントでしか甲斐性のなかったあなたには教えるまでもないことですが」
「そっか、サンキュ。正直、馬鹿にされたことしか分かんねぇけど」
「それだけ分かれば充分です」
ジェイドは掛け値なしでルークを褒めた。あまり美しくない愛情であった。
「……んで? 結論はルーク? ガイラルディアんとこか、やっぱ」
「うーん、どーすっかな〜」
未だ頭を悩ませるローティーン(と主君)を見ながらジェイドは、とりあえずティアの入隊手続きだけはとっておきますかね……、と精一杯の譲歩を胸中に固めたのだった。
「あらあら、尻の穴の小さい野郎どもね。ならルークにティア、ケテルブルクに来なさいな」でオチをつけようかと思いましたが、あんまりなのでやめました。ブラウザバックお願いします。