もしもマルクト 3
『ルーク!!!』
皆が魂からの叫びを上げたそのとき、ルークはグランコクマ王宮の大滝の上……のカイザーディストの上に降り立ったところだった。
長い朱の髪が翻り、マントがふわりと空気を含む。
「ルーク……ッ」
「まったく、散々待たせやがって!」
「生きて……いえ、存在して……いたのですね」
ティアが、ガイが、ジェイドが声を上げる。瞳を潤ませて駆け寄ろうとしたティアが、そのためには王宮から一旦出なくてはと気づき、慌ててターンしようとした、そのとき。
ギギギギギ……、ガァン!!
『!!!』
カイザーディスト(ピオニー内蔵)が、頭上にいたルークに殴りかかった。
息を呑むティア。ガイが険しい顔をして、ディストに食って掛かる。
「おいディスト! これはどういうことだ!」
「ヒィッ! わ、私じゃありませんよー!」
ディストが勢いよく首を横に振る。その右手が、ぶるぶるしながらガイの背後を指差していた。
「じゃあ誰が……って」
その指の先には、もはや紅色がすっかり薄れた茶の瞳を伏せ、「コンタミネーション現象は、起こらなかった……? 奇跡、か……」と唇を噛み締めながら小さく呟き──つつカイザーディストの操作盤をテキパキ動かすジェイドの姿。
「ちょ、旦那ぁあああ!! 何が『奇跡、か……』だ! その台詞とその表情で譜業操作するあんたが一番奇跡だろうが!!」
「照れますねぇ」
「行間を読め! いやそんな難しいこと言わない、行を読めよ! 照れる要素を見出せるようなこと、俺カケラも言ってないよ!? どんだけ飛躍した天才だよ!」
「いやですねーガイ、歓迎の儀式ですよぉ。……ところでサフィール、生命の危険はありませんよね? 中身」
「え? あ……ええ、ジェイド。一定のダメージを受けたら、自動的に分解して内包物を解放します。よっぽど強力な衝撃を与えない限り……」
中にいるピオニーは無事ですよ。
そう言いかけたディストの耳に、妙なる旋律が届いた……。
第一譜歌:ナイトメア
第二譜歌:フォースフィールド
第三譜歌:ホーリーソング
第四譜歌:リザレクション
第五譜歌:ジャッジメント
第六譜歌:グランドクロス
第七譜歌……
やっべ大譜歌──!!!
ティアの愛は純粋であったが、強大でもあった。これでロスト・フォン・ドライブ(※ルーク秘奥義)とかやられたらどうしよう、とジェイドですら戦慄する。本当にルクティアは空気の読めないカップリングですね、と思わず舌打ちしながら。だがルークとティアとて、行すら読めないジェイドに言われたくはないだろう。
しかし幸いにして現在、世界に第七音素は微少である。したがってルークやティアの強力な技は、ことごとくその威力を減じていた。結果、ピオニーは命拾いしたことになる。知人の友愛的にでなく、世界の構造的に。
「やった、か……?」
いきなり変なところに降り立ったルークは、そこはかとなく見覚えのある譜業ロボに幾筋かのクリティカルを決めていた。途中聴こえてきたティアの譜歌は、もはや効果こそ薄かったものの、心の支えとなるには充分だった。
何度目かの一閃を加えると、ロボはいきなり機能を停止する。
驚くルークの目の前で、それはバラバラに分解し……中からは、すごい勢いで咳き込むケテルブルク知事が出てきた。さしものルークも仰天する。
「えぇ!? ピ、ピオニーさん? なんでこんなところに」
「は……? って、ルークか!? いやどっちかっつーと、お前こそなんでこんなところに」
ピオニーが正しい。
「いやオレはローレライに再構成されて……っと、それは後にしましょう。近くにティアもいるみたいですし。じゃなくって、なんでピオニーさんがカイザーディストの中に入ってるんですか。まさか、うっかり体内に取り込まれたんで、ローレライの鍵を持ったオレが解放してくれるのを待ってたんですか?」
「……いや、そんなヴァンレベルのことは起こってない」
だが起こった内容はその通りである。
「じゃあなんで。おかげでオレ、復活早々中ボス戦ですよ」
「そうだなルーク。ついでにラスボス戦としゃれこもうか。一緒にブチのめそう、あそこにいるド腐れネクロマンサー野郎をな……!!」
「ああ、そういう……」
少しだけ賢くなった子どもは、経緯の内容はともあれ、経緯の傾向を一瞬で把握したという。
「ルーク……!」
「ティア!」
「よく帰ったな、ルーク!」
「ガイ……」
「ああお帰り本当によく帰ったルーク俺も嬉しい非常に喜ばしいところでジェイドとサフィールはどこに失せやがったガイラルディア」
「ああ……」
ガイが苦笑いして、ピオニーに向き直る。ルークも少し、曖昧に笑った。泣き笑いしているティアは全く聞いていなかった。なにげに大物の器である。
「旦那とディストなら、陛下の私室だ。カイザーディストからピオニーさんが出てきたのを、陛下もご覧になっていてな……たぶん、小一時間は説教だろう」
「……その『小一時間』にネフリーの愛を感じるべきか、生温いと激昂すべきか。悩むところだな」
だがその十分後、ジェイドは出てきた。
「いや〜、超怒られちゃいました〜」
「生温ぃよ!!」
「おやおやピオニー、無事でしたか。しかし我が妹を甘く見てもらっては困ります。このままいけば、半日は説教する勢いでしたよ。……ですが不思議と、途中で眠気をもよおしたようでして。この陽気ですからね〜、サフィールなんかタンスに鼻からぶつかる勢いで寝てしまいました」
「何を盛ったジェイド」
「旦那だからなぁ」
「ジェイド……」
変わってないな、と言おうとしてルークは口をつぐむ。目の前にいる人間は、瞳の色以外にも確かに変化していたからだ。そう、陰湿嫌味眼鏡よりも陽性鬼畜眼鏡に比重が傾いたような。
ルークたちとの旅を通じて……そして自分の認めた子どもの、ルークの喪失を通じて……他人と関わる、ということをジェイドなりに学んだのであろう。それが陽性鬼畜というカテゴリなところは、全くフォローの入れようがないとしてもだ。
「ジェイドも、ただいま」
「……お帰りなさい」
「うん。で、ジェイド、この溢れかえったガイラルディアは一体……」
「ん? 呼んだかルーク?」
「いや全然。ガイ、すごい勢いで食いつかないでいいから」
「諦めたほうがいいですよルーク。ガイラルディアが出しゃばるのは自然の……いえマルクトの摂理。今度暇なとき、シュレーの丘に行ってごらんなさい、びっくりしますよ? ちょっとしたガイラルディア・スポットですよ」
正直、種を撒いたジェイドも引いた。それくらいモッサリビッシリはびこった。
「へぇ……」
「ところでルーク。タタル渓谷には誰が帰ってくるんですか? アッシュ? じゃあ、ここは一つこぞって出迎えに行きますか、気まずい思いをさせに」
「え、あ、うん……?」
「……へえ、あいつも戻ってくるのか」
ガイがなんだか微妙な表情で言う。
ルークを育てルークに情がうつりルークに救われたがゆえに、だいたいの負の感情はアッシュに移行させた男、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。酸いも甘いも噛み分けた大人の心を持つ一方で、総量としては非常に狭い心の持ち主である。
その愛情はきめ細かく深いが、鬱陶しい。
跪き従い頭を垂れることを恥としないが、上から目線。
お前ある意味ホント華麗だよ、とは、一度ガイに強く言ってみたいことであった。
余談だが、この一週間後におめおめと帰ってきたアッシュがさらに後日、「マルクトにまともな男はいないんだな……」と哀しむように、だが確信したように呟いた言葉を、ルークはその生涯にわたって忘れなかった。自分はまともなつもりじゃあるまいな、というツッコミを、十歳児は憐憫の心から行わなかった。アッシュだって苦労したんだ、うん。
自分を納得させるようにこくこくと頷いていると、横からジェイドの楽しげな声がかかる。
「おやおやルーク、女性を泣かせっぱなしとは、感心しませんねぇ」
「え? わ、あ、ティア、ええと……」
「ははっ、ルークも隅におけないな!」
「ガイ〜〜!」
「ふむ……。ルーク、ガイ、ティア。アルビオールの一機は、現在マルクトが有しています。これからダアトに移動しませんか? あそこならナタリアも来やすいし、アニスもいる。……てことで、アルビオール借りますよ、ピオニー?」
「え、ジェイド」
そこにルークが口をはさむ。
「ピオニーさんが起動許可できるのか? 陛下でなく?」
「頭が高いですよルーク♪ こちらにおわすお方は、皇帝の婿となられる方です」
「うっわ微妙な称号……!」
「お前らなぁ……」
「何をグダグダ言ってるのですピオニー。帰ってくるまでに進展がないようでしたら、甲斐性のない親友はスッパリなかったことにして、ガイラルディアで手をうちますよ? いいんですか」
「ガイ×ネフリー!? どんだけマイナーだよ!」
「ここまでお膳立てしてやったんですから、頑張りなさい」
「お膳立てときたか。お前主に花振りまいてただけじゃん! あとあのくす玉キモい!!」
「ああハイわかりましたよ、持って行きます。ルークの歓迎会用に」
「オレに来た……!」
──でかいくす玉を持ったネクロマンサーが、ダアトの門をくぐるまであと二時間。
なんだかんだで十歳児が、楽しげにくす玉を割るまであと三時間。
そしてこの場の誰も知るよしもないことだが、これ以降繁殖に繁殖を続けたガイラルディア(花)が、うっかりマルクトの国花になるまであと百二十年の、とある佳き日であった。
ここまで読んで下さってありがとうございます! これはホドの復讐なのでしょうか@老マクガヴァン。