うっかりアビス文 ��
《ガイのトラウマ克服とイオン様＠ダアト》
「思い……出した」
礼拝堂にて、ガイが切々と語る悲しい記憶を、仲間たちは黙って聞いていた。女性恐怖症は、姉の遺体──その下で気を失った子どもが、恐怖から精神を護るために生み出した手段だったのかもしれない。
沈痛な面持ちのまま、ナタリアが前に歩み出る。
「……それなのに私、あなたが女性を怖がるの面白がってましたわ……ガイ、ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
「ごめん……」
ティアとアニスも続いて謝った。
ちなみに、ルークは面白がってはいなかったので謝らなかった（いや呆れてはいたから謝るべきだったのだが）。ジェイドは面白がっていたし呆れてもいたし、ついでに女性陣をけしかけたことも一、二度ではなかったが謝らなかった。ふてえ野郎である。
ガイが、いいよいいよ、と女性たちを安心させている姿を見て、ルークは微笑みながら一歩下がる。
すると、少し離れたところにいたイオンと目が合った。
花がほころぶように、イオンが微笑む。
「よかったですね、ルーク」
「オ、オレは別に……。ガイだろ、よかったのは」
「ええ。これが克服のきっかけになるかもしれません」
「ああ。原因も分かったしな。これから、みんなで協力すればいいんだよな、面白がって囃したりせずに」
「そうですね。でも、まあ……」
イオンはちょっと首を傾げる。そして少女と見紛う儚げな笑みで、ルークを振り向いた……。
「面白いですからね、実際」
（イオーーーーン！！！？）
ルークは心の中でシャウトした。あっれー？ と思った。
「ルーク、僕は……面白がられ囃されいじり倒される中で克服する……そんなトラウマがあってもいいと思います」
（えーーーーー？）
若冠七歳の子どもでさえ、導師様の言い方がいかに感動モノっぽくとも、言ってる内容は地についているどころか魔界に堕ちていることに気がついた。実のところその導師様は若冠二歳であった。どのみち、んなＭな克服する親友は嫌だ。
戸惑っているルークを見て、イオンは困ったように言う。
「……僕は、甘いのでしょうか？」
「いや、甘くはねぇよ」
即答である。
「よかった。ルークなら分かってくれると思っていました」
「え……？ 分か……ったのかオレ？ ええ？ むしろ分からなかったような……？ もうダメってくらい深淵なような」
「ルーク。自分を低く評価しないでください。僕が悲しくなります……」
「あ……え……？ や、ごめんなイオン（とりあえず謝る）」
「いいえ。ルークは優しいですね」
「う……ん？」
うやむやのうちに煙に巻かれたルークを見て、一部始終をうっかり聞いていたジェイドとアニスが、深い深いため息をついていたという。
《ネクロマンサーとイオン様＠バチカル》
「ジェイド、伯父上を脅してただろ？ あれって何だったんだ？」
「脅して？ ……ああ」
──このネクロマンサーが何の準備もせずこのような場所まで来るとお思いか。
確かにそんなことを言った。だが。
「嫌ですねぇルーク。はったりですよ」
「あ・そ……」
「それにですねルーク。あれはただの牽制です。脅しというのは……まさしく今日、正しい脅しがあったではありませんか」
「は？ ジェイド、まだなんかしたのか？」
「いえ……」
全く心当たりがない、ばかりか『脅しはジェイドの専売特許』と認識しているらしいルークに、柄でもなく物悲しくなる。
ジェイドは目を閉じ、両手を上げ、笑いながら首を振った。
「ほーら、さっき、バチカル城の入り口で……」
──通さないと言うならば、ダアトはキムラスカに今後一切の預言を詠みません。
「ジェイド、それにルーク。どうかしましたか？」
「お、イオン」
うっわお。
ネクロマンサーは一瞬凍りついた。
ルークは全く気付かなかったようだが、今のは凍りつくに値する。
イオンはルークを気に入っている。最初からそうである。自分とルークなら100％ルークである。ガチでそうである。
なのに今、自分の名を先に呼んだ。しかもルークを呼ぶ前に「それに」と付けた。おまけのようにルークの名を呼ぶなど、イオンはまずしない。なのにした。わざとした。
結論＝沈黙＝金。
ジェイド・バルフォア博士（旧姓）は、天才の名に恥じぬ速度で結論を出すと、口を噤んだ。そりゃもう、この件に関しては永遠に噤んだ。まったく無駄なＩＱの使い方であった。
「いや、ジェイドの脅しについて話してたんだよ。な、ジェイド」
「いえルーク。私は貝になります」
「……は？」
「いいじゃないですかルーク。ジェイドはきっと、何か思うところがあるのでしょう。考えもなしに行動をとるような人ではありません。ね、ジェイド」
「……今日も眩しい笑顔ですねイオン様」
「ありがとうございます。……それで、ルーク、僕は思うのですが」
「何だよイオン」
「脅迫は確かに、よいことではないかもしれません。ですが、ジェイドは必要だと思ったからやったのでしょう。そのおかげで助かったのも事実だ。僕は、彼を責められません」
「……わーってるよ、んなことは」
あなたに責められる筋だけは、からっきしないのですが。
ジェイドは思った。が、やっぱり言わなかった。
「ええ、でも……」
イオンは、その花のような、触れれば砕けそうな微笑みを、今度はジェイドに向ける。ジェイドは身構えた。
「ジェイドには、独特の雰囲気がありますからね。実際脅してなくとも、相手が脅されたような気分になってしまうことが多いのではないですか？」
「はは、言われたなジェイド！ 違いねーや！」
頼むから深読みしなさいルーク。
善なのか悪なのか分からない導師の横で、事実上「別に脅してもいいと僕は思いますけど、脅迫ってほどのことしてないのに悪くとられるのって人徳ですよね」と言われたジェイド・カーティス大佐（現姓）は、立派に脅迫した挙句周囲にそう思わせない導師の底知れぬ笑顔を、ただただ見つめ続けていた──。
イオン様は善でも悪でもない……ただ、イオン様なんだと思っています。ブラウザバックお願いします。