うっかりアビス文 ��
≪ネフリーとルークとジェイド＠ケテルブルク≫
眼鏡をかけた知的なグラマー美人は重々しく、そして痛々しく口を開いた。ルークはただただ、次の言を待つことしかできない。そう、だって、彼女は「あの」ジェイドの妹なのだ。ジェイドを噂で知っている人間も、身近に知っている人間も、「あの」の部分に万感の想いを込めることができる。
だってネクロマンサーである。そもそもいい年して恥ずかしいアダ名である。そして彼女・ネフリーはその妹である。イコール、ネクロマンサーの妹である。称号モノである。
……油断だけはするなよ、オレ。
以上が、ルークの包み隠さぬ心情であった。
七歳児がぐるぐるとこんなこと（主に保身）を考えているうちに、ネフリーはその形のよい口を動かした。曰く。
「兄は昔……悪魔と呼ばれていました」
うわぁ。
以上が、ルークの包み隠さｎ（以下略）
「そ……」
そんな……
そうですか……
そんな感じですね……
それは予想の範囲内でした……
七歳児がやっぱりぐるぐると考えているうちに、彼女は顔を上げる。
「ええ、呼ばれ蔑まれていました。私に」
「苛めじゃねぇか！！！」
可哀想だろ！ お兄さんだろ！？
変わると決心したルークは、目上の人に思っきしタメをきくという間違いを犯した。しかし礼儀としてはともかく、人間としてはあながち間違っているとは言えなかった。人はそれを憐憫の情と呼ぶ。
──七歳児が失礼とツッコミの境界線を見分ける日は近い。
そして、その数十分後。
「……ルーク、ネフリーから聞きましたね？」
「！ え……あ……う……」
「あなたは本当に、嘘がつけませんねぇ」
「ぐ……ああ……でも……まあ……えと、気にすんなよジェイド」
「ええ、ネビリム先生のことでしたら……って、え？ 気に？ ……いや、気にはしてますけど確かに」
「ネビ……？ わ！ いや、うん！ それ！ それこそを聞いた！ それ超大事！ 気になってた、ほらオレ七歳だから混乱した！！」
「…………はあ」
──七歳児が他者に気を遣う能力に長ける日も、近い。
≪ルークとジェイドとピオニー＠グランコスマ≫
「なぁ……ジェイド。ピオニー陛下の初恋の人ってさぁ、ネフリーさんだよな？」
「ああ、よく気付きましたね。そうですよ」
「……身分を理由に断られたっていう」
「お気の毒ですよね」
からっきし気の毒とは思っていない口調で、ジェイドは言い放つ。だが、怪訝にも思っていた。他人の色恋沙汰に興味を持ったにしては、ルークの表情は微妙すぎる。初謁見を済ませて、思うところでもあったのだろうか。
「え、あのさジェイド、それって、こんな？ 『私などに皇妃はつとまりません』みたいな？」
「？ おそらくは」
「マジで？」
「……何が言いたいんですかあなたは」
「いや、オレ、ネフリーさん見て、それから陛下見て、そんで思ったんだけど」
ルークは真剣な表情をしていた。
……とりあえず、昔「悪魔」と呼ばれ蔑まれて軽い苛めにあったとはいえ、ネフリーは自分の実妹である。ジェイドも思わず真剣に耳を傾ける。そんな35歳を前に、ルークは首を傾げて口を開いた──。
「……それってさ、普っ通ーにフラれたんじゃねぇの？ 体よく」
「………………」
「……っく、は・はははは！ はは！！」
「………そうか、それがそんなにツボだったかジェイド。一刻を争い一秒でも身体を休めるべきこの大事な時に、わざわざ王宮に戻って俺に知らせにくるほどにか」
「く、はは……っ、いや〜、最初はどうかと思いましたが、なかなか見所のある子ですよ。私の昔の罪と同時に、妹の男を見る目まで肯定して貰えちゃいました」
「ソレとソレを並列するな」
「少なくとも、鋭い子です」
「断言もするな」
「えー？ 昔、私もネフリーに言いましたもん。『穏便に断ったらどうですか？』って」
「！ お前それでも親友！？」
「だってネフリーも、どうやって断ろうかしら、みたいな顔してましたし？」
「な……！！」
「無理ですよ陛下。悪魔の親友ですよ？ 悪魔の、ですよ？ 私だって悪魔の親友なんぞにかわいい妹をやれませんよ〜、超コワーイ☆」
そのとき、何かの緒は切れた（むしろ今までよく保った）。
てっめぇセントビナーの降下に失敗したら二度と皇都の土は踏ませねぇ！ 残念でした、失敗したら二度とこの世に戻れませんから意味ないですねそんな脅し！ でも悪魔じゃん、死ぬとかないじゃん戻ってくるかもしんないじゃん！ そっちは悪魔の親友じゃないですか、普っ通ーにフラれたくせに！ ってお前が悪魔なんだろ、じゃあ俺関係ないじゃん！ ありますー、悪魔を避ける人はフツーその親友も避けるしフツーに袖にしますー、そして実例だってあります私の賢妹！ ちょ、今お前、俺の倍の速度で堕ちてるけどそれはホントにそれでいいの！？
……用事があって訪れたアスラン・フリングス将軍は、中の様子を一瞬だけ窺うと、きっちりと扉を遮断して去っていったという。