【映像1】主催者側と渋谷署の打合せ。2人の制服警官の間に「ゆでだこ」氏がのぞく
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【映像2】現行犯逮捕に持ち込むため「再三の警告を無視」の実績づくりの相談
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【映像3】出発した隊列をビデオで証拠固めする公安の私服刑事群。右端に指揮者の「ゆでだこ」氏
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【映像4】ポスターを掲げ参加者を誘導するAさん(顔にボカし加工)。逮捕の直前
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【映像5】「ゆでだこ」氏「よしっ!」とキューを出しつつ駆け寄る
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【映像6】私服の公安刑事(野球帽)がAさんを抑え、逮捕にかかる
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【映像7】「公妨だぞっ! 抑えろっ!」大活躍の「ゆでだこ」氏
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【映像8】事情がよく飲み込めない渋谷署警官がへっぴり腰でB、Cさんの逮捕にかかる
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【映像9】逮捕され引きずり出されるB、Cさん
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(上の写真9枚はいずれもJanJanやYouTubeで公開されているビデオ映像を筆者がキャプチャしたものです。いずれもクリックで拡大します)
のどかなユーモア企画が一転
「第2回リアリティーツアー 62億ってどんなだよ。麻生首相のお宅拝見」というユーモラスな題名のイベントが10月26日、東京・渋谷で行われた。40人ほどの自由参加者がハチ公前広場からのどかに出発した直後、私服警官群に囲まれ、うち3人が逮捕されるという大事件に発展した。
逮捕容疑は東京都公安条例違反(無届けデモ)と公務執行妨害罪。このイベントを主催した「フリーター全般労働組合」などが事件発生後にJanJanやYouTubeなどのネットメディアを通じて映像を流した。筆者がこれらの映像を分析した結果、都条例違反とする犯罪構成要件は成立していないことが分かった。公開されたネット映像が、いわゆる「不当逮捕」の動かぬ証拠となっていた。
逮捕・送検されていた3人は11月6日、予定されていた拘置理由開示公判の直前に突然、処分保留のまま釈放された。黙秘して身元を明かさない容疑者が起訴前に釈放されることは普通はあり得ず、不当逮捕を暴露されかかった当局側の「恥を忍んで」の対処法である。イベント参加者や身内の所轄・渋谷署までをも軽く見た警視庁公安部の「暴走」の結果だったとみられる。
警視庁公安2課長の事件発生当日の発表によると、逮捕された3人の容疑罪名は、Aさんが東京都公安条例違反(無届けデモ)、B、Cさんが公務執行妨害罪だった。
映像では、Aさんは隊列の先頭で逮捕の直前までポスターのようなものを掲げ、今回のイベントの目的、注意などを参加者に伝えているので【映像4】、参加を募った「反戦と抵抗の祭<フェスタ>08」のスタッフと思われる。B、Cさんの立場は不明だが、Aさんが警官に逮捕されるのを阻止しようとしたとして公務執行妨害とされたとみられる。
「無届けデモ」の犯罪構成要件とは
都の公安条例は「集団示威運動」(デモ)の主催者は72時間前までに都公安委員会(警察)に許可申請をしなければならないとし(第1、2条)、これに違反した場合は主催者・指導者・扇動者に1年以下の懲役か禁固、または30万円以下の罰金刑が定められている(第5条)。
条例は、警察は申請があれば明らかな危険が予想される場合を除き「許可しなければならない」とデモなどの「原則自由」を明記している(第3条)。また、この条例が集会や表現の自由の権利の規制に「悪用」される可能性を予期し、警察などはこの条例が集会、表現の自由などを規制、監督する権限を与えると「解釈してはならない」と、わざわざ明記している(第6条)。
Aさんが問われたのは、具体的にはこの第1、2条違反の疑いだ。これによると、警察が主催者などを「無届けデモ(集団示威運動)」という犯罪に問うためには、次の2要件が満たされなければならない。
1.デモを行おうとしていたこと
2.72時間以前に都公安委員会の許可を受けていないこと
今回の映像を分析する限りでは、Aさんは1の要件を満たしていず、犯罪は成立しない。本来は逮捕などできないケースで、明らかな不当逮捕だった。Aさんの逮捕が不当である以上、「公務」ではなく、自動的にB、Cさんの「公務執行妨害罪」も成立しない。
警察自身が「要件構成しない」と立証
Aさんの犯罪構成要件は成立しない―つまり、このイベントはデモではなかった、と判断できる最大の「証拠」が【映像1】だ。非常に皮肉な話だが、逮捕した当の警察がその直前まで「デモ」ではないと認めているからだ。
この映像は、参加者が集合したハチ公広場あたりでの撮影とみられる。左側のモザイクがかかっているのは主催者側の人物(逮捕されたAさんとは別人)、右側は現地を管轄する渋谷署の警備課長だという。2人は渋谷駅から麻生邸までの通行の方法について打ち合わせし、「スピーカーで大音量を出さない」「車道を歩かない」「麻生邸近くになったら、5、6人ずつに分かれて進む」などを談笑しながら取りきめている。
警備課長がこのイベントをデモと認識していたなら、打ち合わせなどするはずがない。届けが出ていないのだから、「すぐ解散しなさい」というべきなのが彼の職責だからだ。単に「麻生邸に向かう40人の通行」という認識だったからこそ、デモの形にはならないような通行方法を打ち合わせていたのだった。
現場での最高責任者の警備課長が「デモではない」と認識していたのに、現実に「無届けデモ」で逮捕者が出たのはなぜか。これは1つのナゾだ。解明のカギは事件の報道発表をしたのが渋谷署でなく、警視庁本庁の公安2課だったところにある。
警視庁公安部でも、デモ対応は公安総務課の所管である。公安2課は労組と、警察の言う「極左過激派集団」を取り締まり対象としている。今回はなぜ本来の公安総務でなく公安2課が担当したのか。
本庁公安の筋書きは「極左過激派」集団
警視庁関係者が漏らしたところによると、イベント名が「反戦と抵抗の祭」とあることから「反戦」=極左過激派と見て主催団体を内偵したところ、見込み通り過激派が関係していることが分かったための手入れだという。これがもし事実なら、今回の逮捕は無届けデモの取り締まりに名を借りて「極左過激派」の家宅捜索などで情報収集することが真の目的だった可能性が強い。
所轄の渋谷署は真面目に主催者側に「デモと見なされないやり方」の指導をしていた。本庁公安のこうした意図や動きはまったく知らされないまま、いわば「オトリ」に使われたのだろう。渋谷署警備課はコケにされたわけだ。「平和的な集団通行」が一転して「無届けデモ」とされた裏には、こうした警察内部の事情が潜んでいたとみられる。
【映像1】は、【映像2】〜【映像9】とは別の撮影者が別のビデオカメラで撮影している。しかし、これらがすべて同じ時間、同じ場所で撮影されたことは、両者に共通する、ある「登場人物」によって証明される。Aさんの逮捕に「よしっ」とGOサインを発し【映像5】、水戸黄門の葵の印籠よろしくコーモリ傘をかざして「コーボー(公務執行妨害)だぞ、捕まえろ!」「抑えろ、早く!」【映像7】と怒鳴って威圧している人物である。
本庁公安にイタい黒星
イベント主催者側から愛称「ゆでだこ」を奉られたこの私服刑事は、本庁公安2課の班長クラスと思われ、この現場での責任者なのだろう。「ゆでだこ」氏は、【映像1】にも登場する。画面の中央、警備課長の左側に顔が見えるのがそれだ。両者のやり取りを聞いており、渋谷署が「デモと認識していない」ことは百も承知だったわけだ。
本庁公安も、まさか、逮捕前後の映像が音声も含めて詳細・明瞭に記録され、直後からJanJanやYouTubeなどのネットメディアで一斉に流される事態など、考えてもいなかったに違いない。8月の洞爺湖サミットでやったのとまったく同じ「いつも通りの手口」で、逮捕状なしでもできる現行犯逮捕を気安くやってみたのだろう。
本庁公安は、思わぬ「真相暴露」で3人を立件できないまま釈放に追い込まれた。ネットメディア隆盛期ならではのイタイ黒星となった。
警視庁の話 この事件の映像がネットで流れていることは承知しています。「不当逮捕」とかいわれても、個々の事案についてはお答えしていません。この件についてもコメントできません。
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