犯人の女は現場アパートに自分の血を残したまま、白昼の住宅街を逃走した。事件から9年7カ月、その行方がつかめない。「いつか、容疑者を立ち会わせて現場検証をしたい」--。刺殺された主婦、高羽奈美子さん(当時32歳)の夫、悟さん(53)は、実家に引っ越した後も、このアパートを借り続けている。【福島祥】
「これが犯人の血です」。悟さんは今月3日、現場保存のため玄関内側の床を覆っていたビニールシートを持ち上げた。コンクリートに黒ずんだ血痕が残る。犯行後、手にけがをしたとみられる女は、逃げる前、しばらく外をうかがっていたのか、ぼたぼたと床に血を落としていた。
部屋はほぼ当時のまま。悟さんは事件後、一人息子で当時2歳だった航平君(11)と名古屋市内の悟さんの実家に住むようになったが、奈美子さんが使っていた鏡台も、雑誌を切り抜いてノートに張っていたレシピ帳も棚に残る。壁にある「99年11月」のカレンダーには、5日後に行くはずだった航平君の歯科検診の予定が書き込まれている。
事件が起きた日。奈美子さんはお昼の食事を作っていたとみられている。首などを刃物で刺されて失血死した。そばにいた航平君はけがもなく無事だった。地元中京テレビが事件後取材した際、航平君が「知らないおばちゃんとケンカして死んだの」と話す様子が撮影されている。しかし、今は覚えておらず、実際見たのかもはっきりしない。
アパートを維持するきっかけとなったのは、奈美子さんの母親の「奈美子がこつこつためたお金で買った嫁入り道具を手放さないで」という一言だった。悟さんは「気持ちが落ち着くまでは」と、部屋を片づけなかった。
実家から会社に通うようになってからも、時々、アパートに立ち寄った。「自分も弱っていたのか、『ここに通いたい』という気持ちがあった」と言う。部屋で一人、奈美子さんのことを思った。
2009年6月27日
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