携帯メール小説大賞第60回月間賞
盛田隆二賞

「旅立の日」
上田八朔  

 北向きの風が、低く垂れ込めた雲を海へ追いやる。自販機を見る度に、茶を買い与えようとする母を制しつつ、二人、言葉少なに歩く。

 私は今日、関東の美大に進学するため、十八年間過ごした四国を離れる。上京という特別な日に臨むにあたり、私は敢えてフェリーで街を離れることを選択した。汽笛とともにゆっくりと離岸する船、波止場からは友人達の歓声、次第に小さくなる赤灯台を眺めながらありがとうと呟く。私は屡、密やかな空想に浸ったのである。

 然し、あれ程私をときめかせたイメージは今や、急激に色褪せ始めていた。古びた立体駐車場の隣に停泊する船を前に、大きな荷物を持つ私と、その横に母。出立の日時を伝えた友人達からは何の音沙汰も無い。母への挨拶も上の空に、私は一人客船の急な階段を上って行った。
 低い天井の船室の、人の少ない辺りを選んで腰を下ろしていると、俄かに船内の振動が激しくなった。長い汽笛とか、出発の合図もないままにフェリーは出航したのである。慌てて甲板へ駆け上がると、もう随分陸から離れていて、母の姿も無く、そこには駐車場の大きな影がゆらゆらするばかりであった。

 人の居ないのを確認した後、私は全力で叫んだ。そんな私を他所に、船は長い防波堤の先、赤灯台へ向かって加速する。声も嗄れ、何もかも諦めた矢先、私の目に映ったのは、防波堤を疾走する中年女性が、必死に手を振る様子。即ち、母であった。船着場からこっそり先回りしていたのである。顎の上がりきった母の姿に目を逸らそうとした時、今度は、連絡を遣さぬ二人の友人が、自転車を立ち漕ぎしながら視界の中に飛び込んできた。彼らは、前を走る母に気づくと急ブレーキ、一人が母と交代し、母と友人の二人とで風を切る。母が乗る自転車には旗が括り付けられて、赤字で何かメッセージが書かれているが、はためき過ぎて読み取れない。
 私は、声を上げて笑っていた。暴走自転車の出現に、防波堤の先にいた釣り人も逃げ出す始末である。と、それは、玄関で別れた筈の父の姿であった。母の突然の襲来にうろたえた父は、網を持ったまま逃げ出した挙句、前を行く清掃員の、洗剤の入ったバケツに突っ込んで派手にこけた。然し直ぐに立ち上がると、自転車の母と、友人と一緒になって、赤灯台の下に駆け込む。その高く掲げられた網から、何百、何千というシャボン玉が飛び出して、何百、何千もの赤灯台を映しながら私の方へと。風にゆれて。