辛いなら泣いて、笑ってごまかしたりなんてしないで


<オープニング>


「ねぇ」
 呼びかけられて美咲は手を止めた。ぴたり、ピアノの音が止む。
 声をかけたのは、美咲の傍らでピアノの音を聞いていた、クラスメイトの公太だった。
「お前、どうしたら泣くの?」
 公太が問う。美咲は思わず瞬いた。
 夕暮れの音楽室。遠くで部活動の音が響いている以外、何の音もない。
 クラスメイトは帰宅か部活で教室を後にし、残ったのは二人だけ。
 ただ、何の変哲もない日常。
「……変なこと聞くね」
 なんでそんなことを問われたのかわからない。
 美咲は小さく肩をすくめた。
「だってお前泣かないじゃん」
「何それ、親の離婚のこと言ってるの? 泣いたってどうにもならないじゃない」
「それだけじゃなくて全部。とにかくお前泣かねぇじゃん!」
 むっと声を荒げた公太に、美咲は笑った。そうすることで公太は余計に怒るだろうとはわかっていたが、笑わずにはいられなかった。
 ぺらぺらと楽譜をめくる美咲。
「あ、いたっ」
 思わず美咲は短く声を上げた。美咲の人差し指に滲む血。楽譜のページで切ってしまったらしい。
「ドジ」
「うるさいな」
 美咲はティッシュで血を拭き取ろうと、自分の鞄に歩み寄る。
 その途中で、公太に腕を掴まれた。
「お前、しっかりしてんのか抜けてんのか、よくわかんねぇよな」
 美咲の指先に、生温い感触。
 美咲の指を舐める公太。
 なにしてんの、とは言えなかった。唐突すぎて。
 美咲は何も言えず、ただ公太に身を任せる。早鐘のような胸の音だけが、美咲の体中に響いていた。

「夕暮れに佇む少年少女。絵になる光景だよね」
 それがリビングデッドでなければ、と長谷川・千春(高校生運命予報士・bn0018)は言葉を付け足す。
 リビングデッドが現れた高校には、今から向かえばまさしく夕暮れ時に到着するだろう。
 ある高校の三階、音楽室に公太と美咲がいる。
 美咲が弾くピアノを、公太が黙って聞いている。それが二人の日課らしい。
「リビングデッドになっちゃったのは公太くんの方だよ」
 今は知性が残っているため、美咲を食い殺すことはない。しかし、それも時間の問題だ。
「巻き込まないためにも、何かの理由で美咲ちゃんを呼び出す必要があるかな」
 千春の言葉に「そう」と返事を返すのは白杉・桜介(高校生白虎拳士・bn0251)。
「……んじゃオレ、呼び出し役やろっかな。音楽室に戻らないように引き止めとくよ」
 美咲の写真を見つめ、桜介は言う。
「なに? 白杉くん、美咲ちゃんが好みなのかなー?」
「長谷川サン、いつからゴシップ記者になったの」
 詰め寄る千春に「そんなんじゃないって」と桜介は息をつく。
「眠らせもできるし、追い払うのもできるし、オレって案外適任かなって思っただけ。やりたいひとがいるなら譲るよ。ほら、リビングデッドの能力は?」
 桜介の言葉に、あぁそうだ、と千春は呟きメモ帳を開く。
 リビングデッド、公太の攻撃は歌。生前合唱部に入っていたらしく、それは綺麗な歌声をしているという。
 歌で自己回復もできるため、なかなか手こずるかもしれない。
「まぁ援護ゴーストはいないし、みんななら大丈夫だと思うよ! もしかしたら命ごいをしてくるかも。注意してね」
 ゴーストとなった以上、殲滅以外に救う道はないのだ。 
「美咲ちゃんに声をかけるかどうかはお任せするよ。事件のことは言えないし、大したことは伝えられないかもしれないし」 
 千春の言葉に桜介は頷く。
「泣けないひとって、どうやって泣くんだろうね」
 ぽつりと呟いた桜介の言葉は、夕暮れ前の教室に消えた。

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参加者
白黒・物九郎(招福猫児・b45936)
矢車・千破屋(燦然・b53422)
西条・霧華(高校生魔剣士・b53433)
鈴峰・蓮(雨音の止む頃に・b53732)
來撞・宵逸(高校生鋏角衆・b61115)
土屋・祥吾(つっちーって言うな・b63770)
哉診・恵莉亞(プリムローズ・b64283)
一条・姫乃(黄昏色の桔梗の夢・b64945)
NPC:白杉・桜介(高校生白虎拳士・bn0251)




<プレイング>

プレイングは1週間だけ公開されます。

白黒・物九郎(招福猫児・b45936)
【心情】

「死人が『思い出になる』以外のカタチで生きてる人様に関わると、どうしたってロクなことにゃァなりません―― って田舎のじっちゃが言ってました」
戦いに迷いも躊躇も一切無し。

「おにゃのこの心持ちも気遣わなきゃならない、あるイミすげー繊細な案件ですわな…。まあそーゆーデリケートなあれやこれやは皆さんに任せまさァ。俺め、ンな器用じゃありませんからよ」
スタンスは戦闘に集中。
美咲の呼び出しやアフターケアなどは仲間達の差配に任せる。


【音楽室までの移動】

服装のことを考えてなかったアホ。
なので幼少の砌から慣れた【猫変身】で学校敷地に紛れ込んだ野良猫を装って移動する。結果、周りの制服移動メンツが「この学校じゃ見ない顔」と勘付かれる事態に対するカバーに多少でもなれば御の字。


【戦闘】
「――遺影。今の面構えのでイイっスか?」
持ち込んだ一眼レフのフラッシュを焚き、挑発。

「五臓六腑に骨の髄まで、――黒ッ焦げの荼毘に付してやりますわァァァ!」
 戦列後衛でイグニッション。愛用の箒を片手に大見得を切り、【炎の魔弾奥義】を連発する。
公太が命乞いなど始めても容赦なく追撃。だが仲間達の公太に対するアクション等の次第では少し大人しくなる。


【事後】

「にゃーご」
美咲への云々は完全に人任せだったが、顛末くらいは気になる。
「その後の美咲」に【猫変身】の姿でそれとなく近付き、そこらの野良猫を装って表情を覗き込んでみる。

矢車・千破屋(燦然・b53422)
俺サ、泣き虫だから
泣くと気分も頭もすっきりするの知ってるんだ

どうにもならなく、ないンよ?

絶対変われとは言わん
ただ…それを知ってて欲しいなァ…

*事前

桜介サンには美咲サンを眠らせ続けるようお願い

手に入るならその学校の制服
なければYシャツに銀誓の制服ズボン着用
潜入後は速やかに音楽室付近へ移動
呼び出し成功まで付近で待機


成功&場からある程度離れるの
確認したら即部屋内部へ

*戦闘

★前提

【前衛/壁】

行動優先順位:BS回復>他回復※>自回復>攻撃
※ただし複数名が回復値以上のダメージを追っていた場合に限る

BS/他回復は舞
自回復は祖霊
攻撃はアビを尽きるまで→通常攻撃
BSは気合い入れて出来るだけよけたい心持

公太サンが逃走できないよう
出来るなら囲むような陣形を

★その他

もし戦闘中お話できそなら
「悪ィケド命乞いは、きけねー…絶対に。
でも、その代り…誰かに何か言いたいコトない?」
「そっちは絶対なんて言えねーケド、伝える努力はする」
ダメ元だし伝えられる内容かも判らんケド
最低限俺達が覚えとくコトは。
…自己満足かもしれんケド

*事後

ドリームダイブ成功時:
夢の中、伝えられそなら伝言を
無理そなら心境そのまま伝える

あくまで美咲サンの問題やし
考え強要なんてできん
『俺は』お話は程々で撤収のつもり

失敗時:
直ぐにその場を離れる

遺体は音楽室ORその窓のすぐ下に安置
多少変死っぽくてもしょうがないか


全部通してどっか方向変になりそな時は
唸れ俺のフォロー体質!

西条・霧華(高校生魔剣士・b53433)
■心情
泣けないのでは無く、笑うしか無かったのだとしたら…
その笑みは、きっと彼女なりの泣き顔なのかもしれませんね

自分の為に泣けない人でも…他人の為に涙を流す事ってあるんだと思います
ただ、結末が悲劇でしかない事が哀しいですね
せめて…少しでも救いのある悲劇に…

■作戦
担当者が美咲さんを連れ出すまでは付近で待機
連れ出し確認後教室へ侵入し公太さんと戦闘
公太さんを倒した後に眠る美咲さんにドリームダイブを使用し声掛けを行う

■行動
学校に侵入する際や待機中は本業能力「闇纏い」で姿を消しています
美咲さん在室中は他の方と一緒に別の場所で待機
美咲さんが教室から居なくなったら突入し公太さんと戦闘
戦闘終了後、美咲さんに声を掛けたいと思います

■戦闘
前衛で敵の注意を惹きつけます
戦闘開始時に旋剣の構えを使用し自己強化
以降は体力が半分を切った場合のみ旋剣を使用

呪いの魔眼奥儀にて攻撃します
魔眼を使い切ったら接近し気魄攻撃

基本的に公太さんの退路を塞ぐ様な立ち位置を心掛けます

■声掛け
・ドリームダイブ成功
「泣いたってどうにもならない」
確かに現実はそうかも知れません
ですが、そんなに「強く」在る必要は無いんですよ?
哀しい時は泣いたって良いです
自分の為に泣けないなら…せめて彼(公太さん)の為に泣いてあげて下さい

・ドリームダイブ失敗
公太さんの魂の安らかなる事と
美咲さんが公太さんの為に涙を流せる事を祈りつつ
その場を後にします

鈴峰・蓮(雨音の止む頃に・b53732)
【心情】
泣きたい時に泣けない、か…
まるで昔の俺みたいだな…

無理に泣けとは言わんが…できれば素直に泣けるようになってほしいね

【戦闘前】
美咲ちゃんの呼び出し等は担当者に任せて待機
眠らせたら皆と揃って音楽室突入

【戦闘】
前衛で攻撃を担当
攻撃の際に出来る限り剣は使わず、傷跡が残らないように気をつける

まずは自己強化
その後は、ひたすら龍尾脚→龍顎拳の繰り返し
「傷痕残らねぇようにしないとな…美咲ちゃんが怪しむだろうしな」

体力が40%以下で再度自己強化&回復

【戦闘後】
ドリームダイブ成功時
ぼやかしながらでも真実を伝える
その際メッセージを
『なぁ、美咲ちゃん。泣かないのって辛くないかい?
泣きたいのを我慢してまで笑って、キミは幸せか?』
『俺はそうは思わないよ。確かに泣いたって何も変わらないかもしれないよ。
でもね、泣かないと心が我慢しすぎちゃって壊れないかい?』
『泣かないと、笑顔まで曇っちゃうんだぞ?』
『おにーさんとしちゃ、キミみたいな可愛い娘の笑顔が曇っちゃうなんて嫌だな。』
『ま、無理に泣けとは言わないさ。ただ、泣きたいと思った時くらいは泣いてもいいんじゃないか?』

ドリームダイブ失敗時
とりあえず出来る限り死体の傷などを隠して退散
彼の死を彼女が泣くきっかけになればいいんだけども…

來撞・宵逸(高校生鋏角衆・b61115)
・心情等
泣かない少女、ですか…。
泣けないのか、それとも何かに意地になってしまったまま泣かないのか…どちらでも構いませんが、子供は素直に泣いたほうがいいと思いますがね。
そのまま、本当に泣き方を忘れてしまう前に…。
彼を失ったことを自覚することで、それを思い出してほしい…そう思うのは残酷な事なのでしょうかね?

・作戦
事前に作戦の内容の確認をしておきます。
呼び出しや戦闘に入るまでの行動は他の皆さんに従います。

・戦闘
私は後方から暁冶(使役ゴースト)に指示を出しながら射撃攻撃を行います。
同様に後方から攻撃を行う仲間の近くに居るように気をつけますね。
暁冶はゴーストに接近してアビリティで攻撃。
優先度は鋏角齧り>連続斬で、HPが半分を切ったら骨を拾わせます。
また、周囲に大きなダメージを負った人が居た場合や、3人以上が眠ってしまった場合にはオトリ弾を使わせ、暁冶にゴーストをひきつけさせ、こちらの建て直しをはかる。

・呼称
年上、年下に関わらず苗字にさん付けですね。

土屋・祥吾(つっちーって言うな・b63770)
◆泣くのって、涙と一緒に辛い事や苦しい事、
たくさんたくさん、一緒に流れていくことだって思ってる。
だから、泣くことは必要…だよな。

ゴースト倒すのはそりゃ当然。
それに加えて、美咲が泣けるようにしよう。してあげよう。

◆制服か…どうも、普段私服で登校してるせいか着なれないな。
ま、着ていく他ないんだが。

美咲を呼び出してもらって…
音楽室から十分に離れたと思ったら、みんなで部屋に入ろう。

◆戦闘時の僕の立ち位置は、後ろの方。
戦闘に入ったら、まずリフレクトコアを使う。
ブラストやヒュプノもどきなら…ガードすれば大したことはないはず…!
僕のHPが半分くらいまで減るか、光の槍の回数が切れたらミストファインダーを使うよ。

攻撃の基本は、光の槍。
使用回数が切れたら、ミストファインダーからの通常攻撃で何とかするさ。
もしヒュプノで寝かされたら、起きた直後にリフレクトコアを掛け直す。

◆ゴーストになるくらい、強い想いがあったってことだろ。
それくらい想ってくれるヤツのためにこそ、泣かなくちゃ…

泣けないやつ見てたら、周りだって苦しいだろ。
泣く理由がないわけじゃない…必要なのは多分、きっかけ。
1回、大泣きしたらいい。
あとは…あいつ次第。

哉診・恵莉亞(プリムローズ・b64283)
【心情】
できる事なら、二人を引き裂く事なんてしたくない。
ですが、人ならざる者に
変わり果てた、公太さんを、因果から解き放つ、
その方が、もっと大事です。

【服装】
高校の女子制服を調達して、変装します。
【行動】
桜介せんぱいに代わり、呼び出し役になります。
音楽室の扉を控えめにノック。返事があったら、ゆっくり開けて
「すみません。○○さん(美咲さんの名字)ちょっと、いいですか?」
「近々、ピアノのコンクールがあるので、練習を見て頂きたくて」
公太さんをおどおどとさながら見て、美咲さんに小声で
「男の子って、苦手で…出来れば、違う教室で…
 お願いしたいんです」
呼び出しが成功したら、空き教室で、持ち込んだキーボードを
使って、たどたどしく、課題曲と偽って、メンデルスゾーン
作曲、のオラトリオ「エリア」を弾き始めます。
姫乃さんにより、美咲さんを眠らせる事が成功したら、
先頭には合流せずに、その場に留まります。
万が一にですが、美咲さんが目を覚まされた時に、
即座に対応出来る様にする為です。
それと同時に、これも可能性は低いですが、
公太さんが音楽室を抜け出し、こちらへ向かった場合の
対応も、考えています。

悲しいことですが、公太さんが元の運命に戻られた後は、
美咲さんが眠っている、教室へと引き返します。
再びキーボードをとり、モーツァルト作曲の【鎮魂歌】を
演奏し始めます。
これは、公太さんを天国へと送る、レクイエムでもあります…。

一条・姫乃(黄昏色の桔梗の夢・b64945)
【心情】
……悲しいなぁ、こういう離別……
うちもしみじみ思うわ、女の子は笑っとる方がええ
そしてうちも、好きな人がおるから

【戦闘まで】
予めその学校の制服着用
音楽室傍でイグニッション
「ごめんな、今はせめて夢を」
呼び出した美咲に悪夢爆弾
戦闘が終わるまでは桜介先輩に人払いもかねて監視要員にお願い
その後音楽室
相手一人やろし、相手も多分わかっとる
「……気持ちはわかるけど……あんたが美咲さんを悲しませることにもなるで、そのままやと」

【戦闘】
初手はサイコフィールドでみんなの防御UP
肉体を傷つけんように気をつけながら、後衛で援護役メイン
「……ごめんなぁ、うちらなんもできへんで」
泣きそう……2人の気持ち、わからなくないから

【フォロー】
戦闘後眠っている美咲の元へそっと行き、メンバーでドリームダイブ使用

成功時は夢の中の美咲と話す
「あんな……あんたが一番大事に思っとるもの、今はもうないんや」
何があったかはあえて言わない、でも察してほしい……
うち、たぶん泣いてる
もし他の人が公太から何がしかの言葉もらっとるようなら、それもそっと伝言
「泣きたいときは泣いてええんよ?」
そっとハンカチを渡す
「うちも同じ……いなくなってほしくない人、おるから」

失敗時はそっと撤収
(……どうか泣いて、な?)
思いつつ

大事な人がいなくなれば辛い
でも悲しみを越えて、前向いて歩いてほしい
きっと彼も、望んでいるはずや

白杉・桜介(高校生白虎拳士・bn0251)(NPC)
 このキャラクターはNPC(マスターのキャラクター)です。プレイングはありません。




<リプレイ>

 泣きたいけど我慢して。
 いつも笑顔で偉いねって褒められて、もっともっと泣けなくなって。
 『泣いてもいいよ』
 ――今更、泣けない。


 南棟の四階、廊下の突き当たりに音楽室はある。
 音楽室の椅子に座り、机に頬杖をついた少年が一人。
 夕焼け色の空を見つめていた公太は、ふと足下から聞こえた鳴き声に目をやった。
「お前、こんなところまでよく来たなー」
 公太の足下にいたのは一匹の猫。珍しさに思わず公太は猫を抱える。猫の腹あたりを両手で掴み、眼前に持ち上げる公太。
「……なぁ。お前の血、くれる?」
 猫を掴む公太の手に力がこもる。
「それは無理だな。ゴーストにやれる血はねぇんだ」
 不意に響いた声に、公太ははっと我に返った。猫を見ているうちに、公太の周りを少年達が囲んでいた。鈴峰・蓮(雨音の止む頃に・b53732)の言葉に、公太は瞠目する。
 その隙に猫――白黒・物九郎(招福猫児・b45936)は公太の手から離れ、距離を取ると人の姿に戻った。
「死人が『思い出になる』以外のカタチで生きてる人様に関わると、どうしたってロクなことにゃァなりません――って田舎のじっちゃが言ってました」
 だから、物九郎は迷いも躊躇も一切持たない。
 矢車・千破屋(燦然・b53422)は前方に出て、壁になるべく構えを取った。來撞・宵逸(高校生鋏角衆・b61115)はやや後方に立ち、公太を見る。
 彼を失ったことを自覚することで、それを思い出してほしい……そう思うのは残酷なだろうか、と宵逸は思う。でも美咲には泣いてほしい、どうか彼女が泣き方を忘れる前に。
「ゴーストになるくらいの強い想いなんだろ。それは、ちゃんと叶えてやるから」
 土屋・祥吾(つっちーって言うな・b63770)は言う。美咲が泣けるようにする、してあげる。その想いを胸に秘め。
 ゴーストに対しては不要だろうと、西条・霧華(高校生魔剣士・b53433)は纏っていた闇を解く。公太を前に、霧華の脳裏を過るのは美咲の姿。彼女の笑みは、もしかしたら彼女なりの泣き顔なのかもしれない、と心を巡らせて。
 それぞれの想いを胸に抱え、能力者達はカードを掲げた。
 ――イグニッション!
 それと同時に。公太の繊細な歌声が、音楽室に響き渡った。


「男の子が苦手なんて、かわいいなー」
 微笑む美咲に、哉診・恵莉亞(プリムローズ・b64283)は困ったように笑みを返した。女子用の制服を着た恵莉亞を、美咲は女の子だと疑っていないらしい。
 さすが下校時刻を随分と過ぎているだけあって、廊下には美咲と恵莉亞しかいなかった。
「コンクール、どんな曲弾くの?」
 静かな廊下に、美咲の声が響く。ピアノの練習を見てほしい――そう言って美咲を連れ出した恵莉亞は、そっと楽譜を見せながら言った。
「『エリア』を」
「『エリア』?! すごく難しい曲弾くんだね!」
「あ、んっと、はい」
「そっか、私はコンクールに出たことないからわかんないけど、やっぱり難しい曲を弾くんだ」
 美咲は一人、納得したように頷いている。
 恵莉亞と美咲が訪れた教室には、恵莉亞のキーボードが机を二つ繋げた上に置かれていた。
 決して大きくはないキーボード。けれど恵莉亞はそのキーボードで、辿々しくも鮮やかな音を奏でていく。綺麗な音、と美咲は呟いた。
 ――悲しいなぁ、こういう離別。
 微笑みながら音を聞く美咲に、一条・姫乃(黄昏色の桔梗の夢・b64945)は眉を寄せる。女の子は笑っとる方がええ、と姫乃は思わず心の中で呟いた。
「ごめんな、今はせめて夢を」
 姫乃の声に、「え?」と美咲が声を上げた瞬間、美咲の身体が揺れた。美咲の身体を受け止め、姫乃は「ごめんな」ともう一度呟く。
 代わるよと美咲に腕を伸ばしたのは白杉・桜介(高校生白虎拳士・bn0251)。美咲の身体を支えながら、桜介は姫乃に笑った。
「いってらっしゃい」
 ぽんと桜介に背中を押され、姫乃は頷く。
「頼むな、桜介先輩」
 そう言って、駆け出す姫乃を見送って、桜介は座ったままの恵莉亞を振り返る。
「哉診サンは行かないの?」
「はい、ぼくは美咲さんの傍にいます」
 そこで『エリア』は止んだ。恵莉亞の長い黒髪が風に揺れた。
 すぅっと息を吸い込んで、恵莉亞が奏でた曲は鎮魂曲。それは公太を天国へと送る、レクイエム。


 公太の歌声に誘われ、蓮は眠りの世界へと引き込まれる。蓮が地に伏せる前に、傍らの千破屋が軽やかに舞った。
 舞が眠りを解くのを見て、公太は千破屋を睨んだ。
 しかし次の瞬間、公太ははっと眼を見開いた。素早く仰け反った公太の頬を、宵逸の『日輪逆鱗』が掠める。同時に宵逸の使役真スカルフェンサー、暁冶の歯が公太の腕を裂いた。
 祥吾のリフレクトコアが物九郎、霧華、蓮、千破屋、宵逸を薄膜で覆う。助かりまっさァと祥吾に笑い、物九郎は魔炎の塊をその手に生み出した。
「五臓六腑に骨の髄まで、――黒ッ焦げの荼毘に付してやりますわァァァ!」
 堂々と差し向けられる物九郎の『暁箒』。一直線に向かう魔弾。即座に公太は両腕を交差させて身を守った。
 唸る炎。物九郎の魔弾は公太を包み、左右に弾ける。轟音と共に消え行く炎の向こう側、公太は真っ直ぐに能力者達を見た。
「誰か知らねぇけど、邪魔すんな!」
 響く、公太の歌声。それはいっそ叫びに近い。
 跳ね返り、何度も襲う激しい音の粒。音を振り払うように、千破屋は鮮やかに舞った。赦しを与えるような柔らかな舞は、仲間達の傷を癒す。
 癒しを受けて、蓮は公太の懐に飛び込む。自己強化は済んでいる。蓮は素早く身を回転させ、公太に連続蹴りを叩き込んだ。
「傷痕残らねぇようにしないとな……美咲ちゃんが怪しむだろうしな」
 蓮は小さく呟く。剣を使わないのは美咲への気遣いだ。
 宵逸が再び仕掛ける『日輪逆鱗』。追うように物九郎の魔炎、祥吾の光の槍が宙を走った。公太を射抜く光、そして蝕む毒と炎。絡む炎を払うように、公太は右腕を大きく振った。
「貴方はもう、この世界の住人ではないんです」
 淡々と呟いた霧華は、怨念に溢れた眼を公太に向けた。瞬間、公太は瞠目する。
「あ、あぁああぁっ!」
 内側から切り裂かれる痛みに、公太は地をのたうち回った。内側から毒が公太をじわじわと蝕む。
 公太は激しく地面に手をついた。震える腕で身体を起こし、公太は能力者達を睨む。
 公太が何かを呟いた。すると、公太の傷はみるみるうちに癒えていく。
「なんだよ、あんた達!」
 公太は蓮の蹴りを受け止め、千破屋の破魔矢と祥吾の槍を躱し、霧華の魔眼を避け、物九郎の魔弾を振り払う。宵逸の『日輪逆鱗』は叩き落とされ地面に落ちた。
 激怒を込めて、公太は歌う。歌は自分の道を阻もうとする物達へ。
「なんで……!」
「なんでうちらが来たんか、ほんとはわかるんやろ?」
 一条さん、と霧華が言った。
 走ってきたようで、姫乃は額に汗を浮かべながら、サイコフィールドで仲間達を守る。
 六人から七人へ。増えた人数に諦めが過ったのか、不意に公太の戦意が消えた。それを見た千破屋は両手を広げる。それは、逃がさない、の意志表示。霧華も退路を塞ぐように立つ。
 彼らの意志は伝わったようで、公太は自嘲した。とんと机に手をつき、公太は深く息を吐く。俯いた公太の脳裏に浮かぶのは、きっと美咲の姿。
「泣くことは必要……だよな」
 祥吾は言った。「泣くのって、涙と一緒に辛い事や苦しい事、たくさんたくさん、一緒に流れていくことだって思ってる」と言葉を続けて。
 祥吾の言葉に公太は瞬いた。なんで知ってるんだと言いたげな表情で。
「よくわかんねぇけどさ、わかってんだったら放っておいてよ」
「それはできません」
 言い切った宵逸を公太は睨んだ。再び歌を響かせようとした公太を、すかさず物九郎が魔弾で撃つ。
 泣きたい時に泣けない、まるで昔の俺みたいだと蓮は思った。青龍の力を込めた拳を公太の身に叩き付けながら、できれば素直に泣けるようになることを蓮は願う。そのきっかけが彼の死だったとしても。
「じゃあ、あんた達が美咲の本当の笑顔を引き出してくれんの?」
 宵逸の『日輪逆鱗』に切り裂かれながら、祥吾の槍に貫かれながら、それでも公太は言う。
「オレが死んだら美咲は泣くよ。泣くに決まってる。でもただ泣くだけじゃ意味ないんだよ!」
 泣いて、泣いて、その先で。本当の笑顔を浮かべてくれなきゃ意味がない。
「あんた達がそれをやれんの?」
 公太の問いに姫乃は視線を伏せた。簡単にできるなんて言えるものじゃない。――それでも。
「……気持ちはわかるけど……あんたが美咲さんを悲しませることにもなるで、そのままやと」
 姫乃の言葉に公太は喉を鳴らした。
 見逃せるはずもない。リビングデッドである以上、公太が美咲を食らうのは時間の問題なのだから。
「悪ィケド命乞いは、きけねー……絶対に。でも、その代り……誰かに何か言いたいコトない?」
 千破屋は言う。公太は僅かに口元を緩めた。 
「俺の言葉、伝えてくれるの?」
 公太の言葉に千破屋だけでなく、皆が頷いて。
「ちゃんと、しっかり?」
「絶対なんて言えねーケド、伝える努力はする」
「正直だね」
 そう言って、公太は少しだけ楽しそうに笑う。
「うん、じゃあ『ざまあみろ』って」
 公太は言った。公太の言葉に霧華は思わず瞬く。
「泣いたろ、ざまあみろって。お前のぶさいくな泣き顔、見れて満足だって言ってよ」
 そう言った公太は千破屋に拳を叩き付けた。拳を受け止めた千破屋に公太は囁く。
 耳元に響いた言葉に、千破屋は目を見開いた。
「矢車君、どいてくんなせぃ!」
 物九郎の言葉にハッとして、千破屋は公太から飛び退く。同時に公太を包む魔の炎。公太はうつろな眼で宙を見た。
 宵逸は暁冶を差し向けながら、自らも『日輪逆鱗』を投げつける。暁冶の歯と、毒の鱗が公太を抉る。鮮血が散った。
 血飛沫の中、公太はゆっくりと眼を閉じる。
 それが彼の、リビングデッドの最期だった。
「……ごめんなぁ、うちらなんもできへんで」
 姫乃は言う。泣きそうだ。好きなひとがいる姫乃にとって、気持ちは痛いくらいにわかる。
「行きましょうか、一条さん。まだやれることがありますよね」
 霧華はそう言って、そっと姫乃の背を押した。あと少し。せめて、少しでも救いのある悲劇にするために。


 ぽん、と高い音の粒を最後に、教室から響くピアノは止んだ。足音に恵莉亞が振り返れば、教室に仲間達が入ってくるのが見えた。どうやら戦いは終わったらしい。
「おにゃのこの心持ちも気遣わなきゃならない、あるイミすげー繊細な案件ですわな」
 まあそーゆーデリケートなあれやこれやは皆さんに任せまさァ、と物九郎は猫の姿に変身した。とはいえ、美咲の顛末くらいは気になるもの。猫の姿で傍に寄り添うつもりだった。
 事前の相談では、眠っている美咲の夢に飛び込んで、公太の言葉を伝えるよう決めていた。能力者達は顔を見合わせ、頷き合う。
「待って」
 夢に飛び込もうとした仲間達を呼び止めたのは桜介だった。
「ねぇドリームダイブが成功したとしても、ただの夢だから、美咲サンが自分の夢を見てるとは限らないよね。美咲さんに会えないかもしれないよ」
 桜介の言葉に霧華は瞬く。確かに、その通りだ。
「世界結果もあるし、会えたとしてもまず覚えてへん、か」
 そう呟いた姫乃の脳裏に浮かぶ、公太の言葉。
 ――『ちゃんと、しっかり?』
 きっと、夢の中じゃしっかり伝えることはできない。
 姫乃がそう思った時、美咲が身じろぎをした。ゆっくりと美咲が瞼を開く。ぼんやりした目をしたまま、美咲は起き上がった。
 ――――そして。
「あ、あれ?」
 唐突に、ぽろぽろと美咲の頬を伝う涙。
 突然の涙に祥吾は目を見開いた。突然のことに能力者達は美咲自身も戸惑っているようで、おろおろと辺りを見回している。
「美咲サン、怖い夢でも見た? 美咲サン、哉診サンのピアノを聴きながら寝ちゃったんだよ」
 美咲の顔を覗きこむ桜介。桜介の言葉に美咲はかぶりを振る。
「なんで涙。あれ、おかしいな。私、泣かないのに。泣き虫じゃないんだよ」
 まるで弁明するかのように、違うんだからね、と言葉を繰り返す美咲。
「なんか変なんだよ。なんかぽっかりと大事なものなくなっちゃったみたい。変なの」
 虫の知らせはあるもので、美咲になりに何かを感じたのかもしれない。
「美咲さん。そんなに『強く』在る必要は無いんですよ? 哀しい時は泣いたって良いです」
 微笑む霧華に、美咲は小さく頭を振る。
「泣きたいときは泣いてええんよ?」
 姫乃は美咲にそっとハンカチを差し出した。
「うちも同じ……いなくなってほしくない人、おるから」
 いなくなると想像するだけでも怖いと姫乃は思う。
 そして美咲の不安は想像じゃない。現実になる。大切な公太はもういない。
「泣かないと心が我慢しすぎちゃって壊れないかい?」
 いつまでもかぶりを降り続ける美咲に蓮が言う。「泣かないと、笑顔まで曇っちゃうんだぞ?」と少し笑って。
「おにーさんとしちゃ、キミみたいな可愛い娘の笑顔が曇っちゃうなんて嫌だな」
 蓮の言葉に美咲は動きを止めた。ぱちぱちと数回瞬いた後、「面白いこと言うね」と美咲は笑う。涙が一粒、美咲のてのひらに落ちた。
 このまま笑わせてあげるべきなのかもしれない。でもこれが一番良いなんてものはきっとない。千破屋は迷いながらも、あのさ、と美咲に声をかける。
「公太サンから、伝言あって。あ、俺達、公太サンと友達なンだケド」
 しっかりフォローを入れながら、千破屋はちらりと祥吾を見た。祥吾は少し言いにくそうにして、
「……『ざまあみろ』って」
 小声で呟いた祥吾の言葉に、美咲は真ん丸に目を見開く。
「『泣いたろ、ざまあみろって。お前のぶさいくな泣き顔、見れて満足だ』だっけ?」
「はい、間違いなく」
 祥吾の問いに頷く宵逸。「あいつ!」と美咲は声を上げた。先ほどまでの涙はどこへやら。公太に対する怒りを浮かべ、美咲はむっと口元を結ぶ。
 そんな美咲の肩を叩いて、千破屋は真剣な表情で美咲を見る。それとサ、と言葉を続けて、千破屋が口にするのは公太の本当に最後の言葉。
「『笑って』って」
 ――泣いたら笑え、と。
 千破屋の言葉に、美咲はぴたりと動きを止めた。口を僅かにあけたまま、呆然と美咲は千破屋を見返す。その表情が、みるみるうちにくしゃりと歪んで、
「……なにそれ」
 美咲が言う。震える美咲の足下に、猫となった物九郎が寄り添った。物九郎が見上げた美咲の表情は、泣き出しそうな笑みだった。
 きっと美咲は泣くだろうと祥吾は思う。それこそ大声で泣くだろう。――言葉は伝えたし、あとは……あいつ次第。
 教室からは緩やかなピアノの音が響いていた。恵莉亞が奏でる哀しい曲が、鎮魂曲だと美咲は気づいているのだろうか。
 小さくかぶりを振って祥吾はゆっくりと歩き出した。


マスター:小藤ミワ 紹介ページ
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知 的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/07/22
得票数:泣ける2  ハートフル1  せつない7 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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