<リプレイ>
泣きたいけど我慢して。 いつも笑顔で偉いねって褒められて、もっともっと泣けなくなって。 『泣いてもいいよ』 ――今更、泣けない。
● 南棟の四階、廊下の突き当たりに音楽室はある。 音楽室の椅子に座り、机に頬杖をついた少年が一人。 夕焼け色の空を見つめていた公太は、ふと足下から聞こえた鳴き声に目をやった。 「お前、こんなところまでよく来たなー」 公太の足下にいたのは一匹の猫。珍しさに思わず公太は猫を抱える。猫の腹あたりを両手で掴み、眼前に持ち上げる公太。 「……なぁ。お前の血、くれる?」 猫を掴む公太の手に力がこもる。 「それは無理だな。ゴーストにやれる血はねぇんだ」 不意に響いた声に、公太ははっと我に返った。猫を見ているうちに、公太の周りを少年達が囲んでいた。鈴峰・蓮(雨音の止む頃に・b53732)の言葉に、公太は瞠目する。 その隙に猫――白黒・物九郎(招福猫児・b45936)は公太の手から離れ、距離を取ると人の姿に戻った。 「死人が『思い出になる』以外のカタチで生きてる人様に関わると、どうしたってロクなことにゃァなりません――って田舎のじっちゃが言ってました」 だから、物九郎は迷いも躊躇も一切持たない。 矢車・千破屋(燦然・b53422)は前方に出て、壁になるべく構えを取った。來撞・宵逸(高校生鋏角衆・b61115)はやや後方に立ち、公太を見る。 彼を失ったことを自覚することで、それを思い出してほしい……そう思うのは残酷なだろうか、と宵逸は思う。でも美咲には泣いてほしい、どうか彼女が泣き方を忘れる前に。 「ゴーストになるくらいの強い想いなんだろ。それは、ちゃんと叶えてやるから」 土屋・祥吾(つっちーって言うな・b63770)は言う。美咲が泣けるようにする、してあげる。その想いを胸に秘め。 ゴーストに対しては不要だろうと、西条・霧華(高校生魔剣士・b53433)は纏っていた闇を解く。公太を前に、霧華の脳裏を過るのは美咲の姿。彼女の笑みは、もしかしたら彼女なりの泣き顔なのかもしれない、と心を巡らせて。 それぞれの想いを胸に抱え、能力者達はカードを掲げた。 ――イグニッション! それと同時に。公太の繊細な歌声が、音楽室に響き渡った。
● 「男の子が苦手なんて、かわいいなー」 微笑む美咲に、哉診・恵莉亞(プリムローズ・b64283)は困ったように笑みを返した。女子用の制服を着た恵莉亞を、美咲は女の子だと疑っていないらしい。 さすが下校時刻を随分と過ぎているだけあって、廊下には美咲と恵莉亞しかいなかった。 「コンクール、どんな曲弾くの?」 静かな廊下に、美咲の声が響く。ピアノの練習を見てほしい――そう言って美咲を連れ出した恵莉亞は、そっと楽譜を見せながら言った。 「『エリア』を」 「『エリア』?! すごく難しい曲弾くんだね!」 「あ、んっと、はい」 「そっか、私はコンクールに出たことないからわかんないけど、やっぱり難しい曲を弾くんだ」 美咲は一人、納得したように頷いている。 恵莉亞と美咲が訪れた教室には、恵莉亞のキーボードが机を二つ繋げた上に置かれていた。 決して大きくはないキーボード。けれど恵莉亞はそのキーボードで、辿々しくも鮮やかな音を奏でていく。綺麗な音、と美咲は呟いた。 ――悲しいなぁ、こういう離別。 微笑みながら音を聞く美咲に、一条・姫乃(黄昏色の桔梗の夢・b64945)は眉を寄せる。女の子は笑っとる方がええ、と姫乃は思わず心の中で呟いた。 「ごめんな、今はせめて夢を」 姫乃の声に、「え?」と美咲が声を上げた瞬間、美咲の身体が揺れた。美咲の身体を受け止め、姫乃は「ごめんな」ともう一度呟く。 代わるよと美咲に腕を伸ばしたのは白杉・桜介(高校生白虎拳士・bn0251)。美咲の身体を支えながら、桜介は姫乃に笑った。 「いってらっしゃい」 ぽんと桜介に背中を押され、姫乃は頷く。 「頼むな、桜介先輩」 そう言って、駆け出す姫乃を見送って、桜介は座ったままの恵莉亞を振り返る。 「哉診サンは行かないの?」 「はい、ぼくは美咲さんの傍にいます」 そこで『エリア』は止んだ。恵莉亞の長い黒髪が風に揺れた。 すぅっと息を吸い込んで、恵莉亞が奏でた曲は鎮魂曲。それは公太を天国へと送る、レクイエム。
● 公太の歌声に誘われ、蓮は眠りの世界へと引き込まれる。蓮が地に伏せる前に、傍らの千破屋が軽やかに舞った。 舞が眠りを解くのを見て、公太は千破屋を睨んだ。 しかし次の瞬間、公太ははっと眼を見開いた。素早く仰け反った公太の頬を、宵逸の『日輪逆鱗』が掠める。同時に宵逸の使役真スカルフェンサー、暁冶の歯が公太の腕を裂いた。 祥吾のリフレクトコアが物九郎、霧華、蓮、千破屋、宵逸を薄膜で覆う。助かりまっさァと祥吾に笑い、物九郎は魔炎の塊をその手に生み出した。 「五臓六腑に骨の髄まで、――黒ッ焦げの荼毘に付してやりますわァァァ!」 堂々と差し向けられる物九郎の『暁箒』。一直線に向かう魔弾。即座に公太は両腕を交差させて身を守った。 唸る炎。物九郎の魔弾は公太を包み、左右に弾ける。轟音と共に消え行く炎の向こう側、公太は真っ直ぐに能力者達を見た。 「誰か知らねぇけど、邪魔すんな!」 響く、公太の歌声。それはいっそ叫びに近い。 跳ね返り、何度も襲う激しい音の粒。音を振り払うように、千破屋は鮮やかに舞った。赦しを与えるような柔らかな舞は、仲間達の傷を癒す。 癒しを受けて、蓮は公太の懐に飛び込む。自己強化は済んでいる。蓮は素早く身を回転させ、公太に連続蹴りを叩き込んだ。 「傷痕残らねぇようにしないとな……美咲ちゃんが怪しむだろうしな」 蓮は小さく呟く。剣を使わないのは美咲への気遣いだ。 宵逸が再び仕掛ける『日輪逆鱗』。追うように物九郎の魔炎、祥吾の光の槍が宙を走った。公太を射抜く光、そして蝕む毒と炎。絡む炎を払うように、公太は右腕を大きく振った。 「貴方はもう、この世界の住人ではないんです」 淡々と呟いた霧華は、怨念に溢れた眼を公太に向けた。瞬間、公太は瞠目する。 「あ、あぁああぁっ!」 内側から切り裂かれる痛みに、公太は地をのたうち回った。内側から毒が公太をじわじわと蝕む。 公太は激しく地面に手をついた。震える腕で身体を起こし、公太は能力者達を睨む。 公太が何かを呟いた。すると、公太の傷はみるみるうちに癒えていく。 「なんだよ、あんた達!」 公太は蓮の蹴りを受け止め、千破屋の破魔矢と祥吾の槍を躱し、霧華の魔眼を避け、物九郎の魔弾を振り払う。宵逸の『日輪逆鱗』は叩き落とされ地面に落ちた。 激怒を込めて、公太は歌う。歌は自分の道を阻もうとする物達へ。 「なんで……!」 「なんでうちらが来たんか、ほんとはわかるんやろ?」 一条さん、と霧華が言った。 走ってきたようで、姫乃は額に汗を浮かべながら、サイコフィールドで仲間達を守る。 六人から七人へ。増えた人数に諦めが過ったのか、不意に公太の戦意が消えた。それを見た千破屋は両手を広げる。それは、逃がさない、の意志表示。霧華も退路を塞ぐように立つ。 彼らの意志は伝わったようで、公太は自嘲した。とんと机に手をつき、公太は深く息を吐く。俯いた公太の脳裏に浮かぶのは、きっと美咲の姿。 「泣くことは必要……だよな」 祥吾は言った。「泣くのって、涙と一緒に辛い事や苦しい事、たくさんたくさん、一緒に流れていくことだって思ってる」と言葉を続けて。 祥吾の言葉に公太は瞬いた。なんで知ってるんだと言いたげな表情で。 「よくわかんねぇけどさ、わかってんだったら放っておいてよ」 「それはできません」 言い切った宵逸を公太は睨んだ。再び歌を響かせようとした公太を、すかさず物九郎が魔弾で撃つ。 泣きたい時に泣けない、まるで昔の俺みたいだと蓮は思った。青龍の力を込めた拳を公太の身に叩き付けながら、できれば素直に泣けるようになることを蓮は願う。そのきっかけが彼の死だったとしても。 「じゃあ、あんた達が美咲の本当の笑顔を引き出してくれんの?」 宵逸の『日輪逆鱗』に切り裂かれながら、祥吾の槍に貫かれながら、それでも公太は言う。 「オレが死んだら美咲は泣くよ。泣くに決まってる。でもただ泣くだけじゃ意味ないんだよ!」 泣いて、泣いて、その先で。本当の笑顔を浮かべてくれなきゃ意味がない。 「あんた達がそれをやれんの?」 公太の問いに姫乃は視線を伏せた。簡単にできるなんて言えるものじゃない。――それでも。 「……気持ちはわかるけど……あんたが美咲さんを悲しませることにもなるで、そのままやと」 姫乃の言葉に公太は喉を鳴らした。 見逃せるはずもない。リビングデッドである以上、公太が美咲を食らうのは時間の問題なのだから。 「悪ィケド命乞いは、きけねー……絶対に。でも、その代り……誰かに何か言いたいコトない?」 千破屋は言う。公太は僅かに口元を緩めた。 「俺の言葉、伝えてくれるの?」 公太の言葉に千破屋だけでなく、皆が頷いて。 「ちゃんと、しっかり?」 「絶対なんて言えねーケド、伝える努力はする」 「正直だね」 そう言って、公太は少しだけ楽しそうに笑う。 「うん、じゃあ『ざまあみろ』って」 公太は言った。公太の言葉に霧華は思わず瞬く。 「泣いたろ、ざまあみろって。お前のぶさいくな泣き顔、見れて満足だって言ってよ」 そう言った公太は千破屋に拳を叩き付けた。拳を受け止めた千破屋に公太は囁く。 耳元に響いた言葉に、千破屋は目を見開いた。 「矢車君、どいてくんなせぃ!」 物九郎の言葉にハッとして、千破屋は公太から飛び退く。同時に公太を包む魔の炎。公太はうつろな眼で宙を見た。 宵逸は暁冶を差し向けながら、自らも『日輪逆鱗』を投げつける。暁冶の歯と、毒の鱗が公太を抉る。鮮血が散った。 血飛沫の中、公太はゆっくりと眼を閉じる。 それが彼の、リビングデッドの最期だった。 「……ごめんなぁ、うちらなんもできへんで」 姫乃は言う。泣きそうだ。好きなひとがいる姫乃にとって、気持ちは痛いくらいにわかる。 「行きましょうか、一条さん。まだやれることがありますよね」 霧華はそう言って、そっと姫乃の背を押した。あと少し。せめて、少しでも救いのある悲劇にするために。
● ぽん、と高い音の粒を最後に、教室から響くピアノは止んだ。足音に恵莉亞が振り返れば、教室に仲間達が入ってくるのが見えた。どうやら戦いは終わったらしい。 「おにゃのこの心持ちも気遣わなきゃならない、あるイミすげー繊細な案件ですわな」 まあそーゆーデリケートなあれやこれやは皆さんに任せまさァ、と物九郎は猫の姿に変身した。とはいえ、美咲の顛末くらいは気になるもの。猫の姿で傍に寄り添うつもりだった。 事前の相談では、眠っている美咲の夢に飛び込んで、公太の言葉を伝えるよう決めていた。能力者達は顔を見合わせ、頷き合う。 「待って」 夢に飛び込もうとした仲間達を呼び止めたのは桜介だった。 「ねぇドリームダイブが成功したとしても、ただの夢だから、美咲サンが自分の夢を見てるとは限らないよね。美咲さんに会えないかもしれないよ」 桜介の言葉に霧華は瞬く。確かに、その通りだ。 「世界結果もあるし、会えたとしてもまず覚えてへん、か」 そう呟いた姫乃の脳裏に浮かぶ、公太の言葉。 ――『ちゃんと、しっかり?』 きっと、夢の中じゃしっかり伝えることはできない。 姫乃がそう思った時、美咲が身じろぎをした。ゆっくりと美咲が瞼を開く。ぼんやりした目をしたまま、美咲は起き上がった。 ――――そして。 「あ、あれ?」 唐突に、ぽろぽろと美咲の頬を伝う涙。 突然の涙に祥吾は目を見開いた。突然のことに能力者達は美咲自身も戸惑っているようで、おろおろと辺りを見回している。 「美咲サン、怖い夢でも見た? 美咲サン、哉診サンのピアノを聴きながら寝ちゃったんだよ」 美咲の顔を覗きこむ桜介。桜介の言葉に美咲はかぶりを振る。 「なんで涙。あれ、おかしいな。私、泣かないのに。泣き虫じゃないんだよ」 まるで弁明するかのように、違うんだからね、と言葉を繰り返す美咲。 「なんか変なんだよ。なんかぽっかりと大事なものなくなっちゃったみたい。変なの」 虫の知らせはあるもので、美咲になりに何かを感じたのかもしれない。 「美咲さん。そんなに『強く』在る必要は無いんですよ? 哀しい時は泣いたって良いです」 微笑む霧華に、美咲は小さく頭を振る。 「泣きたいときは泣いてええんよ?」 姫乃は美咲にそっとハンカチを差し出した。 「うちも同じ……いなくなってほしくない人、おるから」 いなくなると想像するだけでも怖いと姫乃は思う。 そして美咲の不安は想像じゃない。現実になる。大切な公太はもういない。 「泣かないと心が我慢しすぎちゃって壊れないかい?」 いつまでもかぶりを降り続ける美咲に蓮が言う。「泣かないと、笑顔まで曇っちゃうんだぞ?」と少し笑って。 「おにーさんとしちゃ、キミみたいな可愛い娘の笑顔が曇っちゃうなんて嫌だな」 蓮の言葉に美咲は動きを止めた。ぱちぱちと数回瞬いた後、「面白いこと言うね」と美咲は笑う。涙が一粒、美咲のてのひらに落ちた。 このまま笑わせてあげるべきなのかもしれない。でもこれが一番良いなんてものはきっとない。千破屋は迷いながらも、あのさ、と美咲に声をかける。 「公太サンから、伝言あって。あ、俺達、公太サンと友達なンだケド」 しっかりフォローを入れながら、千破屋はちらりと祥吾を見た。祥吾は少し言いにくそうにして、 「……『ざまあみろ』って」 小声で呟いた祥吾の言葉に、美咲は真ん丸に目を見開く。 「『泣いたろ、ざまあみろって。お前のぶさいくな泣き顔、見れて満足だ』だっけ?」 「はい、間違いなく」 祥吾の問いに頷く宵逸。「あいつ!」と美咲は声を上げた。先ほどまでの涙はどこへやら。公太に対する怒りを浮かべ、美咲はむっと口元を結ぶ。 そんな美咲の肩を叩いて、千破屋は真剣な表情で美咲を見る。それとサ、と言葉を続けて、千破屋が口にするのは公太の本当に最後の言葉。 「『笑って』って」 ――泣いたら笑え、と。 千破屋の言葉に、美咲はぴたりと動きを止めた。口を僅かにあけたまま、呆然と美咲は千破屋を見返す。その表情が、みるみるうちにくしゃりと歪んで、 「……なにそれ」 美咲が言う。震える美咲の足下に、猫となった物九郎が寄り添った。物九郎が見上げた美咲の表情は、泣き出しそうな笑みだった。 きっと美咲は泣くだろうと祥吾は思う。それこそ大声で泣くだろう。――言葉は伝えたし、あとは……あいつ次第。 教室からは緩やかなピアノの音が響いていた。恵莉亞が奏でる哀しい曲が、鎮魂曲だと美咲は気づいているのだろうか。 小さくかぶりを振って祥吾はゆっくりと歩き出した。
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参加者:8人
作成日:2009/07/22
得票数:泣ける2
ハートフル1
せつない7
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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