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テロとの戦いと米国:第3部 アフガン非対称戦/1(その2止) 対ゲリラ、続く模索

 ◇米軍「非対称戦」重視に

 米国が01年に始めた対テロ戦争は、今年で9年目。圧倒的なハイテク装備で短期決戦を想定した米国だったが、武装勢力によるゲリラ戦で長期化している。「持てる者」と「持たざる者」が互角の戦いを繰り広げる非対称の戦争。米国はベトナム戦争以来初めて本格的な対ゲリラ戦マニュアルを作り戦略転換を図ったが、戦いの「出口」は見えていない。【ワシントン大治朋子】

 ■遠い治安改善

 「陸軍は部隊展開能力の危機に面している」。ゲーツ米国防長官は今月20日の会見で、アフガニスタンとイラクでの二正面戦争が長期化し、陸軍の疲弊ぶりが深刻化している事実を改めて認めた。

 オバマ政権はすでに今春から、2万1000人のアフガン増派を進めている。だが今年1月から5月までの武装勢力による攻撃は昨年同期の1・6倍を記録。過去最悪のペースを更新している。

 米国がアフガンで目指すのは、イラクで実現したような治安の改善だ。イラクでは07年春、米兵死者数が過去最悪を記録。このため3万人を増派し武装勢力の掃討作戦を強化した。一方で地元部隊を育成し、持続可能な治安体制の確立に成功したとされる。

 だが、世界最貧国の一つであるアフガンの治安改善は、イラク以上に厳しい側面がある。国連開発計画(UNDP)によると、イラクの識字率は74%でアフガンは28%。イラクで普及しているテレビも、アフガンでは都市部に限定される。

 このため遠隔地では、住民の情報源の大半は「口コミ」だ。米軍はアフガン国軍や警察と地元住民との連携強化を目指すが、そもそも道の大半は舗装されておらず傾斜も激しい。爆弾攻撃を警戒するため、乾期でも20キロの移動に数時間かかる。一方、タリバンなど反政府勢力は村々に拠点を持ち、宗教指導者らを脅したり、反米・政府感情をあおる情報戦略で住民の支援を取り付けている。

 ペトレアス米中央軍司令官は米メディアの取材に、「イラクで功を奏した戦術が、アフガンでは使えない」と指摘。特にテレビやラジオの少ない情報環境が治安回復の障害になっていると述べている。

 ■「ハイテク偏重」転換

 イラクの治安が改善された背景には、米軍の大幅な戦略転換がある。米陸軍は06年12月、「戦場マニュアル 対武装勢力」(282ページ)を作成。ハイテク装備重視の体制から、地上ゲリラ戦への対策と地元治安部隊の育成重視に方針転換した。マニュアルは米軍のサイトで公開され、1カ月で計150万回以上ダウンロードされるほど注目を集めた。製本版は米ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーに選ばれている。

 米国はベトナム戦争で、10年におよぶゲリラ戦に敗れた。だがその後、米陸軍が対ゲリラ戦マニュアルを作成したのは80年代に一度だけだった。ベトナム戦争に従軍したキーン・元陸軍副参謀長は、「ベトナム戦争以後、我々は非正規戦に関する問題を置き去りにした。いかにしてあの戦争に敗れたかを考えなければならなくなるからだ」と振り返る。

 イラクでは03年夏、武装勢力が爆弾攻撃を激化させ、正規戦からゲリラ戦へと移行した。だが、当時のラムズフェルド国防長官は兵力削減とハイテク化による軍事革命(RMA)を提唱。06年11月、米中間選挙で共和党が惨敗しイラク政策の失敗で更迭されるまで、ゲリラ戦対策を重視しなかった。

 マニュアルの内容は多くの米メディアや軍事専門家の間で、「世界が多極化し小規模な戦闘が増えるなか、米軍の未来を形作る理論」と高く評価されている。だが外交問題評議会のウィリアム・ポーク氏は、「他国に大規模な介在をする限り、米軍が解放者だといっても占領者とみなされる。抵抗勢力を生み続けるだろう」と述べている。

 ■米陸軍戦場マニュアル

 対武装勢力作戦はベトナム戦争終結以降、米軍や安全保障の政策において軽視されてきた。このマニュアルはその流れの転換を目指すものだ。

 米国は圧倒的に優位な通常兵力を有する。この能力は、米国の敵を、現代科学技術と暴力やテロという古典的技術を合わせた非正規戦へと追いやった。彼らは通常兵力で米国と戦うことはできないと知り、代わりに(非正規戦で)米国を疲弊させようとしている。

 この対武装勢力作戦は攻撃と防衛、安定化作戦などを合わせたものだ。兵士らは、彼らが精通する戦闘任務と非軍事的な技術の調和を求められる。軍人であると同時に、国家の建設者となることが求められているのだ。

 (米陸軍作成「戦場マニュアル 対武装勢力FM3-24」「序文」などから抜粋)

 ◇政府を信頼できる状況に--クリント・ベーカー中佐(39)、米陸軍第501降下歩兵連隊第1大隊

 私がイラクに駐留していた05年ごろ、あるイラク警察の幹部がこう言った。「我々はいかに住民(の心)に達するかという競争を(武装勢力と)しているのだ」と。

 今年初めからアフガン南東部パクティカ州のシャラン前線基地に駐留している。ここでは大半の住民は暴力にうんざりし武装勢力を支援していないが、アフガン政府を支持すべきだという確信も持てずにいる。民間人の被害をなくし、武装勢力の情報作戦に悪用されないためにも、戦闘は最小限度にとどめるべきだ。空爆は時に効果的だが、抑制が必要だ。あくまでも最終手段だ。

 我々の最終目標は武装勢力を殺すことではない。アフガン国軍、警察と協力して治安を安定化させ、「アフガン政府は武装勢力から住民を守ることができる」と市民に立証することだ。市民が政府を信頼できる状況を作るのが我々の任務だ。人々が期待する速さではないかもしれないが、我々はゆっくりと成果を上げており、正しい方向に向かっている確信がある。

 ◇「ベトナム」の教訓--弱者が強者をくじく時

 ▽住民の支持▽相手を消耗 過去200年「勝率6割」

 米国がベトナム戦争に敗れた1975年、その敗因を分析した論文「なぜ大国は小さな戦争に負けるのか-非対称戦争の政治」(アンドリュー・マック著)が注目を集めた。勝敗は軍事力の格差ではなく、紛争をめぐる当事者の決意と利益の大きさで決まると訴え、その点で「弱者」が勝利したと分析した。

 一方、ボストン大准教授のイバン・アレギンタフト氏は米ハーバード大研究員時代の01年夏、論文「弱者はいかにして戦争に勝つのか-非対称戦争の理論」で、「戦略の違いこそが勝敗を分ける」と提唱した。

 同氏は軍備や兵力で勝るものを「強者」、劣るものを「弱者」と定義。例えば91年の湾岸戦争で米国を圧倒的な強者、旧イラク国軍を弱者とした。また、79年にアフガニスタンに侵攻した旧ソ連を強者、反アフガン政府勢力を弱者とした。

 同氏によると、1800年から2003年までに世界で起きた「強者」と「弱者」による主な非対称の戦争200件のうち、弱者が強者に勝利した割合は3割弱だった。両者が正規戦などで同じ戦法を取ると弱者の勝率は2割強。ところが弱者が住民を味方に付け、強者を長期戦で心理的、経済的に疲弊させるゲリラ戦などに持ち込むと、勝率は6割以上になったという。

 同氏によると、弱者の勝利には情報や隠れ家を提供する住民の支援が欠かせない。イラク戦争では当初、米軍が旧イラク国軍との正規戦には圧勝したが、その後は武装勢力が住民の支援を得てゲリラ戦を展開。劣勢に転じたと分析している。

毎日新聞 2009年7月23日 東京朝刊

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