法相の法務省内勉強会がまとめた結論の要旨は次の通り。
■主な論点に対する考え方
(1)公訴時効制度の改正の必要性
殺人などの生命侵害犯について、刑事責任の追及に期限を設けるべきではなく、事案の真相をできる限り明らかにすべきだとの国民の意見が示されている。この意見は公訴時効期間を延長した04年の法改正(死刑にあたる罪については15年を25年に延長。施行は05年)後、特に明確に示されるようになった。生命法益をより一層重視し、他の犯罪とは質的に異なった特別かつ厳正な対処をすべきであるとの国民の正義観念等の表れで、このような変化を踏まえ、少なくとも殺人など重大な生命法益の侵害については、制度改正の必要性が認められる。
(2)公訴時効制度の趣旨との関係
制度の根拠と理解されていた「社会の処罰感情の希薄化」「犯行後の時の経過とともに形成された事実上の状態の尊重」「証拠の散逸」については、それぞれ以下のように考えることができる。
犯人を可能な限り処罰すべきであるという考え方によれば、処罰感情の希薄化という事情はもはや妥当しない。また、事実上の状態を尊重し社会の法的安定を図る要請に対して、犯人を処罰して社会秩序の維持・回復を図る要請を常に優越させることが国民の意識に沿う。証拠の散逸については、被告人の防御が困難になるとの指摘があるが、重い挙証責任を負う検察官の側にはるかに負担になるべき事柄であるから、検察官と被告人との負担のバランスを被告人の不利益に動かすものではない。
(3)公訴時効を見直す場合の方法、対象範囲
殺人等の重大な生命侵害犯について、刑事責任の追及に期限を設けるべきではないとの国民の意識は、現段階において強く示されている。また、公訴時効制度の趣旨との関係は(2)で示したような考え方を採ることができる。そこで、国家刑罰権の行使の在り方としては、殺人等の重大な生命侵害犯については公訴時効制度の対象外とし、公訴時効を廃止することが相当である。
廃止の場合は、より法定刑の軽い犯罪については、均衡上、公訴時効期間について見直しを行う必要がある。
DNA型情報等により被告人を特定して起訴する制度及び、検察官の裁判官に対する請求により公訴時効を停止(延長)する制度については、こうした個別の事案を対象とした方策では、犯人を可能な限り処罰すべきであるとの国民の要請に十分応えることはできないことから、今回の見直しに当たって採るべきではない。
(4)時効が進行中の事件等の扱い
事後立法によって遡及(そきゅう)的に処罰することを禁止した憲法第39条との関係について、公訴時効に関する規定の変更は、犯行時に適法であった行為について処罰したり罪を重くしたりするわけではないから該当しないと思われる。さらに、罪となることを知りながら、時間が経過すれば刑罰から逃れられると考えてあえて犯罪行為に及ぶような者に、憲法第39条による保護に値する予測可能性はないのではないか。もっとも反対見解も多くあり、検討を積み重ねるべきである。
他方、既に時効が完成した事件について、事後的に時効が完成していないものとして扱うことは、適法となった行為をさかのぼって処罰するに等しく、憲法39条の趣旨から相当ではない。
■見直しの方向性
以上の検討の通り、凶悪・重大犯罪の公訴時効については以下の方向で見直しをするのが相当と考えられる。
(1)殺人などの重大な生命侵害犯について、その中で特に法定刑の重い罪の公訴時効を廃止し、それ以外の罪についても公訴時効期間を延長する方向で見直すのが相当。
(2)執行権が消滅する刑の時効についても、公訴時効の見直しの内容に整合するよう見直すことが相当。
(3)公訴時効の見直し策を、現に時効が進行中の事案に対して適用することが憲法上許されるのではないかと考えられるが、その当否を含め、慎重に検討する必要がある。
毎日新聞 2009年7月18日 東京朝刊