いよいよ選挙の夏がやってきた。「脱官僚」をうたう民主党の政権奪取もありうるだけに、霞が関の役人も落ち着かないだろう。彼らにとって政権交代とは? “官僚たちの夏”はどうなるのか。現・元職の官僚たちと考えた。【遠藤拓】
鳩山由紀夫民主党代表は21日の衆院解散を受けた会見で、「明治以来の官僚主導の政治から、国民が総参加して新しい政権を作り出す」と述べた。「脱官僚」を繰り返す民主党は政権を獲得した場合、政府に100人以上の議員を副大臣・政務官などで送り込むことや予算の総組み替えなどを検討している。
一方の自民党。これまでの“蜜月”を思えば、官僚との関係を急変させるとは考えづらい。選挙の行方いかんで、官僚の今後はかなり変わりそうだ。
「民主党が100人規模の議員を官庁に送るのはいいことですよ。役所の局長クラスは、これまでのように族議員のご機嫌取りで国会周辺を動き回らずに済みますから」
そう言うのは、文部科学省出身の映画評論家、寺脇研さん(57)だ。ゆとり教育の旗振り役として名をはせ、06年に退職。08年には官僚主導の政治に対抗し、政策提言をする「官僚国家日本を変える元官僚の会(通称・脱藩官僚の会)」の設立に加わった。
「今の時代、ごく普通の能力と志がある役人は、そろそろ国民に我慢を強いるよう切り出さなければと思っている。なのに、自民党はそれを許さず、問答無用でバラマキを続けてきた。民主党の政策もバラマキだけど、官僚と議論をしようとする姿勢があるだけ、まだいいと思います」
在職中は自民党文教族のセンセイに嫌われた寺脇さん。でも、民主党の肩を持つわけではない。
「霞が関を良くするのは政権交代であり、民主党じゃない。大阪だって、知事が代わって役所に活気が出たでしょう? 民主党政権で役所がぬるま湯と化したなら、また政権を代えればいいんです」
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現職官僚にも聞いてみよう。厚生労働省羽田空港検疫官の木村もりよさん(44)。保健医療施策の立案・実施・評価をする医系技官だ。5月の参議院予算委員会では、民主党議員の要請で参考人に。新型インフルエンザ対策だった旅客機内の検疫を「パフォーマンス」と批判した。
木村さんが考える、官僚の仕事の問題点とは? 「医系技官を例に取れば、霞が関のビルにいる幹部数人が、現場の状況もよく知らないまま、施策を決めてしまう。彼らは医師免許があっても臨床経験に乏しいのに、現場の意見を聞こうともしない。プロフェッショナルとしての意識が欠けています。似たような体質は多かれ少なかれ、他省庁にもあるのでは」
どうしてこんなことになったのか。「結局、自民党との付き合いが長くなりすぎたのでしょう。戦後間もない時期の官僚たちは、自分が日本を守っているとのプロ意識を持ち、政治家と丁々発止でやり合ったそうですから」
医師でもある木村さんは、まるで霞が関の“病状”を診断するかのように言った。
「思い切った外科手術なしには霞が関は立ち直れません。民主党は自民党の二の舞いになるかもしれないが、政権交代に伴う大きな変化が必要です。自然治癒? もう無理ですね」
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旧大蔵省出身で早稲田大大学院教授(ファイナンス理論)の野口悠紀雄さん(68)にも話を聞いた。高度成長期まっただ中の64年に入省し、学問の道に転じる74年までキャリアを積んでいる。
「断っておきたいのは、官僚集団は強力であるという前提に基づいた議論はこっけいだということです。今、官僚の質はかなり低下しています。きっかけは、90年代の大蔵スキャンダルです」
そういえば95年以降の大蔵省では金融機関からの過剰接待や汚職事件など不祥事が次々と明らかになった。とりわけ「ノーパンしゃぶしゃぶ」の接待は世間を絶句させた。
「確かに官僚は、批判されてもやむを得ないことをやったと思います。それによって威信は低下し、優秀な人材が集まらなくなりました。今や官僚には、積極的に社会を引っぱる力はありません」
官僚をことさらに取り上げても仕方ない、とでも言いたげな野口さん。では、政権交代についてはどうですか?
「自民党と民主党の違いは高速道路料金が1000円かタダか、ぐらいでしょう。政権を担当できる人がいて、政策論争をしているならばともかく、現状では自民も民主もそうじゃない。だから政権交代はしない方がいい。日本全体に混乱を招きますよ」
世間の熱気とは裏腹に、冷めた様子だ。でも、こう考えるのは理由がある。
「人気を取りたい政治家は誰でも官僚のことを言いますよ。自民党もそう。官僚を守りたい人は誰もいないし、けんかは人目をひきます。政治家は騒がれるのが一番重要ですからね。でも本当に大切なのは、政策の中身です」
そう言われ、なぜか思い浮かんだのは05年の郵政解散。郵政民営化だけがお国の一大事、とのレトリックが国中を席巻し、自民党を圧勝させたのはわずか4年前だった。
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ところで今、「官僚たちの夏」(TBS系、原作・城山三郎)が放映されている。高度成長をぐいぐいと引っぱった通産官僚の物語だ。だが、むしろ気になるのは、09年版「官僚たちの夏」である。
40代の現職官僚は「ちょうど人事異動の時期だから、送別会の際など、人件費が削減されるのか、退職金が減るのかなどの話は出ています。でも正直、よくわからないんですよ」と話す。
元大蔵官僚の野口さんは素っ気ない。「政権が代われば、付き合いのなかった人たちが乗り込んでくるから、やっかいだと思っているだろうね。でもそれだけ」
厚労省の木村さんはこうだ。「幹部たちはポストも天下り先も、引き続き保証されると思っているのではないか。クビを切られた後で『想定外』とぼやくかもしれません」
文科省OBの寺脇さんは興奮気味だ。「この先どうなる、との不安もあるでしょう。でも、これから熱い汗をかいて働けるのが楽しみなはず。自分ならそう思います」
この夏は官僚たちのドラマからも目が離せそうにない。
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毎日新聞 2009年7月23日 東京夕刊