COLUMN
今は「世界の巨匠」となったあの人も、アニメージュと浅からぬ縁をお持ちです。そう、天才の雌伏の時を、本誌はしっかりと注目していたのです!
前回のテーマだった「松本零士アニメブーム」が世間を席捲していた頃、その裏では後に「巨匠」と呼ばれるに至る、ある一人のアニメーション作家が雌伏の時を過ごしていました。その人の名前は――宮崎駿。 もともと『ルパン三世』(TVシリーズ第1期)や『アルプスの少女ハイジ』などの原画、画面構成、レイアウト等で腕を振るってきた宮崎さんは、1978年のTVシリーズ『未来少年コナン』で本格的に演出家に転向、初監督を務めます。文明崩壊後の地球を舞台に、バイタリティ溢れる少年・コナンが走り回る本作は、テーマ、モティーフ、デザイン、アニメーション、あらゆる面で宮崎監督の原点ともいうべき作品です。そして、この『コナン』で好評価を得た宮崎さんは、翌79年に『ルパン三世 カリオストロの城』で劇場版監督としてもデビューを飾ることになります。 宮崎さんは、創刊号からアニメージュの様々な記事に名前を登場させていますが、目立つところでは1979年10月号で、劇場版が公開された『未来少年コナン』が表紙を飾っています(ただし、この劇場版はTVシリーズの再編集版で、宮崎さん自身は直接は関わっていません)。そして、続く1979年11月号、1980年1月号の表紙が『カリオストロの城』です。 『カリオストロの城』は今でこそ「宮崎駿、初期の傑作」として多くの人に愛されていますし、当初から業界内やコアなファンからは高い評価を受けていました。しかしながら、公開当時は「松本ブーム」に影響されたSFアニメが全盛の時代で、残念ながら興行成績は決して振いませんでした。そして、あるいはその結果のせいだったのでしょうか、以後数年に渡って「宮崎駿」の名前が全面に出た作品は登場しなくなります――。 そんな時代でもアニメージュは、別名義で脚本・絵コンテを担当した『ルパン三世』(TVシリーズ第2期)の第145話「死の翼アルバトロス」の詳細な分析を掲載するなど、宮崎監督をバックアップし続けていました。そして極めつけが、今や伝説となった1981年8月号の特集「宮崎駿 冒険とロマンの世界」です。多数のイメージボードやイラスト、ご本人のインタビュー、関係者の証言、作品解説など、全31ページに渡る大特集。これといった新作/話題作を手掛けていないタイミングで、なぜ、個人のクリエイターをここまで特集することができたのか……そこには、当時の編集部の情熱と、作品を観る確かな感覚が感じられないでしょうか。今、どうしてこういう誌面が作れないのか――現役の編集者として胸に手を当てたとき、「時代も状況も違うから」と冷静な分析もできますが、同時にどこか後ろめたさを感じざるを得ないのも正直なところです。 閑話休題。ともあれ、こうして宮崎監督は80年代前半に、その実力を十分に発揮できないまま、雌伏の時を送っていたというわけです。『風の谷のナウシカ』の本誌連載が開始されるのが82年2月号。そして、『ナウシカ』のアニメ版が公開されるのが84年3月。宮崎監督が浮上のきっかけを掴み、巨匠への道を上り始めるのは、もう少し後のお話です。