たなばたまつり ─ 話 ID:Sv7I / 絵 ID:3bIu

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「はあ、なんでこう七夕って時に雨なんて降るのかしら」  もう数日前になる。  七夕のお祭で織姫と彦星の人形劇をしてほしいと頼まれたのだ。  子供達のためならしょうがないと思いつつも、ポツリポツリと降る雨を止めることはできない。  中止にならなければいいんだけど。 「ほんと、天気が暗いと心も滅入るわね」  愚痴を言ってもしょうがなかった。  どこぞの魔女じゃあるまいし、天候を操作してまで子供達に喜んでもらおうなんて考えられない。  ウソで塗り固められた芝居に何の意味があるというのか。  そんな形で子供達が喜んでくれるなんて、私には思えなかった。  雨、やんでくれないかなぁ。  陰鬱とした表情で外を見やると、見知った姿がそこにあった。 「アリス! ちょっと雨宿りさせてくれ、急に降られた。  まだ小雨って感じだからいいけど、こりゃ夜には本降りになる」  魔理沙だった。  ところどころ濡れた魔理沙を部屋に招くと、ポイとタオルを投げて渡し、お茶の準備を始める。  そんな無愛想な応対に不満を持ったのか、濡れた髪をぐしぐしと拭きながら毒づいた。 「なんだ? ずいぶん不機嫌だな……何かあったのか?  悩みがあったら聞いてやるよ、聞くだけならタダだからな」 「不機嫌というか、んー、雨がね。 やまないのよ」 「雨ぇ? そりゃ今年は例年よりも梅雨が長いし、しょうがないだろ。  さては洗濯物がたまってるんだな? 小綺麗なアリスにしちゃ珍しいな」  そんなわけないでしょ、なんて言いながらお茶を出す。  そもそも洗濯物を片付けないのは魔理沙のほうじゃない。  ぐうたらと一緒にしないでほしい。 「んじゃ何だよ、アリスらしくもない。  その程度で凹んだりなんかしないだろ。  もっと大切な心配事でもあるんじゃないのか?」  なんだかんだと言いながら魔理沙は心配してくれているようで、無愛想に聞いてきた。  解決しないだろうけど、たしかに言うだけならタダかもしれない。 「今晩、人里で七夕祭があるでしょう?  そこで子供達に人形劇をしてほしいって言われたんだけど、生憎の天気なのよ。  さすがに天気をいじってまで喜んでもらいたくないし……」 「ははっ、なんだそれ!! そんなの簡単じゃないか!  天気を "いじらなければ" いいんだろう?  じゃあ簡単だ。まかせておけ」  私を盛大に笑い飛ばして、魔理沙は手を貸すと宣言した。  言うはタダ、なのかもしれない。  何をするつもりなのか分からないけど、天気が晴れるならいいかな。  言葉に含みを持たせていたのが気にかかるけど、  魔理沙のやることだし、どうせしょうもないことなんだろう。 「あら? じゃあまかせてもいいのかしら?」 「大船に乗ったつもりでいてほしいね」 「じゃあお願いするわ。 でも、変なことはしないでよね」  熱いお茶をぐいと飲み干し『もちろん』なんて言葉を吐くと、  魔理沙は休むのもそこそこに帽子をかぶり玄関へと足を向けた。 「あ、そうだ、傘を一本かりていくぜ」 「ええ、どうぞ」  どうせ返すつもりなんてないくせに。
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「そりゃあ天気はいじるなって言ったけど、やりようってものが……」  空は晴れた。  お祭も無事に始まって、今は人形劇の準備をしているところ。  でも、肝心の星空には程遠かった。  夕暮れが遅くなったのもあるけど、おおかた魔理沙のせいだろう。 「お、いたいた。 どうだアリス、見事に晴れたろ」 「あっ、魔理沙! そりゃ晴れたけど、ものにはやりようってのがあるんじゃないの!?  見てみなさいよ、晴れたけど星がまったく見えないじゃない。  こんな天候、今まで見たことないわよ」  どうやったのかというと、魔理沙がマスタースパークを空に撃ちまくって、雲をどかしたのだ。  たしかに天気はいじってない。  でも所詮は力技の快晴、魔力が邪魔して星が見えなくなっている。  怒る私に驚いた魔理沙は、あわてて弁解をはじめた。 「いや、ちょっとまてよ、星空なんて聞いてない!!  そういうことは早く言ってくれよ!!」 「言わなくても分かるでしょ!? 七夕よ!?」 「あー…まあ……そうだよな……」  やっと理解したのか、私の怒りが伝わったのか、  魔理沙は困ったようにうんうんと唸りはじめた。  まったく、これじゃ中止になるより酷いじゃない。  子供達を哀しませるために人形劇をやるわけじゃないのよ、もう。  怒り心頭で『どうするのよ』と魔理沙に言い放ち、私は腕を組んで返答を待った。 「あー…うん…そうだなぁ……星かぁ……」 「そう、星空よ」 「うーん…星…に見えればいいんじゃない、かな」 「それどういう意味よ」  この後に及んで、また魔法でごまかすつもりなの?  怒りが上乗せされていく自分に気付きつつも、こうなったら話を聞くしかない。  無言で待つ私に困りながら、魔理沙は予想通りの答えを返してきた。 「あぁ、怒るなって。 ほんと悪かった、すまん。  こうなったら、星も魔法で綺麗に作ってしまえばいいんじゃないかと」  やっぱり魔法でごまかすつもりね……呆れるけど、たしかに手段はそれしかないのかも。  雨をどうにかした魔理沙のことだし、星空もどうにかしてくれるのは分かる。  あんまりやりたくなかったけど、こうなってしまってはしょうがない。  はぁ、と溜息をついて『できるの?』と聞くと、笑顔を取り戻した魔理沙は明朗快活に答えた。 「まかせろ! こんな状態で放り投げるなんて申し訳ないからな」 「じゃあ任せるわ。 綺麗な天の川、よろしくね」  でも、子供達が喜んでくれるかどうかは別問題なのよ、と魔理沙に一言釘をさす。  本当なら本物の綺麗な天の川を子供達に見せたかった。 「心配するなって、本物より綺麗な天の川を作ってみせる!」  やる事が決まったのか、魔理沙は竹箒に飛び乗ると驚くような速さで空へと消えていった。
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「……織姫よ。また一生懸命に機を織るのなら、彦星に会えるようにしてやろう。 約束できるか?」  そうして始まった人形劇『七夕ものがたり』も終盤を迎えていた。  寺子屋の先生達に声をあててもらい、何とか子供達を退屈させずに進行している。  重要なのは、ここから。  魔理沙は大丈夫かしら……。  そんな心配をする暇もなく、お話はどんどん進んでいく。 「約束したぞ。 では毎年、七夕の夜に、ここに来て二人会うがよい」 「そして、初めての七夕、二人は天の川の岸に立つと、  かささぎという鳥がどこからともなく舞い降りてきました」  来た、ここで合図を送る。  遥か上空に待機させた上海人形を狙い、シーカーワイヤーを放つ。  子供達も、まわりで見ていた大人達も、空へと舞い上がっていく赤い光に目を奪われる。  魔法の糸を伝い、赤色の光はぐんぐんと昇っていく。  高く、遠く。 「お、あれが合図か」  指をポキポキと鳴らすと、魔理沙はスペルカードの宣言をする。  準備万端。 「さあて、天の川を作るか!  魔法かもしれないけど、本物より綺麗な星空にしてやる!」     
 魔力を使い切るほどのスペルを放ち、空を駆ける。  全力全開のブレイジングスターで本物と見間違えるほどの星空を描いてゆく。  何もなかった夜空に星くずの川が流れ、赤い光が架け橋となる。  子供達から、わぁ…と小さな声が聞こえてきた。 「彦星様、天帝の命により、お二人の架け橋になりに参りました。 さあ参りましょう、織姫様の所へ」 「こうして二人は、一年に一度だけですが、七夕の夜に会うことができるようになりました。  それでも雨が降ってしまうと、二人は会うことができません。  だから私たちは、七夕飾りのたくさんある短冊の中に、  ひとつだけ『七夕の夜は晴れますように』と、  必ずこの願いの短冊をひとつかけておくのです。  七夕の短冊は、私達の願いを叶えるだけじゃなく、織姫と彦星の願いを叶えるために書くんですよ」  最後が教訓のようになってしまったのは、頼んだ人のせいかもしれない。  でも、これでよかったのかも。  織姫と彦星の願いは叶えられなかったけど、子供達の笑顔は叶えることができた。  私にはそれで十分だったし、そこから先は道を教える人達にまかせることにしよう。 「年に一度だけ会える織姫と彦星、か。  そういえば……毎日のように家まで来る彦星なら、いま空で頑張ってるわね」  私の小さな呟きは、子供達の喝采に消えていった。 おしまい
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