「ES細胞」(胚性幹細胞)は、その呼称が難しく馴染めないためか、この細胞がどのようにして作られ、どのような働きがあるのか、多くの人にまだ知られていない。
ES細胞研究については、わが国では平成十年十二月に、首相の諮問機関である科学技術会議生命倫理委員会がヒト胚研究小委員会を設置し、ヒト胚研究について検討し、翌十一年十一月三十日に「中間報告」として、事実上人の胚を使った研究を認め、人の受精卵(初期胚)からES細胞を作製し利用する研究を条件付きで容認する方針を打ち出し、人々の注目するところとなった。
ついで本年(平成十二年)三月六日に、ヒト胚研究小委員会は中間報告とほぼ同じ内容の「最終報告書」をまとめた。この報告内容は三月十三日に、科学技術会議生命倫理委員会において了承され、これをうけて科学技術庁では、本年中にも研究ガイドライン(指針)を策定する方針である。
わが国で、このES細胞に関する記事が一般紙にひんぱんに掲載されるようになったのは本年一月ごろからであるが、欧米では一九九八年(平成十年)末ごろからこれに関する議論と研究が急速に活発化している。
ES細胞に関する詳細は後述するが、ここではひとまず、人のES細胞(以下、ヒトES細胞という)の概略をのべておきたい。この細胞は人の受精卵を胚盤胞(後述)まで育てたうえ、内部の細胞を取り出し、これを特殊な方法で培養し分化させて作ったもので“万能細胞”とも呼ばれる。普通の細胞は、分裂によってそれが属している組織や臓器の細胞を増殖させるにすぎないが、このヒトES細胞は分化のさせ方を研究すれば神経、皮膚、筋肉、骨などのあらゆる組織に分化し、希望するままの臓器を作り出せるといわれる。
こうしたことから、現在、深刻な臓器不足に悩む移植医療界にあっては、このような望み通りの組織や臓器が作り出せる“細胞”が作製されたことは一大光明で、これによって将来、移植医療のみでなく医療界全般に計り知れない恩恵がもたらされると期待されている。
一例をあげれば、心臓病にはヒトES細胞から作製した心筋細胞を、火傷には皮膚細胞を移植し、また難病とされる白血病、パーキンソン病などには異変を起こしている細胞に正常細胞を注入して移植すれば機能回復の可能性があるなど、応用範囲は限りなく大きいといわれる。
しかし、このヒトES細胞は、“人の生命の始まりである受精卵”を破壊して作り出すものだけに、いかに有用な細胞とはいえ、倫理的に果たして作製が許されるものかどうか、欧米を中心に真剣に議論されている。
注・1 胚
本稿で用いる「胚」の用語は、受精から二カ月(八週間)までの初期胎児をいう。胚はこの時期に重要な器官のほとんどができ、人としての姿形を整える。中でも「初期胚」は受精後二週間(十四日)までの胚の呼称とする。
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