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ニュースUP:事件と発達障害 危険な「イメージ直結」=奈良支局・石田奈津子

 いわゆる「供述調書漏えい事件」に発展した奈良県田原本町の母子3人放火殺人事件を、新人記者として取材した。06年6月に逮捕された、当時高校1年の長男は、精神鑑定で「広汎(こうはん)性発達障害」とされ、中等少年院送致となった。取材を続けているうちに、「広汎性発達障害」という専門用語が事件報道に何度も登場することが、この障害を持つ子どもや保護者らを中心に波紋を広げていることがわかった。自らがかかわった事件報道について改めて考えてみた。

 ■謎解けたものの

 06年の4月に毎日新聞に入社し、奈良支局に配属された私にとって、初めての大事件だった。私は舞台となった医師一家の周辺取材を担当した。

 火災後行方不明になっていた、県内有数の進学校に通う長男について、同級生らからは当初、「おとなしい子」という印象を多く聞いたが、「障害がある」という話は耳にしなかった。

 2日後に長男が京都市内で見つかり、逮捕された。その直後から、各紙とも「医学部進学に熱心な父親から、学習を巡ってたびたび暴力を受けていた」という内容の報道を繰り返した。私は長男が拘置されていた田原本署に一日中張り付きながらも、署で各紙を読んで事件の把握につとめていた。ただ、父親のいない日にどうして自宅に放火したのかが、疑問だった。

 その後、事件の起きた日に保護者会があり、中間テストの結果が父親に伝わるのを恐れて放火したとの見方が報じられたが、母親や兄弟との確執についての報道はなく、疑問は残った。

 その年の10月、長男の精神鑑定結果が出た。「対人関係や情緒面に障害のある広汎性発達障害」。現在の関心事に注意が過度に集中したり、一度決めたことに固執する傾向がみられるという。父親がいない日に火を付けた“謎”が、「発達障害」という言葉によって氷解したような気がした。

 長男は同月、検察官送致(逆送)ではなく、中等少年院送致となった。決定書では、しつけの限度を超えた暴力で、長男が孤立感や無力感を深め、父親を殺害して家出を決意したとしている。母親ら3人が残る家に火を放ったのは、父親の暴力や広汎性発達障害の特性などが絡まり合った末のことだった。報道はそのことを伝えた。

 ■言葉が招く偏見

 しかし、事件報道の中に「発達障害」という言葉が登場すると、事件と直結しているかのようにとらえられる現実が一部にあった。

 発達障害児の支援組織「えじそんくらぶ奈良ポップコーン」では月1回、発達障害児を持つ保護者が集まって例会を開いている。田原本の放火殺人事件の後、ある母親は、広汎性発達障害の子を特別支援学級に編入させようと学校に伝えた際、「放火を犯した子と同じですね」と言われた。

 他にも、「怖い」という目で見られていると感じたことがあったという。楠本伸枝代表(49)は「発達障害の子どもが犯罪を起こして報道されると、母親たちは、『自分の子どもたちもああなるんじゃないか』と不安に駆られる」と懸念を語るのだった。

 奈良女子大の浜田寿美男教授(発達心理学)は、こう分析してくれた。「発達障害を抱えている人は生きづらさを抱えていることが多いので、しんどい状況にあるのは確かだが、犯罪に直結するわけではない。ただ、大きな刑事事件が発生すると、一般の人は『なぜこんな事件が』と理解に苦しむ。理解しづらさを補うために『発達障害』という言葉が便利に使われているのでは」

 ■「慎重な報道」肝に

 少年事件の容疑者が発達障害と診断され、報道された例としては、長崎市の幼児誘拐殺害事件(03年7月)やJR岡山駅突き落とし殺人事件(08年3月)などがある。日本自閉症協会(東京都)によると、長崎市の事件後、障害名を報道する記事が目立つようになり、それに伴い学校で嫌がらせを受けたという相談が増えた。田原本の事件後も、いじめに遭ったり、嫌がらせを受けたという相談は数件寄せられた。大平薫事務局長は「障害名をあえて書く必要があるのか疑問に思う」と話す。

 障害によって、説明されるのはあくまで事件の一部だ。報道でも、決して発達障害が犯罪と結びついていると書いているわけではない。しかし一部に、「発達障害を持った人は怖い」と誤解される傾向があるのだ。

 では、障害名を報道しない方がいいのか。田原本の事件のように、家裁の決定に影響している場合、障害に触れざるを得ない。報道が正確であっても、周囲の偏見を招く恐れがあるだけに、私はジレンマを覚える。

 この事件を通して、自分たちの報道が発達障害児やその親たちに大きな影響を与えていることを改めて実感した。どう報道すべきか、簡単に答えが出る問題ではない。報道にあたっては、その意味を考えた上で、慎重な記事を書きたいと肝に銘じたい。

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 ■ことば

 ◇奈良高1放火殺人・調書漏えい事件

 06年6月、奈良県田原本町の医師宅が放火され母子3人が死亡、当時高校1年だった長男(19)が殺人などの容疑で逮捕された。奈良家裁は、広汎性発達障害との精神鑑定結果を踏まえ、長男を中等少年院送致とした。

 講談社が07年5月、長男の供述調書を引用した単行本「僕はパパを殺すことに決めた」を出版。奈良地検は、長男の精神鑑定をした崎浜盛三医師を、著者の草薙厚子さんに供述調書の写しを見せたとして秘密漏示容疑で逮捕、起訴した。09年4月、崎浜被告は奈良地裁で有罪判決を受け、大阪高裁に控訴した。

毎日新聞 2009年7月22日 大阪朝刊

 

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