裁判員制度は生ぬるい:山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

Voice2009年7月20日(月)15:00

浅はか極まる反対論

いつの間にか、というべきか、裁判員制度が本気で導入されるようだ。そして本屋に行くと、いまさらながらに反対論を述べた本がかなり登場している。が、その多くは、浅はか極まるもので、民主主義社会における市民の責任というものをまったくはき違えていると思う。

 たとえばアマゾンで見ると、そうした1冊の内容紹介は、こんな具合だ。「ある日、突然、我々にやってくる『裁判員を命ず』という恐怖の召集令状。嫌々参加させられたら最後、一般市民が凄惨な現場写真を見せられ、被告人に睨まれ、死刑判決にまで関与しなくてはならない」。一般市民が嫌なことをさせられている、だから裁判員制度はよろしくない、というわけ。

 が……社会ってのは、みんなが好きなことだけやっていれば済む仲良しクラブじゃない。みんなが少しずつ自分の自由や財産を公共のために犠牲にすることで、1人ではできない大きなことを実現する仕組みが社会だ。ある日突然やってくる「税金払え」という恐怖の課税通知だって、社会の維持のために必須だ。裁判員だって、同じ発想だろう。

 多くの反対論は、一般市民が犯罪者に死刑判決を出す羽目になるとかわいそうだ、という。でも、ぼくたちは民主主義下の日本社会として、犯罪者に死刑を宣告している。どこかの裁判官が死刑判決を出し、どこかの刑務官が死刑を実際に執行し、国民はそれを主権者として容認している。死刑でなくても、誰かの自由を奪え、拘束しろと命じる。そしてそうすることが、社会を円滑に動かすために必要だと納得している。裁判員制度は、それを何ら変えない。

 つまりぼくたちは、いまでも死刑判決に関与している。たんに、その事実を見ないで済んでいただけだ。それは無責任だろう。サヨクな方々は「権力」批判がお好きで、警察や刑罰は権力が人民を弾圧する手段だとでも言いたげだ。でも民主主義社会においては主権はまさにその人民にある。それを制度として明示化し、人々が実際に生殺与奪の権力を担うときに彼らはどうするだろうか。

 ちなみに裁判員になったからといって、べつに死刑を無理に宣告させられるわけじゃない。いやなら無期懲役にすれば?

 そして一方では、一般市民は法律に無知だからまともな判決はできない、空気に流される、プロの裁判官にしかきちんとした判決は下せない、というのもよく見る意見。でも裁判員導入の背景には、一部の裁判官が世間常識とかけ離れた判決を出すという批判もあったはず。お代官様だけが正しい判断を下せるというのは、思い上がりだ。

一般人に処刑までさせよ

 そして、実際に目の前の人間の命や自由を奪うのは、ワイドショータレントの受け売りやネット掲示板での無責任で勇ましげな匿名放言とは違う。好きにやっていいといわれて、本当に(衆目の集まるなかで)根拠レスに好き勝手にできるほどの強さをもった人物はなかなかいない。人々は、自分の下す判決に何らかの根拠を必死で探そうとするはずだ。それが人の一生を左右すると思えばいやでも慎重になるはずだ。それこそまさに、かつてトックヴィルが驚愕したアメリカの陪審制度がもつ、民主主義にとっての意義だ。

 ぼくは、一般人に死刑判決させるだけでは生ぬるいと思う。処刑までさせるべきだと思う。絞首台の落とし戸のボタンを、一般市民に押させるべきだ。受刑者の監獄の鍵を、一般人が自ら掛けるべきだと思う。それでこそ、人々は社会のもつ厳しい側面を自らの責任として実感できるようになる。

 じつはアメリカは偉いところで、一部地域ではこれをすでに行なっていた。死刑執行のボタンを一般人に押させるのだ。実際には数人が同時に複数のボタンを押し、誰が実際に手を下したのかわからないようにはしていたという。

 でも、誰かはやっている。それは自分かもしれないと人々が思い、そしてそれがどうしても必要なことなのだと無理にでも納得する――ぼくはそれが社会的に重要なことだと思う。人々がその重みを感じ、その意味を考えることが、民主主義にとって決定的な意味をもつと思う。

 もちろん、いまの裁判員制度が本当に機能するか、ぼくもいささか疑問には思っている。もっといいかたちはないのか、いろいろまだ試行錯誤は必要だろう。量刑まで決めるのは本当にいいのか? そしてきれいごとはさておき、アメリカの陪審員制ですら、賢い人間はうまく立ち回って逃げる(選抜段階で、トンデモ発言を繰り返してまともな判断が下せないと思わせればいい)。

 でも、原則的にはぼくはこの仕組みが必ずしも悪いだけとは限らないと思っている。本誌読者のなかにも、いずれ裁判員として招集される人が出るだろう。あなたたちはそのとき何を考え、どういう判断を下すのだろうか。

 2009年8月号のポイント
著名なビル・エモット氏が“資本主義の未来”を示唆する超大型連載を開始! 特集は「国家主義の時代」。経済学者の浜矩子氏は、国家主導になる米国を、統制は企業活力を奪うと批判。また、楽天の三木谷浩史社長は、官僚支配経済の理不尽さを訴える。その他、文明論的オピニオン満載で、時代の大きな枠組みが読み解ける号。

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