Hyperion
小説版 時空警察ハイペリオン

わたしにそんな強い意思があっただろうか。なんとなく適正テストに合った「時空刑事」への道を進み、「時空刑事」の仕事に疑問を感じながらも、るり香のように他の道を選ぶ事も出来なかった。
そして、この人、折尾光四郎はもっと壮絶な自己の葛藤の中での戦いを乗り越え、尚も正しい時空刑事であろうとしている。
わたし達が、研修生時代に遭遇した最大の事件「ディザイン事件」の首謀者は、なんとこの人自身だったのだ。
事件のあらましはこうだ。
2007年に潜伏している時空犯罪者(未来からの違法遡行者の事ね)の殆どは、この時代に突如として現れたコンサルティング企業「ディザイン社」の関係者だった。「未来をコーディネイトする」と標榜し、確実な「未来予知」をして見せ、人心を惑わしていたディザイン社だったが、歴史の決定事項である未来を人に教える事は、実は歴史改変にならない。ディザイン社は決して、間違った未来を教え、それに導いていた訳ではなかったからだ。それ故に時空警察の捜査は困難を極めていた。特にディザイン社の代表、「織田優生」を名乗る男の正体が、どうしても掴めなかった。どの時代にも、彼に該当する人物はいない。彼は間違いなく、「この時代から」存在していて、「未来から」の遡行者ではなかったのだ。「この時代の」人間が確定事項である「未来」を予言する事は、時空警察にとっても「犯罪」ではなかったのだ。
それもその筈、「織田優生」とは折尾光四郎の『もう一つの人格』だったのだから。彼の中に潜在していた『織田優生』の人格は、この時代へ来ていよいよ表層化してしまう。「織田優生」となった彼は、その外見をも人体改造技術で完全に変えて「折尾光四郎」に成り代わろうとしていた。
さらにこの時代から密かに遺伝子改造をしていく事で、彼が折尾光四郎として産まれる未来においても、「始めから」織田優生として誕生する事を目論んでいた。

用語集

つまりはすべての歴史から完全に「折尾光四郎」を消し去ろうとしていたのだ。
光四郎は自分が織田優生になっているという自覚もなく、「単独で織田優生と戦い続け、ついに敗北した」という記憶と共に消されようとしていた。
しかし、この時代で知り合い、さりあとの友情(愛情?)を育んだ新末雪人という少年(彼は光四郎の祖先だった)が、「織田優生にはならない」という固い決意をした事と、伝説の時空刑事ヴァーンによる説得によって、光四郎は自我を取り戻し、終には織田優生との分離を果たし、これを消滅させた。
光四郎の中に「織田優生」が潜在したきっかけこそ、私も感じていた「時空刑事」という仕事に対しての疑問だったという。〜歴史を誰もが幸せだと思う方向に変え、人々をそれに導く事〜それが出来る力があるのに何故してはいけないのか?…そんな気持ちを、彼は強い意志でずっと封じ込めて来たのだ。
この事件の時も、わたしは結局何もしなかった。出来なかった。
光四郎が一人で織田優生と戦っている事も、全然気付けなかった。わたしは自分の事で精一杯で、彼に一方的に自分の愚痴や泣き言をぶつける事はあっても、彼からは何も聞いてあげれなかった。
彼は話してくれなかった。何も。事件が終わってからも、今もだ。事件の真相に関しても、わたしは彼の口から聞いた訳ではない。
「あんな事」があった後なのに、彼は時空刑事を辞める事をしなかった。より強い鉄の意思で、自分の本心を封じ込めているようにさえ見える。
そこまでしてあなたが守りたいモノって何なの?
どうしてわたしに何も話してくれないの?
わたしは彼と毎日のように話をする。
でも、わたしたちは本当の「会話」をした事ないのかもしれなかった。

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