DJロゴ
Think EARTH !
大雪ジャーナル  大雪山発。地球の「いま」と「あした」をかんがえるウェブサイト。
Home ウォッチング フィールドノート リンク
Home>ウォッチング最新号>バックナンバー一覧>2003年10月22日
「いのち」と「おカネ」
 去年(2002年)7月にトムラウシで起きた遭難事故で、「登山ガイドとしての注意義務を怠ったため」ツアー参加者の女性を凍死させた[註1]として、ツアーを主催した福岡市の元登山ガイドの男性が旭川東署に書類送検された。

 台風が接近しているのに登山を強行したのはガイドの判断ミスだと筆者は考えるが、『北海道新聞』[註2]によるとこのガイドは、「せっかく来たので山頂まで登らせてやりたかった」と語ったという。ほかにも今年の夏、日高のポロシリ岳で、台風による沢の増水で山小屋に閉じ込められ、自衛隊のヘリコプターに救助された登山ツアーもあった。

 台風が来てるときに山へ入るなんて、オレはそんなバカなことはしない、と、多くのガイドは言うにちがいないが、この事故を自分には関係ないと一蹴できるだろうか? 問題の本質は、台風が来ているから山へ入らないという常識的な判断をせずに、台風が来ているにもかかわらずなぜ山へはいったのか、また、入らざるをえなかったのか、というところにある。

 ここで筆者の実体験をすこし話そう。
 何年か前の夏、ある旅行会社主催の登山ツアーのガイドを引き受けた。40名ほどの団体をガイド2人と添乗員1人で引率して、層雲峡から黒岳・旭岳経由で旭岳温泉まで縦走するというごく一般的なツアー登山だった。

 当日、指定された時刻に層雲峡のロープウェー乗り場でツアーの一行を待ったが、一行が現れたのは予定時刻を30分以上過ぎてからだった。不馴れな添乗員の手際の悪さもあるが、一般公募のためグループとしてのまとまりがまったくないのが主な理由であると思われた。しかも服装がバラバラだ。本格的な登山の服装をしている人から、町歩き用のカジュアルシューズを履いた人までいる。旅行会社側が参加者に対して、登山についてのじゅうぶんな情報を与えていないのは明らかだった。まずこの段階で、グループ全員が旭岳温泉まで縦走するのは無理だと思った。

 早朝からあやしい雲行きだったが、黒岳山頂へ登る途中で雨が降りだし、山頂に着くと強風に頬をたたかれた。登る途中で雨具を着るようにうながしたのだが、参加者のなかには100円ショップで売っているようなビニール合羽(しかも上着だけ)を着ている人もおり、疲労凍死の危険があるのでここから戻るように助言したが聞き入れてもらえなかった。

 山頂から、黒岳石室・雲の平と進むにつれて風はさらに強まり、お鉢平展望台に着いたときには秒速15〜20メートルちかい強風になっていた。これ以上登山を続けるのは危険と判断し、縦走を中止して層雲峡にもどる旨を参加者に伝えたところ、大部分の参加者は納得したが、一部には登山中止に強硬に反対する参加者がいた。もしこのまま登山を続けたいのなら、グループから離脱し、「今後なにがあっても旅行会社とガイドにはいっさい損害賠償の請求をしない」と一筆書いてから行くようにと言ったところ、渋々、登山中止を受け入れた。

 後日、この参加者が旅行から帰った後でツアーの主催会社に送った手紙のコピーを、旅行会社経緯で見せられ、暗澹とした気分になった。最初から縦走などする気もなく、途中で仕事を止めて早く帰り、ガイド料だけふんだくる雲助ガイドに当たって気分を害した、などという内容が連綿と綴られていたからだ。
 この例からもわかるように、登山ツアーを途中で中止するとき、かなりの精神的負担がガイドにかかる。「高いお金を払って遠くから来ているのに、山に登らずに帰るのか」という気持ちが参加者には当然ある。書類送検された福岡の元登山ガイドの男性の「せっかく来たので山頂まで登らせてやりたかった」という言葉の背景には、登らせなければお客を失ってしまうのではないかという焦りが当然あったと推察される。

 登山ガイドの多くは、良くいえば個人事業主、悪くいえば日雇い労働者だ。お客さんから得たガイド料で糧を得ている。お客の多くは、一人では登れないからガイドを頼んで登らせてもらうという他力本願指向だ。悪条件にもかかわらず無事登頂に成功して下山すれば「良いガイド」、安全策をとって引き返せば「悪いガイド」というのがお客の判定である。ガイドが無理をして過剰サービスしたくなる所以である。

 登山ガイドという仕事をしていれば、薄氷を踏む思いで下山口にたどり着くことが一度や二度はあるはずだ。「良いガイド」であろうとすれば危険は高まるが、収入は増えるだろう。「雲助ガイド」という評判がたってしまったら仕事は減るかもしれない。しかし、安全は基本中の基本だ。遭難死亡事故を起こしてしまったら、「良いガイド」は一気に「犯罪者」に転落する。当然ながら仕事はなくなる。登山ガイドという仕事は、「いのち」と「おカネ」のあいだを綱渡りするアクロバティックな職業なのかもしれない。


[註1]ツアー参加者の女性を凍死させた
この事故の経緯にかんしては以下のサイトを参照。

http://www.ne.jp/asahi/slowly-hike/daisetsuzan/02taisetudata/frame.html
[註2]『北海道新聞』
ウェブ版『北海道新聞』10月20日 「登山ガイド書類送検‐トムラウシ遭難」
Home ウォッチング フィールドノート リンク