2009-06-30
自殺に関する有名なコピペについて
はじめに。追記も目を通して頂けたらうれしいです。
ぜひこちらエントリにも。
このニュースに関して一部で加熱しているようです。
(参考:アクロバティックな自殺をした人がまた出たようです。福岡で。 - orangestarの日記)
あくまで事件だけでなく自殺の「可能性」を加味して捜査しているというだけで、まだそうだと決まったわけではありません。
たぶん皆さんそのようなことは「分かってて」ただ便乗してわあわあ言っているのだけなのだとは思います。このような事件も面白いひとつのコンテンツですしね、最早。
110 名無しさん@七周年:2007/05/21(月) 22:25:45 ID:Onq9jiG60
・自動車事故で胸部大動脈損傷したあと5キロほど車を運転して、橋の
・400kgの重りを自分で身体に縛り付けて海に飛び込んだ高校生
・時速80キロで、ガードレールとガードレールのわずかな隙間を
タイヤ痕ひとつ残さない絶妙な運転テクニックですり抜けて50m下
へ転落したナース集団
・ロープを首に巻いて空中浮揚し門扉にひっかかったタクシー運転手
・証拠品の銃を奪い取って別の袋から再装填しわざわざ離して自分の
胸に発射、ただちに飛び散った血をふき取って取調室を掃除、この間5秒。
・逆立ちしてマンションの窓際まで、指でひきずった跡をつけながら歩行、
足から逆エルードして手すりにぶら下がり、空中で方向転換して50cmの
隙間に向けて飛行した市議会議員
・わざわざ動脈と反対側の手や腕の甲を切って自殺しようとするも未遂、
自分で自分の背中に針金でおもりを結びつけて川にうつぶせになり死亡
・火の気のない玄関で人体発火現象を起こして、燃え尽きるまで気管に
煤が入らないようじっと息を止めて待ってた審査委員長
・手首の甲をリスカして全身をメッタ刺ししてから、血の跡ひとつ
コピペ検証
前々からこのコピペについては疑念を抱いていて、いいきっかけだと思いこの機会にちょっと調べてみました。ほかにも類似したコピペは数々ありますが、とりあえず。
(参考リンクに関しては、余りに多くなってしまうので、主なものを。急ぎでまとめたので不備があると思います。その際はご教示頂けたら幸いです。)
・自動車事故で胸部大動脈損傷したあと5キロほど車を運転して、橋の欄干から5mほど飛行して投身自殺した自衛官
この件では警察側は自殺だと断定しましたが、遺族側は納得せず未だに揉めているようですね。ぐぐれば簡単に出てきます。
これはこのコピペの主題にも合っています。
・400kgの重りを自分で身体に縛り付けて海に飛び込んだ高校生
海中の遺体引き揚げ 重りコンクリート製土管 玄界島変死(西日本新聞)
遺体は鹿児島の高校生、自殺の可能性も 福岡・玄界島 (朝日新聞)
玄界島変死体 鹿児島の高3と断定 家族に向け手紙、自殺か(西日本新聞)
一番難航したのがこれ。調べても調べてもぴったり合致する事件は見当たりませんでした。
「自殺」「高校生」「重り」、また他のコピペで登場する「福岡」というキーワードから広く探してみたところ、たぶんこれじゃないかな?という事件がありました。
しかし、当時の記事によると400kgの重りという記述はどこにもありません。身体にコンクリート製の円柱の管がくくりつけられていたようですが、その重さも42kg。
数字も似ていますし、おそらく誤ったデータがコピペに記載されているのだと推測されます。
家出の後福岡市内から自宅宛に遺書が投函されていたこと、42kgの重りということを考えると、これは絶対自殺でありえないと言えるでしょうか。
42kgという現実的に持てる、けれどもかなり労力がいる、という具合の重さでしたら、逆にそれは彼の自死を遂げようとする意思の表れだったのかも知れません。(注・あくまでこういうことも想像できるという一例です。)
ともかく色々と考える余地はあるにせよ、綱の状態も分かりませんし少なくともこれは虚偽のデータに基づくものだったことがわかります。
・時速80キロで、ガードレールとガードレールのわずかな隙間をタイヤ痕ひとつ残さない絶妙な運転テクニックですり抜けて50m下へ転落したナース集団
第17号 熊本・病院関係者死亡事故報道 - 放送と人権等権利に関する委員会
林田会とAIUの和解成立 事故の保険金めぐる訴訟 - 共同通信
これに関しては最早自殺という記述すら見当たりませんでした。
自殺の線でも捜査していたようですが、結局死亡事故として処理されています。
こういう記述になったのは週刊誌やワイドショーが騒いだ事を鵜呑みにしてコピペに加えてしまったことが一因となっていると思われます。保険金殺人ではないかと当時話題になり、事件後もかなり注目されていましたし。
「ガードレールとガードレールのわずかな隙間をタイヤ痕ひとつ残さない絶妙な運転テクニックですり抜けて」の部分は、誤りです。タイヤ痕は残されていましたが、当時のワイドショー等で「普通の事故とは異なるタイヤ痕だ」と騒ぎ立てていました。信憑性は低いです。
・ロープを首に巻いて空中浮揚し門扉にひっかかったタクシー運転手
運転手殺害は2人組か タクシーの記録に「2名」 - 共同通信
上と同じく、自殺の可能性も加味して捜査した事実はありますが、自殺だと発表・断定された事実は全くありませんでした。
タクシーの売上金も盗まれ顔面も殴打されていた痕が確認されたため当初から強盗殺人の線で捜査をしており、後に犯人も逮捕されています。
・証拠品の銃を奪い取って別の袋から再装填しわざわざ離して自分の胸に発射、ただちに飛び散った血をふき取って取調室を掃除、この間5秒。
この件は上記した徳島自衛官変死事件同様、裁判所の判断は自殺として落ち着いていますが、未だに自殺・他殺・事故の間で揉めています。詳しい検証サイトも多々見受けられます。
・逆立ちしてマンションの窓際まで、指でひきずった跡をつけながら歩行、足から逆エルードして手すりにぶら下がり、空中で方向転換して50cmの隙間に向けて飛行した市議会議員
朝木明代市議転落死事件に関しても、自殺と断定された後も未だ検証が行われています。
しかし若干気に掛かるのが、週刊誌などが加熱して積極的にゴシップを流しているところ。
前後に生じていた出来事、朝木明代市議自身への関心、事件の内容が内容だけに、「面白い」記事になるのは目に見えていますからねえ。
・わざわざ動脈と反対側の手や腕の甲を切って自殺しようとするも未遂、自分で自分の背中に針金でおもりを結びつけて川にうつぶせになり死亡
「わざわざ動脈と反対側の手や腕の甲を切って自殺しようとするも未遂」という部分についてですが、調べた限りではその傷が自殺しようとしてつけられたものだとは分かりませんでした。加えてその傷がいつつけられたものであるかも。
覚せい剤と睡眠薬摂取の反応が出ていたことから、副作用で幻覚を見て、――例えば手から虫が湧いてくるような――自分の手を傷つけてしまったのかもしれないとも想像できます。
また後半の内容についてですが、元の記事を見ると正直「?」が浮かびましたが、石やバーベルがどの程度の大きさなのかも分かりませんし、覚せい剤も摂取していたようですからこれだけ見てどうこうは言えませんね。
・火の気のない玄関で人体発火現象を起こして、燃え尽きるまで気管に煤が入らないようじっと息を止めて待ってた審査委員長
<住宅火災>焼け跡から遺体、不明の音楽評論家か 横浜(yahoo-毎日新聞)
遺体は阿子島さんと確認 レコード大賞審査委員長宅火災(朝日新聞)
阿子島たけし氏の事件。出火原因は不明とのことで、放火という線は残っているかもしれませんが、少なくとも自殺として処理されたなんて記述は少しも見当たりません。
なによりまず、コピペの文がずるいです。
「火の気のない玄関で人体発火現象を起こして」という部分、実際はそもそも出火元や出火原因は燃え方が激しく不明とのこと。この表現ではいかにも怪奇現象のような印象を受けてしまいます。
「燃え尽きるまで気管に煤が入らないようじっと息を止めて待ってた審査委員長」というのも……。
他殺でなくとも火が回る前に死亡してしまう事例はいくらでもあるでしょうし。(この事件ではベランダから逃げようとして玄関に転落、死亡したとみられると警察は発表しています。)
阿子島たけし氏を非難する怪文書が出回っていたようなので、他殺だとして騒ぎ立てられるのも分かりますが、自殺として処理されたなんてガセにもほどがあります。怪死というわけでもありません。
・手首の甲をリスカして全身をメッタ刺ししてから、血の跡ひとつつけずに非常ボタンを押した証券会社副社長
野口英昭氏自殺記事の報道内容のバラツキ - 圏外からのひとこと出張所(ライブドア編)
これは前にかなり話題になった野口英昭氏の事件ですね。
調べたら陰謀論に偏った情報があまりに多く、当時の記事が余り見当たりませんでした。
自殺と断定されたようですが、不可解な点も多く、何よりあの当時ホットだったライブドアが絡んでくる事件ですから、盛り上がるのも頷けます。
内容に関してもコピペの主題にも沿っていると言えるでしょう。
このコピペについてまとめ
いざコピペの事件を探そうとさまざまぐぐってみても上位にくるのがほとんどこのコピペばかり。
ソースや根拠も無くむくむくと育ち一人歩きするコピペはこうして完成するのだと実感しました。
また、文章から読み取れるデータが漠然としすぎていて事件を突き止めるのに骨が折れました。
コピペがどんどん改変されていくうちに具体的なデータがどんどん削られて一目見ただけで「わかりやすく」なっていき、それゆえ元の事件が匿名性を孕み「わからなく」なっていきます。
とりわけ年間3万を超えて増加している自殺に関しては一見して分かりやすいものばかりではないでしょうから、不可解な点も出てきて当然でしょう。怪死の多さも認めます。
しかしそれらを情報が十分ではないにも関らず短絡的に結びつけて「おかしい!」とするのは妥当だと思えません。勿論ちゃんとした検証の元で叫ぶのなら問題は無いのですが……。
コピペを一見して知った振りするのはさぞかし楽ですから、広がってしまうのも或いは仕方がないとは思います。
このように偏った情報から生み出されたコピペが無根拠なまま力を持っていく過程を垣間見ました。(この過程についてはこちらも参照。→「福島瑞穂の迷言」という都市伝説について(事務所コメント付) - 荻上式BLOG)
あと、これはずるいなーと感じたのが、コピペの一番の冒頭にぐぐったら一発ですぐ出てくる「徳島自衛官変死事件」を配置しているということ。
もしこのコピペに「ん?」と思って軽く調べようとするひとが出てきたとき、最初のひとつを調べて事件の詳しい概要を知って「このコピペは皆真実だ!」と思ってしまう、そんなことを想像してしまいました。そこまで事件自体に関心が無い興味本位の人はそこで止まってしまうでしょうね。
部分ぶぶんが妥当なことを言っているからといって、総て鵜呑みにするのは言わずもがな危険です。
まあ、このコピペは事件の内容そのものが核ではなく、これを用いて「これだから警察は……」とか「これは誰々の陰謀だ!」とか言うことが目的なのでしょう。各々の事件はどうでもいい。
陰謀論ってほんとうに便利ですね。だって都合のいい何もかもが脳みその中で実現してしまうのですから。
「エクストリーム自殺」なんて造語も暗に警察などを揶揄するものだと理解してはいますが、今や面白がって消費される対象なのですね。なんとも嫌なきもちになります。(参考:エクストリーム・自殺 - アンサイクロペディア)
さいごに。
結論:あまりにも非常識な話には、書かれていない事情があるかもしれない。調べてみよう。
全くもってそのとおりです。
id:y_arim氏の記事より引用させていただきました。(こちらもコピペ生成の流れがよく分かるエントリです。)
蛇足
思いのたけを一筆描きました。id:orangestarさん、まんがでなくてごめんなさい。
追記
id:hiby コピペの真偽は置いといて、その裏取りのニュースソースもネットってつまんない落語みたいだ。そしてたぶんコレ自体を読まずに信じる人が3割っていうオチで。
id:carrotsword この記事もそのコピペ同様に解釈できる。最近この手多いな。
ブコメより。
ネットを用いて調べるにあたっても、とりあえずは主に当時の新聞報道の記述に直接あたることを心がけました。しかしある程度信憑性のあるものを、といってもネットの性質を考えても不十分です。
実際に図書館などでじっくり紙面を確認して、というのが勿論いちばんいいのでしょうが……その点に関しては申し訳ありません。
ただあまりにも単純化されたコピペが単純に流布される状況に辟易してしまったので……、少なくとも、ある事柄を飲み込む前にちょっと立ち止まってみる、という姿勢を気にかける契機となればと思いエントリを立ち上げました。
まあ、適時おのおのが自主的にそういう行為をすればいいだけの話なのですが。
「さしあたり」のものだということをご了承ください。
また、このエントリをご覧になった方々にはご自身で再度調べて頂きたいところです。id:hibyさん、id:carrotswordさんもぜひ。そして収穫があったらご教示頂きたいです。
これも結局は一個人の固定された視点からのものであり、かつネットという「揺らぎ易い地盤」の上に立っているのですから。神の目を持つ者は神しかありえず、間主観性など現にありやしないです。
id:carrotswordさん、「最近この手多いな」ということですが、それはむしろこの記事に限らずネットにおける表現は洩れなくそういった限界性・回帰性を介在しているということではないでしょうか。
ネットの情報は総じて揺るぎ易いですが、一方で全面的にこれを支持してしまうと唯我論に陥り沈黙せざるを得ない。
となると、疑いながらも何処かで信頼を置かねばならない板挟みの状況が生まれます。例えばネットの向こうに実在している筈の私の実在など(或いは私が機械知能である可能性)。そして信頼を置くか否かは結局当人の主観に委ねられることとなってしまう。
ネットの揺らぎと自身の「信じたい世界」というのは密接に繋がっていますね。逆に「固い地盤」の在り処を語ろうとしても「社会的に認証された蓋然性の高い情報」とかいう曖昧な定義の言葉で語るほかありません。そもそも何をもってして「固い」とするのか。
……うーん、考え始めるときりがないので、この点についてはまたの機会に。
id:azumi_s 2ch あれ、不可解死コピペという認識はあったが自殺コピペ…?
見出しは《警察に「自殺」と判断された例》となっています。
不可解死コピペである、という認識と平行してこちらの認識も強く広まっているようですね。
id:yep 事件, 事故, 資料, 考察 新聞記事も丸呑みにすると危ないよ、ふふふ・・・/ネットだから・書物だからではなく、「誰がどうしてどうなった」と記録されたものは一旦「え?そうなの?」と"疑う"ぐらいでちょうどいい
おっしゃるとおりです。最近では足利事件の例もありますし、多面的な視野を確保するよう意識が必要ですね。(参考:足利事件当時の新聞報道 - どうにもならない日々)
id:Monzetsu メディア コピペなんて所詮ネタ。一番信用できるソースが捏造もありうる新聞記事とか誰もが編集可能なwikiとか、どんだけみんな人がいいんですか。
上の追記は読んで頂けたでしょうか。
読んでいただいた上で、続きはこちらにて。
あまりに長くなりすぎた為、別のエントリーとしました。
- 2879 http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090701_headline/
- 2852 http://www.hatena.ne.jp/
- 2336 http://b.hatena.ne.jp/
- 1393 http://b.hatena.ne.jp/hotentry
- 647 http://d.hatena.ne.jp/
- 461 http://www.sleipnirstart.com/
- 455 http://b.hatena.ne.jp/hotentry?mode=general
- 383 http://2ch.xn--o9j0bk.gaasuu.com/entry/27557
- 364 http://reader.livedoor.com/reader/
- 282 http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/TOkimeki_TOnight/20090630/1246366185
tettou77-1 2009/07/01 17:31 「そーす、たいせつ。」
肝に命じておきます。
自分にとって都合のいいことはついつい鵜呑みにしがちですから。
TOkimeki_TOnight 2009/07/03 08:04 id:tettou77-1さん、コメントありがとうございました。
何かを信じるということは何も考えなければ簡単ですが、考え始めるととても難しいことですね。
ただそのソース自体の問題も未だ自分の中で未消化な儘となっています。(それに関しては次のエントリを参照頂ければと思います。)
某学問を志している身としては、このエントリの主題として述べた姿勢を崩さないようにしたいものです。
TOkimeki_TOnight 2009/07/03 08:34 あ、あとすみません、蛇足ですがひとこと……。
id:tettou77-1さんのダイアリのトップ画像、すごく素敵ですね。
鉄塔や骨組み丸出しのクレーンなどを見ていると心が騒ぎます。
tettou77-1 2009/07/03 22:28 いやぁ、ありがとうございます。
内容よりも、そういうところ褒められると実はうれしかったりしますよ。