首相逆転、逃げ切り 反麻生勢力“一日天下” 党執行部・各派領袖、猛烈切り崩し
自らの手による衆院解散を狙う麻生太郎首相と、退陣を求める反主流派による自民党の攻防は、首相側が逆転し逃げ切って終わった。党執行部や各派領袖は、16日朝に「勝利宣言」をした反麻生勢力をどのように封じ込めていったのか。(石橋文登、水内茂幸)
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「オイ! 何の権限があって写真を撮っているんだ」
16日午前9時すぎ、党本部4階の幹事長室。中川秀直、加藤紘一の両元幹事長らが、細田博之幹事長に両院議員総会開催を求める133人の署名を渡そうとした瞬間、石原伸晃(のぶてる)幹事長代理の怒号が響いた。反麻生派の秘書がカメラを構えたことに抗議したのだが、石原氏のけんまくに加藤氏まで、びくっと首をすくめた。それほど党執行部には緊迫感が漂っていたのだ。
中川氏らは両院議員総会長の若林正俊元農水相にも署名を渡し、党本部で記者会見。フラッシュの嵐を浴び、出席議員はほおを紅潮させた。
中川氏「地方選の敗因を総括し、衆院選に向け体制を立て直すために真剣な議論を行うため、両院議員総会の週内開催を求める」
武部勤元幹事長「自民党は開かれた政党でなければ終わりの終わりになっちゃう。総裁の総裁たる名誉ある判断を求めたい」
勝利宣言とも受け取れるが、この時点ですでに党執行部の猛烈な切り崩しが始まっていた。細田氏に渡した署名には谷津義男元農水相、岸信夫参院議員の名があったが、若林氏への書面では2人は消え、宮路和明衆院議員らに差し替えられていた。世耕弘成(せこう・ひろしげ)参院議員は「都合により一部差し替えました」と語ったが、険しい表情は水面下の激しい攻防を物語った。
◆落選都議が批判
16日午前11時。新宿の東京都庁都議会棟では自民党都連の「お別れの総会」が開かれた。有力都議が相次いで落選したため、出席者は一様に沈痛な面持ち。細田氏は「党本部がさまざまな要因で極めて大きな悪影響を与えてしまったことを心からおわびします」と頭を下げたが都議らの発言は辛辣(しんらつ)だった。
「政策が悪いわけでも首相や執行部が悪いのでもない。一部の国会議員が好き勝手なことを言うのでえらい批判を浴びた」(三原將嗣(まさつぐ)都議)、「苦しいときに踏ん張る努力をしないで人気にあやかって選挙を戦おうという人たちが都議選に影響した」(古賀俊昭都議)−。落選した高島直樹都議会幹事長は「残念で悔しくてたまらない。わが党のドタバタ劇をやめてほしい」と声を詰まらせた。
怒りの矛先は、首相ではなく反麻生勢力に向けられた。都連の総括がこういう結論ならば「首相に総括させ退陣を迫る」という反麻生勢力のもくろみは根底から崩れる。これを聞いた自民党幹部はほくそ笑んだ。
午後から切り崩しはさらに本格化した。
「署名した先生方の気持ち、反麻生という生やさしい言葉で片づけられるものではないと信じている」
古賀誠選対委員長は古賀派総会で声を震わせながら自民党凋落(ちょうらく)を嘆き、「私は麻生さんの下で結束し、選挙をまっしぐらにやる強い意志を固めている」と断じた。首相との不仲がうわさされてきた古賀氏の一言に出席者は縮み上がった。
◆「渡りに船」署名撤回
伊吹文明元幹事長は午後4時、「全国保育議員連盟」の会合で津島雄二元厚相に耳打ちした。
「両院議員総会は政権にとって危険だ。党執行部はそれに代わる緊急集会を開くと言っているので、あなたの派閥の署名はすべて撤回できないか」
もともと倒閣の意志はなかった津島氏にとって「渡りに船」だった。すぐさま派内の署名活動のとりまとめ役だった船田元(はじめ)事務総長を派閥事務所に呼び出し、こう告げた。
「わが派で署名した33人のうち10人ほどを撤回したいのだが…」
背後に執行部の影を感じた船田氏は、「われわれは首相と率直に語り合いたいだけだ。首相の集会への出席を確約してくれるならば撤回してもいい」と応じた。
他の各派領袖らも署名した議員一人一人に電話をかけ、真意をただすと「勝手に名前を使われた」「署名はしたが麻生降ろしにはくみしない」など釈明する議員が続出した。もはや週内の総会開催は望むべくもなく、議員たちは次々に地元選挙区に帰っていった。
加藤氏はこの予兆を感じていた。15日深夜、反麻生勢力の拠点となった都内のホテルで中川氏らが「署名が集まった」として祝杯をあげる姿に違和感を覚えたからだ。たとえ総会を開催できても署名は党内の3割。その中で「麻生降ろし」まで熱望しているのは半数以下。つまり「麻生降ろし」の勢力は全体の6分の1にすぎない。「大喜びするほど盤石ではない。明日は一気に逆襲されるぞ…」。加藤氏は酒が妙に苦く感じた。
反麻生派の敗戦が濃厚となった16日夕、首相はこう語った。
「そういう(話し合いの)場を設けてもらえるならばぜひ出席し話を聞き、私の考えも述べたい。逃げるつもりはまったくありません」
事実上の勝利宣言だった。
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