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経済学の事故調査委員会
今週のEconomist誌の特集は、経済学(および経済学者)の批判だ。マクロ経済学のパートと金融理論のパートがあるが、前者、特にルーカス以降の「数学的な飾りばかりで中身のない」動学マクロ理論(DSGE)についての評価は非常にきびしく、各国の中央銀行がこんな「別世界の哲学」を政策の基準にしたことが今回の悲劇の一因だと断罪している。
金融理論については、効率的市場仮説(EMH)や金融工学を批判しているのは当然だが、今回の失敗は金融工学の欠陥といった高級な問題を持ち出さなくても説明できる。Black-Scholes以来の金融工学は、すべての資産価格がランダムに動く(分散や相関が一定)と仮定しているので、今回のようにすべてのバブルが一挙に崩壊するといった強い相関が発生した場合には、そもそも金融工学を使うのが間違っていたのだ。
だから真の問題は、DSGEや金融工学が役に立たないことではなく、それより役に立つ理論があるのかどうかということだ。MITのAndrew Loは、EMHの代わりに市場参加者が試行錯誤によって価格を決める"adaptive market hypothesis"を研究している。ここでは人々は合理的ではないが、市場はきわめて競争的で、誤った予測をしたトレーダーは淘汰される。この理論のモデルは物理学ではなく、生物学や生態学における進化の理論である。
Loは、今回の経済危機を単なるマクロ経済的な不況と考えるのではなく、航空機事故のような複合的事故と考え、その原因を心理学や政治学などの専門家の協力も得て検証する事故調査委員会をつくってはどうかと提案している。私も同感だ。特に日本の90年代については計量的な検証も十分ではなく、当事者への聞き取り調査さえ行なわれていない。民主党政権になったら、国政調査権を使って「失われた20年の事故調」をつくってはどうか。
このように経済学が直面している危機についても、行動経済学的な検証が必要だ。New Classicalのマクロ理論が実証に耐えないことは、30年前から指摘されてきた。それでもこういう「別世界」の理論しか一流のジャーナルに載せてもらえないのは、Levittも指摘するように、経済学界そのものに中身より飾りを重視する強いバイアスがあるからだ。
経済学者のほとんどは、真理を探究しているわけでも政策提言するために研究しているわけでもなく、学界で出世するにはどういう論文を書けばいいかを考えているだけだ。これは現在の学界のバイアスを所与とすれば合理的な行動だが、それがここまで世間に大きな迷惑をかけたのだから、経済学界のあり方にも「事故調」が必要だろう。
金融理論については、効率的市場仮説(EMH)や金融工学を批判しているのは当然だが、今回の失敗は金融工学の欠陥といった高級な問題を持ち出さなくても説明できる。Black-Scholes以来の金融工学は、すべての資産価格がランダムに動く(分散や相関が一定)と仮定しているので、今回のようにすべてのバブルが一挙に崩壊するといった強い相関が発生した場合には、そもそも金融工学を使うのが間違っていたのだ。
だから真の問題は、DSGEや金融工学が役に立たないことではなく、それより役に立つ理論があるのかどうかということだ。MITのAndrew Loは、EMHの代わりに市場参加者が試行錯誤によって価格を決める"adaptive market hypothesis"を研究している。ここでは人々は合理的ではないが、市場はきわめて競争的で、誤った予測をしたトレーダーは淘汰される。この理論のモデルは物理学ではなく、生物学や生態学における進化の理論である。
Loは、今回の経済危機を単なるマクロ経済的な不況と考えるのではなく、航空機事故のような複合的事故と考え、その原因を心理学や政治学などの専門家の協力も得て検証する事故調査委員会をつくってはどうかと提案している。私も同感だ。特に日本の90年代については計量的な検証も十分ではなく、当事者への聞き取り調査さえ行なわれていない。民主党政権になったら、国政調査権を使って「失われた20年の事故調」をつくってはどうか。
このように経済学が直面している危機についても、行動経済学的な検証が必要だ。New Classicalのマクロ理論が実証に耐えないことは、30年前から指摘されてきた。それでもこういう「別世界」の理論しか一流のジャーナルに載せてもらえないのは、Levittも指摘するように、経済学界そのものに中身より飾りを重視する強いバイアスがあるからだ。
経済学者のほとんどは、真理を探究しているわけでも政策提言するために研究しているわけでもなく、学界で出世するにはどういう論文を書けばいいかを考えているだけだ。これは現在の学界のバイアスを所与とすれば合理的な行動だが、それがここまで世間に大きな迷惑をかけたのだから、経済学界のあり方にも「事故調」が必要だろう。
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池田さんの文章を読むと、ある理論が間違っていると言うことは検証できても、正しいと証明することは不可能のように思えるのですが・・
サイトのreaders' comments でもその種の疑問を呈したものにrecommend のpoint 数が多くついていますね。
"実験室内での実験に代わるものとして、経済学者は歴史が提供する(非人為的な)自然実験に多大な注意を払っている。たとえば、中東で戦争が起って原油の運搬が中断されれば、石油価格は世界中で急騰する。このような事件の発生は、石油と石油製品を消費する消費者の生活水準を引き下げる。…"
日銀の窓口規制は、一切証拠が残らないようですので、事故調がどなたにストーリーを書かせるかですね。
ズバリ来ましたね。「その研究って何か意味があるの?」という根源的な問いは禁句であり、それを破ると異端者としてイジメられたり破門されて収入の道を閉ざされると。
何とか総研は母体企業やクライアントに都合の良い報告をし、エコノミスト芸人は視聴者受けを狙ってスピリチュアルに走る…考えてみれば、正しいことを言うインセンティブって何処にもないですね。
自然科学なら実験による検証が求められますが、経済学では扱う対象が複雑すぎるため「それは初期条件が想定と違うから」と幾らでも言い訳できるのでしょう。そもそも予想が現実と合致するかどうかなんて端から気にしてないのでは?
そういう意味では経済学は中世の神学に近いのかな?一見論理的に見えて、実は誰かの権威や利益を守る為に根拠のないことを信じ込ませる手法みたいな。
理論が正しいとは証明できなくても、その逆は極めて簡単で、一度でも理論と実験結果とが一致しなければ、その理論は間違いを含んでおり、基礎から考え直す必要があります。物理学者がいとも簡単に苦労して組み立てた理論を放棄するのは、理論とは何かと言う事を良く理解しているからです。経済学が科学でないと非難される理由は、現実の経済が様々な理論にまったく一致しないにも関わらず、理論を作った人達が間違っていると認めようとしないで、何時までもいじり回して言い訳をし、何とか面子を保とうとするからです。間違った理論をきっぱり諦めて破棄しないから、いつまで経っても経済学は進歩しないのです。これは研究する人間の欲の深さと関係しているのも知れません。
しかし、経済を別の視点から見ると、それは資産形成・維持の学問としても観ることが可能です。そこでは交換は、新たな資産形成に乗り出すときや減耗した資産の補填に伴う付随的な現象と観ることになります。
たとえば高度成長は、人口の増加もありますが、家計の持つ資産の一覧表の中身が大きく変更される時代でもあったわけです。しかし、現在は一覧表の中身の大きな変更は無く、減耗に応じて補填・置換されるだけです。食品は毎日減耗する非常に寿命の短い資産ですから、常に交換が生じています。
経済学は、こういう視点から考える時代に来ていると思います。
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