2009年7月6日(月)

ひたむき球児に元気もらい描く 高校野球連載漫画「おおきく振りかぶって」 ひぐちアサさんに聞く

 
グラウンドを眺めながら浦和西高の井桁(いげた)努監督と話すひぐちアサさん=6月25日、県立浦和西高校グラウンド
西浦高校の公式戦初勝利を伝える「さいたま新聞」を見て喜ぶ野球部員。埼玉新聞も球児たちを応援しています!
cひぐちアサ/講談社

 今年も多くの人たちの心を揺り動かす“夏”がやってくる。全国高校野球埼玉大会の開幕まであと4日。埼玉県を舞台にした高校野球漫画「おおきく振りかぶって」の作者ひぐちアサさん(39)=さいたま市出身=は、連載前から母校の県立浦和西高校(同市浦和区)野球部員たちの成長を見守っている。ひぐちさんに高校野球の魅力と、ひたむきにプレーする球児たちの素顔を語ってもらった。

 ▼原点は市立浦和ナイン

 ひぐちさんが連載中の「おおきく振りかぶって」(通称・おお振り)は、発足したばかりで1年生しかいない西浦高校野球部ナインが試合を重ねるごとに成長していくストーリー。一球一球にかける選手の心理を丁寧に描き、リアルな臨場感を表現している。

 ひぐちさんは浦和西高の卒業生。在学中はソフトボール部と漫画研究会に所属していた。高校野球との出合いは1988年。浦和市立高校(現・さいたま市立浦和高校)が夏の県大会をノーシードで勝ち上がり、甲子園でも4強に進出した。自分と同じ世代の球児たちの快進撃は鮮烈に心に残った。小さいころから「ドカベン」が好きだったこともあり、「いつか高校野球を描きたい」と思うようになったという。

 「おお振り」を描くまでには見えない壁もあった。「青年誌で女の人が高校野球漫画を描いたことって、なかったと思うんですよ。女性が野球やる機会はなかなかないじゃないですか。私はソフトボールをやっていたけど、それでも全然描ける気がしなかった」

 転機は2000年夏の県大会。浦和西高の試合を球場に観戦に行き、「漫画を描きたいと思っているので、取材させてくれませんか」と野球部の関係者に声を掛けた。実はその時はまだ連載の話は決まっていなかった。それから約3年間、浦和西高に取材で通い詰め、「年間50試合ぐらいは見た」という。

 「おお振り」の連載開始は03年秋から。「それまでは『この人、一体何なんだろ?』と思われてもおかしくないのに、監督もお母さん方も、とても良くしてくれましたね」と笑う。

 ▼等身大の球児の姿

 男性が描く野球漫画の登場人物は大人びていることが多いが、実際に部員たちと接してみて「思っていたよりも子どもなんだ」と感じたという。

 「特にお母さん方から家での話を聞くと、本当に子どもなんですよ。仮面ライダーを毎週見ていたりとか(笑)」

 そんな部員たちが成長した姿に、はっとさせられた。「入学当初は、中学生を通り越して小学生みたいだった子たちが、3年見ていると体もずいぶん立派になるし、話を聞いても、勝つことや、野球をする意味、仲間のことなど、いろいろ考えたんだろうなと思える答えが返ってくるようになるんですよ」

 作中で女性監督が部員たちの姿に感動して身震いする場面がしばしば出てくるが、そこにはひぐちさんが日常で感じている気持ちが込められている。

 「すごく自信があったり、でも、すごく傷つきやすかったり│そんなアンバランスな年代の子たちが、さまざまな誘惑を振り切って、日々泥まみれになって野球をしている。ただ勝つために、ですよ。そこにドラマが生まれないわけはないですよね」。ひたむきな球児たちの姿を追ってきたひぐちさんからは、熱い言葉が次々と飛び出してくる。

 ▼キラキラした感性に驚き

 ひぐちさんが試合に通い詰めた年月は、浦和西高野球部の成長の軌跡とも重なる。

 当時の野球部は軟式から硬式に切り替わった直後。最初はまったく勝てず、部員の大半が途中で退部した時もあった。地道な努力を重ねて力を付け、昨年の秋季大会では、地区予選で強豪校を破って県大会に進出した。

 「長年見ていますが、どんどん変化していて大変面白い。今年はまた選手が粒ぞろい。夏の大会は毎年怖くもあるんですが、勝利の感動を期待して、楽しみにしています」

 5年前、ひぐちさんは練習グラウンドに夜間照明を寄贈した。でも「自分の方こそ生徒たちからもらってばかり」と話す。「年を取ると、良くも悪くも心に波風が立ちにくくなるけど、高校生の心はピンと張っていて、本当にみずみずしい。毎回取材に行くたびに、彼らのキラキラした感性に驚きます。あいさつのでっかい声を聞くだけで、しばらくは元気でいられますよ( 笑)」

 勝ち進めば、甲子園まで一本の線が続いている夏の大会。ひぐちさんは今年も球場に駆け付けるつもりだ。

 ◆おおきく振りかぶって 「月刊アフタヌーン」(講談社)で連載中の高校野球漫画。県立「西浦高校」に新設された硬式野球部の1年生10人が甲子園を目指す姿を描いている。2006年に手塚治虫文化賞「新生賞」を、07年には講談社漫画賞一般部門を受賞した。単行本は12巻まで発売中。07年にはアニメ化された。

 

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