07年参院選の大勝により参院で野党が過半数となったことを受け、自衛隊によるインド洋での給油活動など政府・自民党が進めてきた対米貢献策に反対してきた民主党。だが政権交代が現実味を帯びるようになって同党は当面、給油活動の継続を容認する方針に転換するなど、対米関係の「修正」へ動き始めている。党内に「右」から「左」までさまざまな立場の議員を抱え、次期衆院選で政権を獲得した際にはその「幅広さ」が「アキレスけんになる」ともささやかれる同党の外交安保政策。その問題点と将来の課題を考えた。
■寄り合い所帯
毎日新聞が入手した民主党の次期衆院選マニフェストの原案となる「09年政策集」。その外交安保部分で同党は、日米関係を「対等な相互信頼関係」と位置付け、「新時代の日米関係を確立」する考えを示している。
だが民主党の外交安保政策は、政権交代が現実味を帯びた現在、米側に正しく伝わっているだろうか。最大の問題は「党内の意見が集約されずに議論が先送りされてきた結果、政策の統一された具体像が見えない」(党中堅議員)ことだ。
「民主党は国連中心主義だが、中国が尖閣諸島を攻撃したらどうするのか。国連安保理に問題を持ち込んでも中国は拒否権を発動する。その時、あなた方は『安保理決議が得られない』と言って、何もしないのか」
6月18日。国会内で開かれた民主党議員の外交安保勉強会に招待されたケビン・メア在沖縄米総領事はそう疑問を呈した。出席議員らは「我々は個別自衛権を否定したことは一度もない。誤解だ」と反論したが、衝撃は隠せなかった。
メア氏は8月に米国務省日本部長に就任する対日政策の中心人物。勉強会に出席した渡辺周衆院議員は「民主党の政策が、対日外交の専門家に誤解されるほど分かりにくいことを痛感した」と言う。
「分かりにくさ」は、自民党、旧社会党などさまざまな政党出身者が集まった結党の歴史に由来する。党内の「最大公約数」を模索した結果、98年の結党時に掲げた外交安保の基本政策は「国際社会の利益と調和させつつ、わが国の安全と主体性を実現していく『外交立国・日本』をめざす」と、抽象的な内容となった。
党の基本政策に具体性が欠けたまま、過去の党代表は、外交安保に関する持論を発信してきた。だが代表によって考え方が違い、「民主党は代表交代の度に外交スタンスが変わる」と指摘された。
■ぶつかる持論
代表経験者の主張は「国連重視派」と「日米同盟重視派」に、おおまかに色分けできる。
国連派の筆頭は前代表の小沢一郎氏。自民党時代から、国連安保理が決議違反の国に制裁を加える「集団安全保障」を重視し、国連指揮下の武力行使も容認。小沢氏率いる自由党が民主党(当時は菅直人代表)と合併した直後の03年11月の衆院選で、菅氏は小沢氏に配慮し、マニフェストに「国連中心主義で世界の平和を守る」と明記した。
小沢氏が「自衛隊とは別に国連専用の組織を編成し提供する」と訴えて、自衛隊の海外派遣を認めないのに対し、同じ国連派でも鳩山由紀夫代表は、05年の著書で、「自衛軍」の創設と安保理決議に基づく多国籍軍などへの参加を提唱した。ただし「国連が認めたものなら何でもやるわけではない」(5月15日の日本記者クラブの討論会)と、政治判断を強調する。
岡田克也幹事長も「国連決議に基づく活動(国際治安支援部隊=ISAF)は、機会があれば日本も参加すべきだ」とする。だが「小沢さんの考えとは違う。今は憲法9条の枠内で活動すべきだ」(同討論会)と、現段階での武力行使には否定的だ。
「日米同盟派」の代表格は前原誠司副代表だ。集団的自衛権の行使に慎重な鳩山、岡田両氏に対し、前原氏は代表時代の05年12月の講演で「行使の容認」を提唱した。月刊誌で「国連は各国の思惑、利害がぶつかりあう場。金科玉条のように考えるのは無理な話だ」と国連中心主義を批判した。
だが、06年4月に代表を辞任して前原氏の存在感は低下。さらに国連重視の小沢代表、鳩山幹事長体制で迎えた07年参院選で大勝した結果、インド洋での給油活動に反対するなど、民主党の米国との対立色は強まった。
党内には、憲法の「平和主義」を堅持する平岡秀夫衆院議員のグループなど、前原氏と対極に位置する勢力もある。党の外交論客の一人、長島昭久衆院議員は「政権交代の可能性がある今は求心力が働き意見対立は少ないが、交代後に何らかの外交問題に直面すると、党内対立が先鋭化する可能性もある」と言う。
民主党の外交安保政策に影響を与えている日本総合研究所会長の寺島実郎氏は、「民主党政権が誕生した場合、各国は日米同盟の位置付けに注目している。鳩山代表は党内の多様な意見を、最小限の合意に基づいて収れんさせていく必要がある」と指摘している。
民主党が自民党との差異を強調するのは、在日米軍問題への取り組みだ。特に基地の75%が集中する沖縄県の負担軽減を重視し、08年7月には「党沖縄ビジョン」を策定し、海兵隊普天間飛行場(同県宜野湾市)の県外移設や日米地位協定改定などを明示した。だが、政権交代が現実味を帯び、米側の反発に配慮する動きも出始めている。
長島氏、渡辺氏ら外交安保問題に取り組む議員は3月に勉強会を発足、普天間飛行場を沖縄本島中部の嘉手納飛行場に統合する私案を作成。渡辺氏は「私案は米国と普天間移設問題を再交渉するための第一歩」と説明する。
これに対し、次期国務省日本部長のメア氏は10日、沖縄県浦添市での会見で「県外移設は日本政府と話し合ったが、両政府とも不可能と判断した」と発言。その2週間前、来日したフロノイ米国防次官も岡田幹事長に「普天間の問題は、(中略)全体の枠組みを壊さないように」とクギを刺した。
党の衆院選マニフェストの原案となる「09年政策集」では、昨秋時点では明記されていた在日米軍駐留経費(思いやり予算)の検証など、米国との対立色の強い文言が削除されている。
民主党の次期衆院選選挙公約(マニフェスト)の内容は現時点では不明だが、マニフェストを通じた外交安保政策の具体化が重要となる。その際、国際社会や北東アジアで、日本がどういう役割を担い、どのような社会を実現したいのかを明確にすべきだ。
日本外交はこれまで、米国の求めに応じる形で国際社会での役割を演じてきた。ブッシュ政権時代の米国一極体制から国際協調へと世界の構造が変わった。日本の果たす役割をもっと議論しなければならない。民主党政権は日米2国間関係だけに頼らない新たな多国間の枠組みを作り、外交安保政策の選択肢を広げる必要がある。
在日米軍の再編問題では、在沖縄米海兵隊のグアム移転協定が、果たして日本の利益になるのか、という根源的な問題がある。日米両政府間で、沖縄の負担が考慮されずに協定が締結されたことは大きな問題だ。米軍の国外移転の費用を負担するやり方は、在日米軍の費用を日本が一部負担する「思いやり予算」の海外版とも言え、見直しの対象となるべきだろう。民主党が訴えるグアム移転協定、日米地位協定の改正には賛成だが、改正には、米国の新たな要請を受け入れなければ、譲歩は得られないだろう。
民主党はこれまで国会で、インド洋での給油活動やソマリア沖の海賊対処活動に反対してきた。これらの問題ではいずれも党内にさまざまな意見があった。党内の足並みの乱れに引きずられない、強いリーダーシップが問われる。
民主党が訴える外交情報の公開の徹底にも賛成だ。だが、どのような情報を公開し、公開後に何を目指すのか。政策的に、もう一歩踏み込んで具体化させることが求められている。
◆もはや隠し通せぬ、冷戦期の「暗部」 核持ち込み、容認か一転破棄か
「非核三原則」を掲げながら「核の傘」に依存する--。民主党政権が「核密約」を公表すれば、このジレンマをどう克服するかという困難な課題が待っている。インタビューで岡田氏が「非核三原則を修正するのか、考え方を堅持するのか、政策的に議論しなければならない」と指摘した問題は、民主党政権自身に降りかかってくる。
戦後日本は、現実には米国の核の傘に頼りながら、「日本に核はない」との「非核三原則」を掲げてきた。だが、核搭載米艦船の寄港は「核を持ち込ませない」という三原則の一つと矛盾する。67年の三原則提唱前から、被爆国として国内の「核アレルギー」も強かった。
そこで自民党政権が、この矛盾を覆い隠すためにひねり出したのが、裏で核持ち込みを認める「密約」の方便だった。
冷戦終結後の92年、父親のブッシュ米大統領が「地上配備戦術核全廃と海洋配備戦術核の撤去完了」を明言し、その後は核搭載艦船の日本寄港はないとされる。だが、北朝鮮の核開発が進む中で米国の「核持ち込み」が復活しない保証はなく、日本が核の傘に依存する現状も変わらない。
民主党政権の一つの選択肢は、密約で容認していた「持ち込み」を、新たな「公開された約束」で認めること。この場合、非核三原則の一角は崩れる。密約の存在を証言した村田良平・元外務事務次官が「国民が『持ち込み』とは何かをはっきり認識する必要がある」と指摘するように、寄港、領海通過、地上搬入のどこまでを容認するかとの議論も浮上する。
別の選択肢は密約を破棄し一切の持ち込みを認めないこと。非核三原則は維持されるが、核の傘のみに依存しない安全保障体制が重要になる。
鳩山代表は代表就任時に「北東アジア非核化構想」を掲げ、次期衆院選マニフェストの原案となる党の「09年政策集」にも盛り込まれている。
李鍾元(リージョンウォン)立教大教授(国際政治学)は「オバマ政権の誕生で世界的な核廃絶の流れが出現した中で、民主党の構想は核廃絶へ向けた土台となり得る」と評価する一方、「構想が説得力を持つかどうかは、日本が米国などと協力し、北朝鮮の核問題を解決へ向かわせられるかだ」と指摘する。
現職の外務省幹部は「民主党政権が誕生しても『密約文書はない』との姿勢は変わらない」と断言する。密約の公表は、政策の一貫性と自らの保身にこだわる官僚組織との対峙(たいじ)が課題となる。
自民党政権下では、核兵器搭載米艦船の日本寄港を認める「核密約」など、日米間でいくつもの密約が結ばれた。多くは米側資料や毎日新聞などの報道で存在が判明したが、政府は一貫してその存在を否定する。民主党の鳩山代表は15日、「政権を取ればこういった文書の存在は明らかにし、オープンな議論で結論を出したい」と、密約の扱いを米側と協議する考えを示唆している。今年3月、民主党内で最初に政権獲得後の「密約公開」を明言した岡田幹事長に、密約を公開する意味と課題を尋ねた。
--なぜ密約の公開を目指すのか。
「情報公開は民主主義の大前提だ。判断を官僚に委ねるのではなく、客観的に判断して基本的には出す。出すことで、なぜ、そういう判断をせざるを得なかったのかという歴史的検証も行われる。検証に堪えない(外交上の)判断はできないし、検証にさらされることで、外交に対する国民の理解も深まる」
--米政府の公文書などで密約の存在が判明しながら、日本政府が否定してきた原因はどこにあるのか。
「政治家の責任だ。官僚は、首相が言ってきたことを否定はできない。首相や外相が『(過去の答弁は)違っていた』と認めなければならない。それを先送りしているのだ」
--民主党政権ならそれができると?
「我々は(自民党政権が結んだ密約に)何の責任も負う立場にない。情報開示されず、密約が否定されているのは、長く政権交代がなかった国の一つの弊害だと思う」
--密約を公開すると、どのような課題が生じると考えるか。
「沖縄の(密約)問題は、日米間で協議しないといけない。核持ち込みの密約は、日本は表(非核三原則)では核持ち込みを認めないと言いながら、実は(密約で)認めていた。だから、密約を表に出すと、非核三原則を修正するのか、考え方を堅持するのか、政策的に議論しなければならないだろう。(持ち込みについて)米国が日本と違う解釈をしているのであれば、日米間で解釈を統一しないといけない」
--鳩山代表は、密約の公開を了解しているのか。
「代表に話したことはないが、公開に否定的な意見はないと思う。(密約を)見てみないと最終判断できない部分はあると思う。最後は鳩山代表が、総理大臣として判断することになると思う。最後は国益の判断だ」
--公開作業はどう進めるのか。
「原則30年の期限を過ぎても公開されていない外交文書は、たくさんあると思う。今は官僚が公開の是非を適宜判断しているだけ。判断の基準、判断に対して責任を負う形を作った上で公開しないとだめだ。密約については(党内で)具体的に議論していないが、予算措置も伴わずにできるので迅速に進めたいとは思う」
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この特集は、中澤雄大、白戸圭一、仙石恭、朝日弘行が担当しました。
毎日新聞 2009年7月18日 東京朝刊