大和撫子アスカちゃん!

書いた人:しおしお

絵を描いた人:Yan


第6話「アスカ、暗闇でパニック?」

 

 温泉旅行っぽい出来事を終えたアスカとシンジ。
 それから数日経った第3新東京市使徒の侵攻も一段落しているのか、静かな日々が続いている。

 シンジとアスカの両名は普段と変わらぬように、第壱中学校への道のりを歩いていた。
 つい最近着始めたアスカの制服姿は、同じ学校に通う生徒に受けが良いのか、注目を色んな意味で浴びている。
 しかしアスカはそんな注目の目を良しと思っていない。

「アスカさん。元気無さそうだね。どうかしたの?」
 シンジは、自分の後を俯き加減で歩いてくるアスカに声をかけた。
 その声が耳に届いたのか、アスカは顔を上げる。
 そして慌てるように返事をした。
「え? な、なんでもありませんよ」
「本当に?」
「は、はい…。本当です……」
 このアスカの態度がシンジの胸中に妙なものが引っかかっていた。

「何か心配事でも有ったら…。相談に乗るよ?」
「え? 宜しいのですか?」
「う、うん……。そんなに大変な事じゃなかったら……だけど……」
「じ、実はですね……」
「う、うん…」

 アスカが改まった言い方をするので、シンジも思わず緊張してしまう。
 何かを言おうとしたアスカが沈黙して、数秒後に再び口を開いた。

「あ、あの……。こ、恋文が下駄箱に有ったんです」
「こいぶみ?」

 アスカの言った事が理解できなかったのか、シンジは聞き返す。
 恥ずかしそうにアスカは、両手をモジモジと動かしながら返事をした。

「ら、ら、ラヴレターです……」
「ああ、なるほどね」
「ど、どうすれば良いんでしょうか」
「う〜ん。アスカさん宛に来たんだったら、アスカさんが考えて返事すれば良いと思うよ」
「で、では……。断ります」
「べ、別にそう言う意味じゃ……」

 シンジはアスカの返答に思わず慌ててしまった。
 そして、さらに驚く返事がアスカの口から飛び出した。

「わたくし……。心に決めた人が居ますから…」
「え?」

 アスカの思わぬ発言に、シンジは一瞬動きを失ってしまう。
 シンジの反応に、アスカはキョトンとした表情で見つめる。

「どうしたんですか?」
「え? ううん。なんでもないよ」

 シンジは自分が動揺した事を悟られないように、なんとかその場をごまかそうとする。

 

 

 その日の夜
 シンジは物置を人が住めるようにした部屋の中で考え事をしていた。
 その議題はもちろんアスカの発言である。
 色恋に疎そうに見えていただけに、シンジの心は困惑していた。

『心に決めた人が居ます』

 そう、あの言葉は僕にとって衝撃的だった。
 アスカさんは既に心に決めた人がいるなんて……。
 べ、別に心に決めた人がいるからって……。
 僕には関係無い……。
 なんて思えないな……。

 シンジはあれこれ考えると布団の上で身体を横になった。

 アスカさんが思ってる人って誰なんだろう……。
 僕の知ってる人かなあ……。

 アスカの言葉が切っ掛けで思考の海へとすっかり沈んでいたシンジ。
 そしてその海へと沈める事となった張本人は……。

 

 アスカは床に敷かれた布団なのかに入って考え事をしてた。
 枕元に置かれた電灯式の行灯が、アスカの顔をぼんやりと浮かび上がらせる。
 その表情は、困惑しているとしか言いようが無かった。

 ど、どうしましょう……。
 ついに言ってしまったわ……。
 シンジさん…判ってくれたかしら……。
 わたくしがお慕い申してる人……。
 それはシンジさんだって事が…。

 

 そう、各々の考えている事は全く持って違っていた。
 アスカの考えは多少ほほえましいものの、シンジの考えている事は切羽詰っているとしか、言いようが無かった。

 

 翌日
 結局、シンジの悩みは晴れないままに朝を迎えてしまった。

 通学路
 アスカはいつもと変わらぬ様子でシンジの後をついて歩く。
 一方シンジは、昨日のセリフが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
 シンジはアスカに聞いてみようと試みるも、何故か聞く事が出来ずに居た。

 それは、学校に居る間も変わる事は無かった。

 

 そして気づくと帰り道になっていた。
 シンジは今日の帰りのHRにて担任の教師に言われた事を思い出していた。

 そう言えば、三者懇談があったんだよなあ。
 進路決定の為に決めるだろうけど、僕の保護者になると……。
 父さんなのかなあ……。
 父さんと話をするのって苦手だなあ……。

「どうしたんですか?」

 アスカが後方から話しかけてきた。
 その声を聞き、シンジは不意に後を振り向く。
 アスカの表情はいつものように微笑んでいる。
 その笑顔はシンジにとって、眩しかった。

「え? いや……なんでもないよ。あはは」

 シンジは笑って誤魔化そうとする。
 笑って誤魔化せれば何も問題無いわけで、アスカはシンジの行動を思い出そうとする。
 すると今日の帰りのHRにて、シンジが悩んでいた姿を思い出した。

 そう言えば、シンジさん……。
 進路指導の話があると言ったお話の所で、お悩みなされているような感じがしましたけど……。
 もしかしてそれに起因してられるのでしょうか?
 シンジさんのお父様って……ネルフ総司令であられる、碇ゲンドウさんですよね……。
 お父様と何か隔たりでもあるのでしょうか?

 

 アスカがシンジの背中を見ながら悩みの原因を考えていると、公衆電話の前に立ち止まった。
 最近の公衆電話の殆どは、大容量通信用の物に置きかえられている。
 シンジの目の間には、なつかしの緑色の公衆電話が設置されていた。

「どうかなされましたか?」
「え? うん……」

 アスカに尋ねられて視線を向けるものの、再び電話を見る。
 まるで、これからどこかに電話を掛けようとする様子が見て取れた。

「電話なされるのでしたら、携帯電話をお貸ししましょうか?」
「ううん。良いよ。これで電話をするから」

 そう言うとシンジは財布からテレフォンカードを取り出した。
 アスカは会話の内容を聞かないように、少し離れた場所へ移動する。
 そしてシンジはためらいがちに受話器を持ち上げる。

 

 

 

 そして、数分後……。
 シンジは難しい顔をして戻ってきた。
 その様子に、アスカは首をやや傾げながらシンジに歩み寄る。

「シンジさん。いかがでしたか?」
「え? ……うん……それがね…」

 シンジはアスカにいきさつを説明した。
 そのいきさつとは、シンジがゲンドウへの電話中…。
 なにが雑音のような大きいノイズと共に電話が切れたと言う事である。
 シンジの経験上、ゲンドウが途中で電話を切る事は無かった。
 言うだけ言って切るのが、ゲンドウとの会話であったからだ。

 

「電話が途切れたんですか?」
「うん……。突然ね……」

 シンジは首を傾げながらアスカに説明をする。
 疑問に感じながらも、一路ネルフ本部へと歩き始めた。

 

 ネルフ本部のゲート前には、綾波レイが立っていた。
 レイは自分のIDカードを見ながらゲートを見ている。

「綾波。どうしたの?」

 シンジはレイに話しかけた。
 その声を聞き振り向き、シンジとアスカを見る。
 レイは自分の持っているIDカードを二人に見せながら口を開く。

「カード……」
「カード?」
「使えないの」
「え?」

 レイの言葉にシンジは、ゲートに歩み寄ると自分のIDカードを読み取り機のスリットへ通す。
 いつもなら、認識の後にゲートが開くのだが一向に開く様子は無かった。

「あれ? おかしいな。なんで使えないんだろ……」
「こちらもダメですわ」

 シンジが自分のカードを何度も通しなおす。
 アスカもシンジの隣のゲートで何度もスリットにIDカードを通す。
 しかし状況は何も変わらなかった。

 

 電話も全て通じない事に気づいた3人は、手動で開けられる扉から本部を目指す事にした。

 

「真っ暗だね」

 シンジは、延々と続いている道を歩きながら声を漏らす。
 他の2人は何も言葉を発しようとしない。
 レイは道案内を買っている為に、歩き続ける。

 シンジの後を歩いているアスカは何も言わず、無言のまま歩いていた。
 時折シンジが後を確認すると、アスカはニコッと微笑むだけである。
 しかし微笑んでいるように見えていたのはシンジだけである。
 実際のアスカの表情は引きつっている表情である。

 アスカがここまで暗闇で引きつっているのか……。
 それは理由があった……。

 

 い、いけませんわ……。
 これだけ暗い道を歩いてますと…。
 ゆ、遊園地の事を思い出してしまいます。
 か、壁は動かないですよね?

 

 そうアスカはシンジと遊園地に行った事を思い出していた。
 最初は絶叫系のマシンに乗り、シンジの提案により“メルヘンハウス”なる建物に入った。
 そのとき暗い通路を歩いていると、左右の壁が迫ってくる仕掛けがあったのだ。
 もちろん安全上からその壁は人が通れる幅になる前に止まり、再び開く仕掛けであった。
 しかしそんな事は知らない二人は、慌ててくらい道を走りぬけたのであった。

 問題は、その時に起きた。

 勢いとは言え、シンジがアスカを押し倒した形になってしまったのである。
 その事がアスカの脳裏に鮮明によみがえっていた。

「アスカさん?」
「え?」

 突然声をかけられて驚いたアスカは、シンジの方を見る。
 アスカの反応が無いのに気づいたシンジは後を振りかえりながら歩いていた。

「大丈夫?」
「え、ええ……。心配ないですよ……」
「そう? なにか有ったら言ってよね」
「はい……」

 シンジは声をかけると、先を歩いているレイについて行った。
 その後をアスカは急いで追いかけていた。

 

 

 延々と暗闇は続いている。
 3人はどのくらい歩いていたのか、判らないくらいの距離である。
 登った気がするし、降りた気もしていた。
 そのくらい複雑な通路を歩いていた。
 シンジは先に続くレイの後姿を見ながら、ある事を思い出そうとしていた。

 そう言えば、昨日アスカさんが言っていた心に決めた人って誰だろう。
 こっちにアスカさんが来てから、誰かと親しそうに話しているなんて事を見た覚えも無いし…。
 じゃあ、ドイツに親しい人でも居たのかなあ……。
 その人が心に決めた人なんだろうか…。
 う〜ん。やっぱりそうなんだろうなあ。
 ずれている気がしても、アスカさんって可愛いもんなあ。
 うう、何も無いまま……これも失恋になるのかなあ。

 シンジさんは、昨日から余り何も話してくれない。
 話しても必要な会話だけ…。
 まるで何かを考え込んでいらしているような…。
 何を考えているのでしょうか…。

 

 二人とも昨日と全く変わらない考え事をしていた。
 シンジは時折アスカのほうを振り向くも、アスカはシンジの視線に気づく事は無かった。
 お互いに何かを感じ始めたはずなのだが、アスカの方がやや先にシンジへの気持ちを抱いていた。
 抱き始めたのがいつの事かハッキリとしていないのだが、アスカ自身も日に日に大きくなっている事に気づいた。

 しかしシンジの方はその好意が向けられているとは気づく事は無かった。

 

 そして通路を抜け出ると、イキナリ使徒襲来の事実を聞かされる。
 3人はそれぞれのエヴァンゲリオンに乗りこむと、蜘蛛のような形をした使徒を倒した。

 果たして、二人の気持ちはちゃんとお互いに伝わるのでしょうか……。

<第6話おわり>


(2002年8月19日発表)

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