大和撫子アスカちゃん!
書いた人:しおしお
絵を描いた人:Yan
第5話「アスカ、潜る」
遊園地でのデートを果たした翌日の月曜日……。
アスカは変わる事無く、朝から家事をこなしつづけている。
そして朝食も無事に終わり、いつもの学校へ出かけると相成った時。
シンジは先に玄関へと出ていた。
そして、それを追うように、アスカは重箱の入った風呂敷包みを持って出てくるはずであったが、本日に限って出てこなかった。
「どうしたんだろ…」
シンジは、朝食まで何の変化も無く普通通りに過ごしていたアスカが気になっていた。
そして家の中に戻りかけようとした時に、足音が聞こえてきた。
「あ、来た……」
ミサトはまだ寝ているためにシンジは足音の主をアスカと断定する。
安心したシンジは玄関の扉を開けてアスカを待つことにした。
「すみません。お待たせしました」
「どうしたの? 遅くなったけど……」
シンジはアスカの声をきき、返答しようと振り向いた。
そこでシンジの動きは止まってしまった。
アスカといえば、ここまで吹っ飛んだ女学生風の着物を身につけていた。
しかし今シンジの目の前に立っているアスカは……。
「あれ? 制服? 着物じゃないの?」
「え、ええ……やっぱり変ですか?」
アスカの服装は着物ではなく、第壱中学校の制服姿であった。
ただ他の生徒が着ている制服と違うのは、ブラウスが長袖であることだった。
「へ、変じゃないよ。に、似合ってると思うよ……」
「そうですか……。ありがとうございます」
アスカはシンジに誉められた事が嬉しかったのか、笑顔を浮かべながら返答した。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
アスカとシンジの二人はいつもと変わらないように登校した。
シンジは着物アスカと違って、注目度は落ちるだろうと思っていた。
しかしアスカの注目度は何故か上がっていた。
着物の時とは違う制服姿のアスカに注目が集まる。
いつものアスカはシンジの2,3歩後に歩いていたのに、今日は隣を歩いている。
それが他の生徒の噂になっていた。
「皆さんの視線が奇異で怖いですね……」
「そう?」
「ええ、なんとなくそう思います」
「それは、いつもと格好が違うからじゃないかな?」
「そうですか?」
アスカは自分の服を見まわす。
確かに着物姿とは違う為なのか、違和感をアスカ自身感じてしまっていた。
それが他の生徒の視線でさらに際立つ。
「うん。そうだと思うよ」
「やっぱり、いつもの着物の方が良かったですか?」
「ううん。じきに慣れるから大丈夫だと思うよ」
「そうですか?」
「うん。だから自信持ってよ」
「は、はい…」
シンジに言われてアスカは若干の自信を取り戻しつつあった。
その日の学校のLHRでは、修学旅行の諸注意の話をしていた。
そして、シンジの隣に座って配られたプリントを見ているアスカが言葉を漏らす。
「修学旅行ですか」
「興味無いの?」
アスカがポツリと漏らした言葉を聞き逃す事無く、シンジは小さな声で話しかけた。
アスカもシンジと同じような小さな声で返事をする。
「いいえ、そう言うわけでは有りません。ただ……」
「ただ? ドイツには修学旅行無いとか?」
「いいえ。ドイツにもありましたよ。修学旅行」
「え? あるの?」
「ええ、ただ…」
「ただ?」
「わたくしは、待機任務でしたので…」
「あ…。そっか……」
シンジはそこで気が付いた。
自分達は他の生徒たちと同じではない事を……。
「冷静に考えて見たら、そうだね」
「ええ、ですから……。寂しいですね」
「仕方無いよ。そう言う事をしてるんだからね」
「はい、そうですね」
アスカとシンジは、修学旅行で騒いでいる周りが目に入らないような状態だった。
自分たちと周りは全く違うものと認識しているようであった。
「でもさ。他の生徒が修学旅行なら……」
「修学旅行でしたら?」
「また、メガパーク行ってみない?」
「……」
「ダメかな?」
「い、いえ…。シンジさんさえ宜しければ……」
周りとは全く違う予定を二人は立てていた。
数日後、第壱中学校2年の生徒たちは修学旅行へと旅立った。
アスカとシンジは見送りだけのために空港へ来ていた。
「いっちゃったね」
「そうですね」
アスカとシンジは遠く小さくなって行く飛行機を見上げながら呟く。
「いつか、チャンスはありますよ」
「そうだね」
アスカとシンジの二人は笑顔を振り撒きながら空港を後にした。
そして、二人は屋内プールに居た。
プールと言っても一般の施設ではなく、ネルフ内の保養施設のひとつで、本日はチルドレンの二人が貸切の状態できていた。
レイは朝から赤木リツコの元で何やら作業をしているらしい。
二人の保護者である葛城ミサトは、浅間山へ調査の為に出かけている。
つまり、今現在プールにはシンジとアスカの二人しかいない。
シンジはなぜか、海水パンツ姿で緊張していた。
あ、アスカさん水着に着替えるって言っても、持ってたかなあ……。
でも…水着姿が見れるなんて結構幸せかも……。
うう、なんで僕が緊張するんだよ〜。
「お待たせしました〜」
ぺたぺたぺたと言う裸足の音と共にアスカの声がプール内に響いた。
き、来た…。
来ちゃったよ。
ど、どうしよう……。
直に向いたら変だと思われちゃうし……。
一呼吸置いてゆっくり振り向こう……。
「い、いえ……待ってないよ……」
シンジは期待を膨らませながらアスカの方を振り向いた。
「それは、よかった」
「……」
「シンジさん?」
「す、スクール水着?」
「は、はい……。持っているものはこれしかなくて……」
「そ、そうなんだ……」
シンジは内心がっかりしていた。
アスカほどの容姿ならそれなりに良い水着を着れば、可愛くか綺麗な方向にみえたものの。
シンジにとっては、学校指定のスクール水着だったために残念でならなかった。
「どうかしたんですか?」
「ううん。なんでもないよ。あはは」
不思議そうに見つめるアスカを交すように、シンジは乾いた笑いで答えた。
「それでは、楽しみましょうか」
「あ、ちょっと先に入ってて」
「え? どうかしたんですか?」
「うん。勉強を少ししないと……。この間のテスト悪かったから」
「何処か間違えたんですか?」
「ううん。熱膨張理論がわからなくて……」
「ああ、それは…暖かいと物が大きくなるって事ですよ。たとえば……御風呂に入るとからだが伸び伸びするのと、水風呂ですと縮むって事ですね……」
「ち、縮む……」
アスカに言われてシンジは、良からぬ事を考えていた。
「もう、何を想像してるんですか!」
それに気づいたアスカはシンジの背中を思いっきり叩いた。
その勢いは、物凄いものでシンジをプールの中へ突き落とす勢いであった。
「ああ、シンジさん! 大丈夫ですか!」
アスカは心配そうに水面を見る。
しかしシンジは一向に上がる気配は無い。
そう、潜ったままであった。
「し、シンジさん!!」
アスカは慌てて水の中へ飛びこんだ。
そして、シンジを抱えて引き上げた。
「シンジさん。しっかりして下さい」
シンジに話しかけるが、一向に反応を見せない。
プールサイドへ引き上げたアスカはシンジを寝かせると、口に入った水をたたき出す。
しかしシンジは目を覚まそうとしなかった。
「わ、わたくしのせいで……。ど、どうしましょう……」
アスカはオロオロしながら周りをみまわした。
そして、意を決したようにシンジを見る。
「し、仕方ありません……。緊急ですから……」
真っ暗な世界。
なんで、こんな世界に……。
ああ、熱膨張をアスカさんに聞いてたら真っ暗な世界に……。
そのあと、熱いと大きくなって冷たくなったら小さくなるって聞いてて……。
え〜っと……。
そうだ、起きなきゃ……。
「あれ?」
シンジは目を覚ました。
目の前には泣きそうな顔のアスカがシンジを見ていた。
「アスカさん?」
「大丈夫ですか、シンジさん?」
「う、うん。大丈夫だけど……」
「そうですか、よかった……」
アスカはホッとした表情になった。
シンジが身体を起こすとプールサイドで寝そべっていたようだ。
「あれ? どうしたんだろう」
「プールに落ちて大変だったんですよ」
「あ、そうなんだ。やっぱり」
「やっぱり?」
「あはは。今更になって言うけど、僕……泳げ無いんだよ」
「え? そうだったんですか?」
「うん。だからアスカさんに迷惑掛けないように、勉強でもしてようかな〜って」
「それなら、心配無いですよ。わたくしが教えます」
「いいの?」
「はい。まかせてください」
二人はシンジの水泳特訓と言う事で何度も練習をした。
練習に練習を重ねていた。
そうなると、シンジもプールに馴染めるようになり、二人とも色々と遊び出していた。
そして、プールで楽しんで居る所へ、使徒発見の一報が届く。
それは、溶岩内にて胎児状で存在する使徒であった。
さっそく作戦が立てられ、アスカの弐号機をフォワードとして、溶岩内へと潜って使徒を捕獲することになった。
「潜水は余り得意ではないですね。海女さんの勉強はそれほどしてないので……」
「あ、アスカさん。そう言う問題じゃないよ……」
アスカは作戦を聞いて思いついたのは、海にもぐる海女のことであった。
しかし作戦の中身は海に潜って貝類を取ってくることではないので、アスカはホッとしていた。
だが、シンジはそんなアスカの思考にほとほと困っていた。
一歩間違えたら死と隣り合わせなのに……。
アスカさんはなんで平気で居るんだろう……。
作戦が開始された。
弐号機は不恰好とも思える、前時代的な潜水スーツを身に付けたような格好をしていた。
「まあ、古い潜水服ですね。珍しい〜」
「喜べるんだね……」
「はい。こんな古い潜水服なんて面白いじゃないですか」
「そ、そう言う問題かなあ……」
アスカはD型装備の弐号機を見て、楽しそうにはしゃいでいた。
事の重大さはアスカよりもシンジの方が考えているようである。
アスカが使徒を捕獲するまえに使徒は溶岩内で孵化を始めた。
アスカは戦闘体勢に入り交戦してみる。
しかし使徒の方が動きが良く、なかなか倒せなかった。
そこは機転を利かせたアスカが熱膨張理論を使って使徒を倒した。
そして使徒の断末魔的行動でケーブルを切断された弐号機はゆっくりと溶岩の中へと落ちかけた時、シンジの初号機がアスカの危機を救った。
そして、戦闘を終えたアスカとシンジは御褒美として近くの温泉旅館へと宿泊することになった。
二人は旅館自慢の露天風呂につかっていた。
「ねえ。シンジさん」
「ん? なに?」
「あ、あの…。先ほどはありがとうございました。命を救って頂いて……」
「いいよ。気にする必要無いし……」
「でも……」
「それに、プールに落ちて、それを助けてくれたのアスカさんでしょ。おあいこだよ」
「おあいこですか……」
「うん。だから気にする必要無いよ……」
「あ……はい……」
シンジが言葉を投げかける中、アスカはそっと自分の口元に指を当てた。
そして小さな声で呟く。
「わたくしの方が…一つ多いです……」
「何か言った〜?」
「いいえ。何でも無いです」
アスカは温泉に浸かりながら、暗くなり始めてきた空を見上げた。
アスカの行動の真意は、空だけが知っている。
<第5話おわり>
(2002年4月29日発表)