大和撫子アスカちゃん!

書いた人:しおしお

絵を描いた人:Yan


第4話「アスカ、遊園地デートする」

 

 

 二人だけの花火大会が終わって…。
 二週間ほどが過ぎていた。
 そんなある週末……。

 

 いつものように食事を終えたシンジは、後片付けをアスカに任せてリビングのテレビを見ていた。
 そこへ片付けが終わったアスカが近寄る。
 アスカの手には封筒が握られていた。

「シンジさん。この間の……敢闘賞なんですけど……」
「敢闘賞?」

 アスカは、封筒をシンジの前に見せる。
 封筒を受取ると、シンジは中身を取出そうとする。
 封筒の中身は、チケットが二枚入っていた。

「チケットですね」
「うん。そうだね。何処のだろう……」

 シンジはチケット表裏を良く見ようと手に取った。
 すると、チケットには“第3新東京メガパーク 1日パスポート券”と書かれている。

「めがぱーくですか?」
「うん。そうだね」
「それは、どんな物なんですか?」
「どんなって……遊園地だよ。行ったこと無いの?」
「はあ、行ったことは無いですね……」
「そうなんだ……」

 シンジはアスカとチケットを交互に見る。
 そして、ある決断をする。

「あ、アスカ……さん……」
「はい?」
「も、もし良かったら一緒に行く?」
「……」
「も、もしで良いんだよ。もしで……」
「良いですよ」
「ほ、本当?」
「はい」
「じゃあ、明日にでも行く?」
「明日ですか? 良いですね。それでは、お弁当を用意しますね」
「いいよ。用意する必要は全くないよ」
「そうですか?」

 シンジはアスカが弁当を作るというので焦っていた。
 なぜ、そこまで焦るのかは理由がある。
 一緒に暮らし始めたときは、ユニゾン訓練で学校に行くヒマが無かった。
 しかしユニゾン訓練が終了し、学校へと初登校した時の事である。

 

 

 アスカはシンジの少し後ろを歩いている。
 シンジが隣に来るように促しても、アスカは変わらぬ距離を保ってシンジに続く。

「ねえ。アスカさん」
「はい、なんでしょうか?」
「荷物重そうだけど……。持とうか?」
「いいえ。大丈夫ですから」
「そ、そう?」

 シンジはアスカが持っている風呂敷に包まれた大きな箱型の荷物が、気になって仕方がない。
 何度も持とうかと呼びかけても、アスカはその荷物を頑として渡そうとしなかった。

 そして、それは昼休憩に判った。

 シンジはいつものようにパンを買いに購買へと向かおうとした。
 しかしアスカがシンジの隣に立ちふさがる。
「あの、シンジさん……」
「ん? どうしたの?」
「もし宜しかったら、御昼ご飯用意してきたんですけど。いかがでしょうか?」

 アスカからの誘いにシンジは、無条件で乗った。
 それが恥かしい思いをする原因でもあった。

 アスカは持ってきた四角い大きな風呂敷包みの荷物を、シンジの前に置く。
 シンジはその大きさに圧倒される。
「こ、これがお昼ご飯?」
「はい。そうです」

 アスカは笑みを漏らしながら風呂敷包みを解いていく。
 そしてその中から現れたのは、三段重ねの重箱であった。
 シンジが呆けている間にも、アスカは重箱を並べ広げる。

「どうぞ、食べて下さい」
「え、ああ、うん……」

 シンジは周りの視線が気になっていた。
 アスカが朝早くからキッチンに居たことは判っていた。
 しかし目の前の重箱を作っていたとは想像していたなかったようである。

 うう、なんでお昼御飯が重箱なんだろう……。
 こんな中学生いるとは思えないよ…。
 周りの視線が痛いなあ……。
 あ、トウジがこっちを見てる。
 うう、重箱食べたいんだろうなあ……。
 トウジの隣のケンスケも何かブツブツ言ってるよ……。
 やっぱり恥かしいなあ。

「どうですか? お味は?」
「え? うん。美味しいよ」
「良かった。シンジさんと一緒に暮らしてから色々好み調べて見たんですよ」
「そ、そうなんだ……」

 アスカの“いっしょに暮らしている”発言で、周りの男子生徒に緊張が走った。
 現状で、どう考えてもシンジに不利な状況ばかりである。
 この時は流石にシンジは耐えられなかった。

 

 そんな、弁当の思い出がシンジの頭の中を駆け巡った。
 今回も遊園地に大きな弁当を持って行くのは危険極まりないと、シンジはアスカに弁当を作らせることを拒否した。

 

 翌日
 アスカの朝は早い。
 誰に言われるでもなく、早く起きて割烹着に身を包んで、朝食の準備に取りかかる。
 休日の朝であろうが、平日の朝であろうがそれは変わる事無く行われている。

 そして、朝食の準備が終わりに近づくころ…。
 アスカはシンジの部屋の前に立つ。

「シンジさん。朝ですよ」

 アスカはシンジの部屋の戸を数回ノックする。
 しかし、シンジの起きる気配は無い。
 アスカは悪いと思いながらも、シンジの部屋の戸をそっと開ける。

 シンジは案の定眠っていた。
 アスカはシンジの傍まで近寄り起こそうとする。

「シンジさん。起きて下さい。シンジさん」

 アスカは、シンジを揺らして起こそうとする。
 しかし一向に起きようとしない。

「シンジさん。ゴハンをペンペンに取られますよ」
「そ、それは勘弁して〜」

 ようやくシンジは目覚めた。
 しかし寝ぼけているのか、まだ頭の中がハッキリしていない様子である。

「おはようございます。シンジさん」
「お、おはよう…」
 シンジは食べ物につられて起きた事が恥ずかしいのか、頭をかきながらアスカを見る。

「それでは、顔を洗ってきて下さい。朝食の準備は整っていますよ」
「う、うん…」

 シンジの返事を聞くと、アスカはそそくさと部屋を出ていった。
 アスカの後姿を見送ったシンジは、ボーっとしながら現状を把握しようとする。

 

 ええ〜っと、今日はアスカさんとメガパークへ行く約束だったよね……。
 うん、それは覚えてるから大丈夫。
 メガパーク……遊園地かぁ……。
 こ、これは世に言うデートと呼ばれるものなんだろうか…。
 い、いや待てよ。
 僕だけが舞いあがっても仕方無いよね。
 アスカさんも嬉しくないとダメなんだから…。
 きょ、今日はなんとかアスカさんをリードしなきゃいけないね…。
 うう、意識したらどきどきする…。

 シンジは部屋を出ると顔を洗うために洗面所へと向かう。
 首からタオルをかけて、キッチンにてせわしなく動くアスカを見る。
 アスカは気にする様子を見せる事無く、みそ汁と格闘中らしい。
 その姿をみて、シンジは洗面所のある脱衣所へと入って行く。

 水で顔をジャブジャブと洗ったシンジは、タオルで軽く拭きながら鏡に映った自分の顔を見る。
 何度か表情を変えるとシンジは、キッチンへと戻った。

 そこへ待っていたのは、朝食の準備をしているアスカである。
「あ、ちょうど出来ましたよ。どうぞ」
「う、うん……」
 シンジが席に着くと、朝食が並べられている。
 和食をイメージした物で、鮭の切り身を焼いた物、みそ汁、佃煮、厚焼き玉子などが並べられている。
 そして食べようとする時にアスカは、シンジの目の前に置かれた茶碗を取ると、おひつからゴハンをよそう。

「どうぞ」
「う、うん」

 シンジは茶碗を受け取ると食べ始めた。
 アスカもシンジが食べ初めてから、自分の茶碗にゴハンをよそうと同じように食べ始めた。

「そういえばさ」
「はい」
「アスカさんって着物以外に服持ってたっけ?」

 シンジの素朴な疑問にアスカは考えこむ。

「あ、持ってなかったら別に良いんだよ…うん」
「そうですね。持ってないですね」
「や、やっぱり……」
「持ってないと不都合なんですか?」
「い、いやそうじゃないけど……。アトラクションとかで、着物だと不都合かな〜と…」
「そうですか……」

 アスカは少し落ち込んだ表情をしてみせる。
 慌ててシンジはフォローをしようとする。

「でも、持ってないなら仕方無いよね……。僕のを貸すわけには行かないし…」
「ですけど、着物がまずいのであれば……」

 アスカは頬を真っ赤にしてシンジをチラチラと覗き見る。
 そのようすにシンジは、緊張しながらアスカを見返す。

「あれば?」
「わ、わたくしは構いませんです。シンジさんの服を借りても……」
「……え?」

 アスカのセリフにシンジの箸は止まった。

「で、ですから……わたくしは、シンジさんの服を着ても……構いませんです」
「ほ、本気?」
 シンジは震えながら持っている右手を揺らす。
 恥ずかしそうにアスカは1度頷く。

 

「は…ははは……」
 シンジは、笑っていた。
 物事がオカシイからではない。
 自分が普段着ているであろう服をアスカが着る羽目になったからだ。

 そのシンジは服をアスカに渡して、リビングで待っている。
 渡した服はシンジ自身判っている為に、どういったものかは想像出来ていた。

 

 アスカの部屋の扉がスッと開いて閉じる音がシンジの耳に届いた。
 そしてアスカの部屋の方向に背中を向けているシンジの背中から声が届く。
「あ、あの……。着替え終わりました」
 その声を聞いて、一呼吸おいてからシンジは振り向いた。

 そこには、来ているだけで中身が変わればやっぱり見た目も変わることを証明していた。
 シンジが渡したのは、なんの変哲も無い白のポロシャツとジーンズである。
 それをアスカは着ただけである。

 シンジはアスカに見とれていた。
 その表情は、普段と違う服装に戸惑っているとも取れた。

「あ、あの……オカシイですか?」
 アスカは恥ずかしそうにしながらシンジに聞く。
 シンジはブンブンと頭を左右に振る。
「ううん。可笑しくないよ。良いよ。うん」
「そ、そうですか? 普段と違いますからオカシナ気分ですね」
「あはは、そのうちなれるよ」
「はい」

 

 そして電車に揺られ、第3東京メガパークへと到着した。
 第3東京メガパークは、総合遊戯施設で、大型遊園地と言った方が良いだろう。
 遊園地施設を一通り取り揃えており、他にも動物園植物園水族館と贅沢に集められるだけ集めたと言う感じの場所で有る。
 それゆえ、一日パスポート券でも全部回れるかどうか、怪しいほどの規模の場所である。

 アスカとシンジの二人は、専用の駅から降りると正面に見える遊園地ゾーンの入り口の前に立っていた。

「じゃあ、とりあえずは遊園地を回ってみる?」
「ええ、そうですね」
 そして二人は遊園地ゾーンのゲートへと歩き出した。
 しかしそこでもアスカはシンジよりも少し遅れて歩く。
 その様子にシンジはアスカへと降り返った。
「どうして、もうちょっと横を歩かないの?」
「え……。わ、わたくしは、後を歩くものですので……」
「うしろじゃ、もしも迷子になっても判らないよ」
「ま、まいごですか……」
 シンジの言うことも、もっともである。
 アスカとシンジの周りにはたくさんの親子連れ、カップル、友達同士で来ている者も居る様子である。
 とにかく駅からパークへと続く道には人の列が出来ている。

「ほら、一緒に行こうよ」
「え…」

 戸惑っているアスカへシンジは手を差し出す。
 アスカはシンジの右手をジッと見つめる。

「手を繋いでいれば、はぐれないでしょ?」
「え、ええ…。そうですけど……」

 アスカは戸惑いながら自分の左手をおずおずと伸ばす。
 そして、シンジの手に触れる前にシンジが手を握る。
 その瞬間アスカは、顔を真っ赤にさせた。
 アスカを引っ張って歩くシンジも、心無しか頬を紅く染めている。

 

 そして、なんとかゲートから中へと入った。
 様々な施設がアスカとシンジを出迎える。
 その多さに二人は圧倒されていた。

「ど、どれから行ってみますか?」
「そうだねえ…」
 アスカも迷ってしまっているが、シンジも迷っている。
 それだけ多くの施設があった。

「じゃあ、あそこに行ってみませんか?」
 アスカは何かが目に付いたのか、歩き出す。
 シンジも返事する前にアスカに付いて歩き出した。

「何処に行くの?」

 シンジが少し歩き出してからアスカに聞いてみる。
 すると、アスカは振り返りながら返事をする。

「あの大きな輪です」
「輪?」

 シンジが聞き返すと、アスカはある場所へ指をさした。
 その場所へ視線を持って行くとそこには、ジェットコースターのレールがあった。

「え? まさかアレ?」
「はい、大きそうで何か興味がそそられますから」
「そ、そうなんだ……」

 アスカは笑顔を浮かべながら話す。
 それと対照的にシンジは、言葉少なくなってしまう。

「どうしたんですか?」
「う、ううん。大丈夫だよ」
「そうですか?」

 ジェットコースターって見た目怖そうなんだけど……。
 だ、大丈夫なのかなあ……。
 途中で止まったりとか、落ちたりしないよね……。
 うう、だめだ最悪の方向しか行かないや……。

 シンジは、じわじわと近づいてくるジェットコースターのレールを見上げながら、先を歩くアスカに続いた。
 アスカの方は興味津々と言った様子である。

 なんで、アスカさんは嬉しそうなんだろう……。
 そういえば、女の子ってこう言うの好きだって、以前ケンスケが言ってたなあ。
 その時は必要の無い情報だと思って聞き流していたけど、今にして思えば……。
 納得行くかもね……。

「シンジさん。早く早く!」
 アスカは手招きをしてシンジを急かす。
 まだ開園して時間が無いのか、人影はまばらである。

「ほ、本当にのるの?」
 シンジはジェットコースターの入り口の前で、アスカに確認を取ろうとする。
 シンジの気持ちも何のそのと言った感じで、アスカは嬉しそうに頷く。

「はい、面白そうですから」
 悪意の無い笑顔ほど、抵抗力がそがれてしまうもので、シンジは反対することが出来なかった。

 僕は気づいたらジェットコースターに乗る為に列に並んでいた。
 なんで、怖い思いを並んでいるうちからしなくちゃ行けないんだろう……。
 そしてこの人数だと確実に次に順番が回ってくるよ……。

「きゃぁぁぁぁ〜」
「うわぁぁぁぁ〜」

 僕の耳に届く声。
 いや、あれは声じゃないよ。
 悲鳴だよ。
 ……きっと悲鳴だと思うよ。
 なんでわざわざ悲鳴を聞かなきゃいけないんだろう……。
 うう、逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ……。
 だ、だめだ。いつもの呪文が通用しない……。

「シンジさん」
「は、はい?」
「順番着ましたよ。乗りましょう」

 アスカは、嬉しそうにジェットコースターへと近づく。
 シンジが一人の世界へと入っている間に、ジェットコースターは乗降口へと戻っていた。

「そ、そうですね」

 シンジは手を引っ張るアスカに逆らえないまま座席へと向かった。
 先ほどまで引っ張っていたのはシンジのはずなのに、いつの間にかアスカが引っ張っていた。
 やはり恥かしさよりも好奇心の方が勝っているのであろうか……。

 あっというまにシンジとアスカは席に腰を降ろし、座席についているセーフティーバーを固定していた。

「楽しみですね」
「え、うん……。そうだね」

 楽しみに待つアスカと、動いて欲しくないなと祈っているシンジ。
 お互いの心の中は判っていないが、表情はどちらも笑っている様子であった。
 ただ、シンジの場合は引きつっているとも言えるが……。

 その笑いも消える時間がやって来る。
 ガクンと言う感覚と共に、ジェットコースターは進行方向へと動き始めた。
「動き出しましたね」
「う、うん……」
 シンジのセリフが徐々に少なくなり始めてきた。
 そして、ジェットコースターが大きな坂を登りきったとき、シンジの顔から表情といわれる物が消えていた。

 

「うわぁぁぁぁぁ〜」

 それはシンジのものなのか、それとも楽しんでいる乗客のものかは定かではなかったが、絶叫が響き渡っていた。

「うわ、うわ、うわ〜ぁぁぁぁぁ〜」

 カーブを過ぎる度に絶叫が響く。
 そして、大きなループで一回転するときも絶叫が響いていた。

 

 絶叫の時間が終わった時、一組のカップルがベンチに座っていた。
「大丈夫ですか?」
「うん。思ったよりも平気だったよ」

 心配そうに見つめるアスカを余所に、シンジは精一杯元気に振舞おうとする。
 しかし、どうみても肩で息をしているシンジは、アスカに何を言っても無駄であろう。
 結果として余計な気をアスカに遣わせるだけである。

「すみません。シンジさんが苦手だったなんて……」
「いいよ。楽しんだんだからさ。思ったよりも楽しかったよ」
「そうですか?」
「うん。そうだよ。見た目だけで判断出来ないね。あはは」

 どう見てもシンジは、空元気であった。
 しかしアスカは、シンジの空元気を額面通りに受取る。
 これが、次なるシンジにとって恐怖への序曲であった。

 

 とりあえずシンジは落ちつきを取り戻したので、二人は次なる場所へと向かう。
「それでは、次はアレに乗りましょう」
「どれ?」
「あの大きな棒です」
「棒?」

 シンジが聞き返す前にアスカは、またもや指差す。
 なんとなく妙な予感がしたシンジは、いぶかしげにアスカの指差す先を見る。

 そこには確かに棒があった。
 大きな棒が……。
 フリーフォールの逆バージョンであるアトラクションの柱が……。
 逆バージョンと言うのは、柱に取り付けられた椅子に座って、上方向に一気に上昇させられてしまうと言うものである。
 早い話が、エヴァンゲリオンの発射のように急速に移動するアトラクションである。
 シンジ達のところからでも、その動きは見て取れる。

「さっきから、座席が上がったり落ちたりで楽しそうですね」
「は、ははは……そうだね……」

 アスカは動きが面白いのか、上がる度に楽しんで見ているようである。
 シンジは先程よりも、さらに青ざめてしまう。

 

 なんで、上へあがるだけのが楽しいの?
 どうして、上にあがらなきゃいけないの?

 

 シンジは次々と上がって行く様子を見ながら呆然としている。
「ほらほら、シンジさん行きましょ」
「ちょちょっと待ってよ」
「はい?」
「今度は、僕が行きたいところって言うのはダメかな」
「あ、そうですね。シンジさんが行きたい場所にしましょうか」

 なんとかシンジは、アスカが指定したアトラクションに行く事を阻止した。

「それでは、何処に行きましょうか」
「そ、そうだねえ。え〜っと……」

 シンジは何処に行くか全く考えてなかったために、近くにある案内掲示板を見ることにした。
 とりあえず、目に付いた場所で乗り物で無い場所なら大丈夫だろうとシンジは思っていた。

「こ、このメルヘンハウスってのは、どうかなあ」
「メルヘンハウスですか?」

 シンジは掲示板の中で無難そうな場所を指差した。
 早速二人は“メルヘンハウス”目指した。

 ただ、シンジは掲示板を良く見ていなかった。
 “メルヘンハウス”の前に“驚きの館”と付けられている事に……。

 

 シンジの選択により、二人はメルヘンハウスに辿り着いた。
 メルヘンハウスの外観は、西洋風の屋敷である。
 立派な門構えとしっかりした玄関が、興味をそそる。
 二人は、その外見に魅入られていた。

「凄い屋敷だね」
「そうですね。中には何があるんでしょうか」
「そうだね。何があるんだろう」
「入って見ましょう」
「う、うん」

 シンジが選択したにも関わらず、ここでもアスカが主導権を持っているようである。
 入り口の係員にフリーパスのチケットを見せると、二人は中に入っていった。

「なぜか、下っている気がするんだけど……」
「そうですね」

 真っ直ぐな廊下を歩いているはずなのだが、二人は下っている感覚に襲われる。
 事実下っているのだが、普通の屋敷と信じて疑わない二人にとっては不思議に感じる出来事である。
 屋敷の端から端まで歩いたであろう距離で廊下は終わっていた。

「あれ、行き止まりだ……」
「右に通路が続いていますよ」

 アスカがシンジに道が続いている事を教える。
 シンジも右側を見ると、先程よりも暗い道である。

「これって、メルヘンハウスだよね……」
「ええ、そうだと思いますけど……」

 シンジは己の選択を呪っていた。
 まさか暗い場所を歩く事になるとは、思っても見なかったからである。

 アスカも、シンジとの距離を縮めようと傍に寄った。

「アスカさん」
「な、なにか変な雰囲気ですね……」

 アスカはシンジに声をかけられると、震えたような声で返事をする。
 シンジがその声に気づいて振り向くと、暗い場所でもアスカ自体が震えている事が判った。

「アスカさん。もうちょっと近くに来てもいいよ」
「え、よろしいのですか?」
「うん。いいよ」
「す、すみません。では……」

 シンジに言われてアスカはお互いの腕が触れ合う位置まで近寄った。
 少なからず、さきほどまでのシンジは頼りなささえ感じていた。
 しかし、いざとなるとそこは男の子、アスカを安心させていた。

 そして、暗い道が続いていると、突然左右の壁が動き出した。
「え、ええ〜」
「壁が動いてる〜」
 シンジとアスカは徐々に幅を狭めて行く壁に驚いて走り出す。
 壁は僅かづつではあるが、徐々に狭まって行く。
 シンジは、狭まる壁の終わりまでなんとか走り終えようとしていた。
 その時……。
「きゃあ!!」
 シンジの後で叫び声がした。
 慌てて振りかえると、そこには転んで尻餅をついているアスカが居た。
 シンジはそれを見て急いで戻った。
「アスカ!」
 シンジの呼びかけにアスカは答えようとした。
 しかし座っているアスカの腕をすばやくとると、狭まる壁の終わりまで一気に走った。

 そして、二人は倒れこむようにその場を飛び出した。

 壁は人一人分通れる幅で止まった。
 そして、数秒して壁はゆっくりと戻って行った。

 床に倒れた二人は、まるで折り重なっているようであった。

 そう…アスカの上にシンジが折り重なっていた。

「痛たた……」

 アスカがゆっくり目を開けると、そこには目を閉じたシンジが覆い被さっていた。

「!!」

 声にならない声を上げるが、それでは抵抗にも何にもなっていない。
 そう、アスカは突然のことで震えていたのであった。

「つ〜」
 アスカが震え続けていると、シンジがようやく目を覚ました。
「ん……。大丈夫? アスカさ……」
 シンジも目を開けて自分の置かれている状況に気づいた。
 そう、この状況ではまるでシンジがアスカを襲っている構図である。
 肝心のアスカは、目を潤ませて震えている。
 第三者が見れば、警察沙汰になってもおかしくない状況であった。

「う、うわぁ! ご、ごめん!!」
 シンジは、自分の状況に気付いたのか慌ててアスカから飛びのいた。
 ようやくアスカも身体を起こす事が出来た。

「だ、大丈夫?」
 シンジは恐る恐る声をかける。
 アスカは先ほどから動いていない様子だ。

 ど、どうしよう……。
 今の状況では、アスカさんに何を言われても逆らえないよ…。
 うう、もしかしたら犯罪者で訴えられるのか……。
 ああ、14歳でついに犯罪者に〜。

 シンジは頭を抱えて右往左往していた。
 その様子を見ていたアスカは、くすくすと笑い出す。

「シンジさん。大丈夫ですよ。アリガトウございます」
「え……そ、そうなの?」
「ええ、心配かけました」
「そう……。良かった」

 アスカのリアクションでシンジはホッとしていた。
 シンジは一瞬にして様々な人生模様を想像していたためか、アスカが何とも思ってくれていない様子なのに胸を撫で下ろしていた。

 ところが、アスカの方がシンジよりもドキドキしていたのであった。

 胸に手を当ててアスカは先ほどの事を思い出していた。

 

 し、シンジさんに覆い被された時……。
 逃げ出したい自分と、その場に居続けたい自分が居た……。
 ほ、本当のわたくしは、どちらを望んでいたの?
 い、いけませんわ。
 こ、こんな事を考えるなんて……わたくしは、はしたないですわ。

「アスカさん?」
「は、はい!」

 アスカは考え事の途中で声をかけられ、ビックリしたように返事をした。
 しかしシンジはその様子に気づく事無く、アスカに語りかける。

「そろそろ行こうよ」
「は、はい……」

 メルヘンハウスのその後は、鏡ばかりの部屋とか、壁が傾斜している部屋。
 そして壁の模様で錯覚を起こす部屋などが続いて、ようやく外に出られた。

 

 外に出た二人は、同時に深呼吸をする。
 そして、お互いの顔を見て笑ってしまった。
「あはは、なんか凄い場所だったね」
「ええ、ビックリしました」
「じゃあ、どこかで休憩しようか」
「ええ、そうですね」

 二人は何となくであるが、お互いを妙に意識してしまっていた。

 

 

 レストラン
 二人は遊園地内のレストランで、食事をとることにした。
 窓際の席で向かい合うように、アスカとシンジは座っている。
 シンジはレストランで注文したものが来るまで、メルヘンハウスの事を思い出していた。

 そういえば、アスカさんって柔らかかったなあ……。
 女の子って柔らかいんだ…。
 し、知らなかったなあ……。

 シンジは、自分の目の前にその女の子が居るのに、放ったらかしで想像を膨らませている。
 それも先ほどまでは手を握っていたものの、そのときの感覚は吹っ飛んでしまったらしい。
 しかし、アスカも同じように考え事をしていた。

 さ、さっきの……。
 あの時……何も考えられなかった。
 期待している自分と逃げ出したい自分が、その場に居ただけで……。
 何も出来なかった……。
 じゃあ何を期待しているの……。
 そ、それに殿方にああされてしまっては……。
 ふ、ふしだらな女性に思われなかったかしら……。

 アスカが視線をチラリとシンジに向けた。
 すると同時にシンジもアスカを見ていた。

 視線が絡み合うと、お互いに頬を真っ赤にさせて目を逸らせた。

 え? ええ?
 もしかして、さっきの怒ってるの?
 あ、アスカさん怒ってるの?
 顔真っ赤にしてたけど…。
 やっぱり怒ってるのかなあ……。

 シンジさんのさっきの顔……。
 や、やっぱりふしだらな女性に思われてるんだわ……。
 ど、どうしましょう……。
 折角小さい頃から今まで清い日本女性として頑張ってきた努力はダメだったのですか?
 そんなのあんまりですわ。

 お互いに別の意味で深刻に考えていた。
 そして、注文した食事が到着するまで、堂々巡りは続いていた。

 

 シンジとアスカの前に注文したものが並べられる。
 ウェイトレスは伝票を読上げながら、シンジに注文の確認をしていた。
 シンジはおぼろげながらそれを聞いている。

「以上で注文はよろしいですか?」

 ウェイトレスは営業用のスマイルを見せながらシンジに問いただす。

「は、はい……大丈夫です」
「それでは、ごゆっくりと、おくつろぎして下さい」

 ウェイトレスは一礼すると、その場から去って行った。
 シンジはウェイトレスが言った事を確認してから、目の前に並べられた昼食をとろうとした。
 しかし目の前に座っているアスカの動きが無い事が気にかかっていた。

「アスカさん?」
 シンジに話しかけられても、アスカはボーっとしたままである。
 シンジはもう1度話し掛けることにした。
「アスカさん。注文したの来たよ」
「へ? ああ、そうですね…」

 二度目に話しかけた時、アスカは初めて話しかけられたような反応を示した。
 そしてあわてるように、割り箸を2つに割る。

「アスカさんらしくないですね。やっぱりさっきのが……」
 シンジがそういうと、アスカは再び思い出したのか頬を真っ赤にさせてしまう。
 そして、それに呼応するようにアスカの箸の動きが停止する。
「そ、それは……その……」
 アスカは口をモゴモゴさせながら何かを言おうとする。
 しかし言葉にならないのか、シンジには何も聞こえなかった。

 やっぱり、さっきの怒ってるのかなあ……。
 まずいなあ。話しかけづらいし…。

 ど、どうしましょう……。
 やっぱり変な女の娘だって思われてるわ……。

 お互いにずれた部分で気にしていた。
 楽しい昼食も、何故か互いの牽制に終始していた。
 しかしこの状況に先に耐えられなくなったのはシンジである。

「と、ところでさ…」
「は、はい……」
「アスカさんって、どうして普段着物とか着てるの?」
「え? そんなことですか?」
「そんなことって…」
「それは、私のお母様が教えて下さったんです。正しい日本女性の有り方を」
「た、正しい日本女性?」

 アスカの説明を聞いて、シンジの声は思わず裏返っていた。
 意味不明の理由でアスカは、今のアスカになったと言う事実はシンジを驚かしていた。

「もしかして、アスカさんのお母さんって日本に住んでいたの?」
「それは、どうでしょうか。私がお母様から教わった時住んでいたのは、ドイツでしたから」
「へ?」
「ですから、お母様も日本のこと分かりませんでしたから……。ドイツ国内だけでなく、ヨーロッパ全体で集めた本などを読んで勉強したらしいです」

 

 そ、それが、そもそもの間違いでは……。
 なにも日本女性じゃなくても、普通の女の娘として育てれば問題無かったのでは……。
 僕は目の前に座っている何の疑いも無く育ってきたアスカさんを見て、そう思ってしまった。

 

 

 

 昼食が終わると、僕とアスカさんは遊園地のゾーンを離れて植物園のゾーンへとやってきた。
 メガパーク自慢の室内庭園では、様々な植物を見て回った。

 遊園地ではしゃいでいたアスカさんも魅力的に映ったけど、植物園のように穏やかな場所にいるのも彼女には似合っている。
「シンジさん。珍しい花ですね」
「そうだね。日本の花じゃないね」
 遊園地での出来事を忘れたかのように、アスカさんは様々な植物を見て楽しそうにしていた。

 

「あ〜楽しかったですね」
 室内庭園で一通り見終わった僕達は、次へ向かう場所を考えていた。

「この時間帯だと、あんまり楽しむヒマないね」
「そうですね。時間はアッと言う間に過ぎて行きますね」

 アスカさんは嬉しかったのか、先ほどから笑顔を絶やさない。
 そうアスカさんの言う通り時間はあっという間に過ぎて行った。

 

 思いっきり楽しんだひとときの後…。
 最後の提案で、遊園地ゾーンに戻って、観覧車に乗ることにした。
 さすがに遊園地でも目立つ観覧車は、どこまでも登っていきそうなくらい大きなものだった。

「こうして、みるとここって広いですね」
「うん。始めて来たけど、凄い大きいね」
「きょ、きょう1日では回り切れませんでしたね…」
「う、うん……回り切れなかったね……」

 アスカとシンジの間に沈黙が流れる。
 その間も観覧車は頂上を目指して登りつづける。
 あたりは暗くなりかけていた。
 アスカとシンジの二人を照らすのは、わずかなアトラクションを照らす光だけだった。
 周りの空気がそうさせるのか、二人は何も言うこと無くジッと見つめつづける。

「あ、あの……」
 沈黙を先に破ったのはアスカの方であった。
「な、なに?」
「できればですけど……。また今度来て見ませんか?」
「……う、うん。アスカさんで良ければ何度でも来て楽しもうよ」
「今度こそ、あの棒のやつに乗りましょうね」
「ええ〜。それはちょっと……」
「うふふ。冗談です」

 観覧車が下りになる頃、アスカとシンジの乗ったゴンドラはいつまでも笑いが絶えることはなかった。
 今日、交した二人の約束を忘れない為に……。
 再び来る為に…。

 二人は笑いつづけていた。

 

<第4話おわり>


(2001年12月19日発表)

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