大和撫子アスカちゃん!

書いた人:しおしお

絵を描いた人:Yan


第3話「アスカ、踊る」

 

 

「これ、どう言う事なんですか!!」
「どうって、作戦なのよ」

 シンジは身を乗り出し、ミサトに抗議をする。
 シンジとて男の子、多少の恥かしさでミサトと暮らしているものの、ここに来てアスカと暮らす事になれば、益々恥かしさが増すと言うもの。
 先ほど、玄関先にてアスカが挨拶し、固まること数十秒。
 シンジは動けないで居た。
 そこへ、彼の同居人兼、上司である葛城ミサトが帰宅をしてきた時に、シンジは我に返る事が出来た。
 先ほどから、キッチンにてシンジは、ミサトへ文句を言い放つ。
 文句らしい文句は無いのだが、自分の知らない所で、事が起こるのが彼の逆鱗に触れたのか、いつに無くシンジは感情をミサトにぶつける。
 ミサトの方は、“シンちゃんにしては珍しい反応ね〜”などと思い、軽く聞き逃す。

「作戦? 惣流さんと暮らす事が作戦なんですか!?」

 もう一度、テーブルを叩きつけると、シンジはミサトを睨む。
 そこへ、マイペースに動く割烹着姿のアスカが、お盆の上に乗せているお茶の入った湯飲みをシンジとミサトの前に置く。

「碇さん。お茶です」
「あ、ありがとうございます」

 シンジは、アスカの丁寧な物腰にミサトに向けた怒りを、少しばかり静める。
 それに対しミサトは、マイペースで湯飲みをすすった後、それをテーブルに叩きつける。
 アスカとシンジは、その音を合図にミサトを注目する。

 

 二人が注目したのを確認すると、ミサトは極秘と判が押された書類をテーブルの上に投げるように置いた。
 アスカとシンジは、その書類に注目する。
 その書類には、先ほど敗北を喫した使徒の白黒画像が写し込まれている物であった。

「分裂する使徒のコアを同時に攻撃……。これが今回の使徒を倒す唯一の策……」

 ミサトは、書類を見つめるアスカとシンジ両名の表情を交互に見比べながら作戦の内容を話した。

 

 そして、そこで練られた作戦は……。

「そこで、二体のエヴァの動きを合わせないとダメなの…。つまり、完璧なユニゾンが必要なのよ」

 ミサトはメディアを差し出しながら、発言を続ける。

「だからこそ、シンジくんとアスカの生活のリズムを完璧に合わせなきゃ行けないの。意味分かる?」
「そんなの、わかる訳無いですよ」
「だからあ、シンジくんとアスカの生活のリズムを合わせる為に一緒に暮らしてもらうのよ」
「そ、そんなあ〜」

 慌てるシンジに対し、アスカは顔を真っ赤にして伏せている。
 モゴモゴと動かしている口の中では、言葉を繰り返しているらしいが、ミサトとシンジの二人の耳には飛びこんでこない。

 

 

 とにもかくにも、アスカとシンジはユニゾンの為の訓練をスタートさせる羽目になった。

 

 

 そして、その訓練内容とは……。

 

 

 

 

 

 ユニゾン訓練をはじめて早くも3時間が経過していた。
 三時間と言うと短く感じる人も居るかもしれない。
 しかし、人類の命運を左右するのだから、三時間と言えど時間は惜しい。
 それは、ミサトの声からでも推測される。

「はいはい、照れがあるわよ!!」

 ミサトの、手を叩きながら、ユニゾンの練習をしているアスカとシンジに声をかける。

「そうは言っても、無理ですよ〜」

 シンジの情けない返事が返ってくる。
 アスカは、何も言わず踊りの反復練習を行っている。

 

 そうミサトから出されたユニゾン訓練は、踊りである。
 ただ、普通の踊りではない。

 

 

「なんで、浴衣を着なきゃいけないんですか!」
「なんでって……盆踊りだからでしょ?」
「どうして、盆踊りなんですか!!」
「日本伝統の皆で躍るからでしょ?」

 シンジは、自分の着ている紺色の浴衣の襟元を掴みながらミサトに抗議する。
 ミサトはミサトでシンジに何を言われても無関心を装う。

「まあまあ、浴衣に合ってるじゃないのよ」
「だから、そう言う問題じゃなくて……」
「あら、でもアスカは何も言わずに練習してるじゃない」
「惣流さんも不満があったら何か言わないと…」

 ……と、シンジは隣で練習をしているアスカに話しかける。
 アスカの浴衣は、自身の綺麗な瞳と同じような青を基調としたものである。
 アスカは懸命に練習しているからなのか、シンジの話かけても、耳を貸さない。

「惣流さん?」
「あ…。す、すみません」
「いや、謝らなくても良いけど…。熱心なんだね」
「はい。盆踊りを本格的に躍るのは初めてですから」
「……楽しいの?」
「はい。楽しいです。碇さんは、楽しくないんですか?」
「え? あ〜、そ、そうだね。いや、そうじゃなくて…」

「ほら〜、アスカだって楽しんでるじゃない〜。シンちゃんも楽しまなきゃ〜」
「ミサトさん。これって誰のアイディアなんですか?」
「だれって…」
「作戦部長でしょ? ミサトさん」
「うっ……。そ、そうよ私が作戦部長よ。私が考えたんだからね。文句言わないように」

 本当は、自分のアイディアじゃないなんて言えない。

 

 

 そんなこんなで初日の訓練は終わった。

 

 

「こ、こんなに疲れたのは……こっちに来て初めてだ……」

 シンジはリビングに敷いた自分の布団の上に倒れるように寝転がった。
 そんなシンジの横を通り抜けるようにミサトが仕事用の赤いジャケットを着こみ出かける。

「あれ? ミサトさん何処かに行くんですか?」
「ああ、ちょっちね……。本部に行かなきゃ行けないのよ。明日も練習するから学校に行かないで良いからね」
「わ、判りました……」
「そうそう…」
「?」
「アスカに変な事しないようにね〜」
「み、ミサトさん!」

 シンジは顔を真っ赤にしてミサトに抗議する。
 そんな抗議を交わすようにミサトは出て行った。

 

 シンジが溜息をついたとき、アスカが話しかけてきた。

「あの、碇さん…」
「は、はい……」

 アスカの格好は眠る前なのだろうか、いつもの着物とは違う感じがする薄手の着物を身に着けていた。

「あの……。生活のリズムを合わせないと行けないんですよね」
「う、うん……。そうだけど…」
「あ、あの……。わ、わたくしは…。その…」

 アスカは恥ずかしそうに顔を赤くしながらシンジの前にて正座した。
 シンジは思わず息を飲んでしまっていた。

 

 惣流さんは、僕の布団の横に自分の布団を敷いた。
 なるほど、寝る場所を一緒にしないといけないって事か……。

 

 

 そう、アスカが提案したのはリズムを合わせる為に寝る場所もいっしょにしないと行けないと言う事。
 先ほどシンジがリビングに布団を敷いたのは、自分の部屋をアスカに明渡した為である。
 シンジが自分の部屋に帰るとき、自分の部屋の前の物置の扉が開かれていた。
 その時、シンジはアスカに荷物の謎を聞いた。

「ええ、そこはわたくしの部屋にしようかと…」
「へ?」
「ええ、ですから、この部屋に住まわせてもらおうと…」
「え? でも、この部屋…物置だよ」
「判ってます。ですから、済めるように整理していたんです」
「だったら、僕が物置使うよ」
「え、で、でも……。碇さんは、碇さんの部屋がございますし」
「惣流さんは女性なんだから、この部屋を使う必要無いよ。僕の荷物をここに入れてリビングで寝れば良いんだし」

 シンジなりの優しさなのだろうか、自分の部屋をアスカに渡すことにした。
 それゆえにリビングにて、シンジは一人で寝る筈であったのだが。
 今、リビングには2組の布団が敷かれている。
 これは、現実である。
 シンジは布団の上になぜか正座していた。
 何でも無いはずなのに、シンジの緊張感は増してしまう。

 な、何を緊張するんだ。
 ただ、普通に寝るだけじゃないか……。
 な、何があるって言うんだよ……。

 

 

 結局その日は何も無かった。
 何も……期待してないからな。
 なにも……。

 その日もユニゾンのトレーニングが続いた。
 しかし、なかなか上手く行かないもので、僕と惣流さんの息は全く合わない。
 どうすれば息が合うんだろうか……。
 今の問題はそれだけだった。

 

「やっぱり照れてるわね」
「……そりゃあ、てれますよ」

 特訓の様子を見ていたミサトは、ポツリと言葉を漏らす。
 シンジとてミサトに抗議らしきものをしてみる。
 しかしミサトは聞く耳持たず、話を続ける。

「でも、それじゃあ訓練にならないわよ。なんとしても、シンジくんとアスカの息を合わせないと使徒にやられちゃうのよ」
「わかってますけど……」

 ミサトの説明にもシンジは不服そうな発言をする。
 その反応を待っていたように、ミサトはある提案を試みる。

「判ってないわね。それで、目標を設定します」
「目標?」
「そう、明日近所の神社で夏祭りが開かれるの。そこで盆踊り大会に参加してもらいます」
「はい?」
「盆踊り大会でペアで出てもらうの」

 そう言うと、ミサトは大学ノート程度の大きさの色紙をだした。
 夏らしい水色の紙に印刷された文字には“盆踊り大会”と書かれたいる。
 用紙の上半分には、太鼓やぐらを中心にして躍っている浴衣姿の人々の絵が描かれ、下半分には内容などが書かれている。
 その内容を斜め読みしたシンジは、ビックリした表情を見せる。

 

「ええ〜」
「抗議は受けないわよ。ユニゾンを完成させるには、そうするしかないの」
「他に方法無いんですか! これって晒し者じゃないですか!」
「晒し者って、恥かしいの?」
「そ、そりゃあ……」
「そんなんじゃ、息を合わせて使徒を倒すなんて無理よ。いいえ、不可能です」
「そ、そんなオーバーな……」
「オーバーじゃ有りません! とにかくアスカとユニゾンを完成させなさい!」
「は、はあ……」

 

 とは言ったものの……。
 アスカさんと息を合わせてユニゾンかぁ…。
 そう簡単に出来たら苦労しないけど……。
 女の子と息を会わせるのなんて……。

 

 

 シンジは面倒だと思いながらも、時間は過ぎ行くもので、あっという間に翌日になった。

 アスカとシンジは、近所の神社へ来ている。
 太鼓の音が遠くに聞こえながら、二人は夜店の通りを歩いている。
 無論二人は浴衣姿であり、盆踊り大会に出るためである。

「日本の祭りって初めてです」
 アスカは珍しいものを見るように夜店を見て回る。
 シンジの方はやる気が余りないのかアスカについて歩く程度である。

「シンジさん。タコ焼きって何ですか?」
「え?」

 アスカは夜店のたこ焼き屋の前で立ち止まってシンジに聞く。

「このたこ焼きです。たこを焼いているんですか?」
「まあ、間違ってないと思うけど……。説明するよりも買って食べた方が判り易いよね」
「え? わ、わたくしは、別に催促したわけじゃ……」
「いいよ。たこ焼きくらい僕が買うよ。ひとつを二人で食べようよ」
「え、あ……はい……」

 シンジのさりげない一言に、アスカは一瞬にして何かを想像したのか、真っ赤な顔になってしまった。

 

「はい、惣流さんどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」

 アスカは爪楊枝がを手に取り、丸い物体を指すと口の中へ運んだ。
 すると、真っ赤な顔をして慌て出す。

「あふい、あふいです……」
「あ、出来立てだから気をつけて食べないと…」

 シンジはアスカの変わりように驚いて、近くの夜店でジュースを買ってくる。

「はふはふ……」
 アスカは目を白黒させながらたこ焼きを食べる。
「惣流さん。ジュース飲んで……」
 シンジからジュースを手渡されると、アスカはほんの少し口に含んだ。

「ふう。びっくりしました」
「大丈夫?」
「はい。熱かったですけど美味しいですね」
「じゃあ、僕も食べようかな」
「お皿持ちましょうか?」
「ううん。大丈夫だよ」
 シンジは先ほどのアスカと同様に爪楊枝を突き刺し、たこ焼きを口に入れる。
 アスカよりは慣れているのか、慌てる事無くたこ焼きを食べる。

 そして、お互いに譲り合いながらたこ焼きを食べた。
 皿が空になると、シンジは近くのごみ箱に投げ入れた。

「あ、碇さん……」
「え? なんですか?」
「ソース口についてますよ」
「え?」
 アスカに言われてシンジは浴衣の袖で拭こうとする。
「あ、待ってください」

 しかし、シンジをアスカは制する。
 アスカは自分の袖から手ぬぐいを取出すと、シンジの口の周りを拭き取ろうとする。

「あ、ああ……」
「ジッとしてて下さい」

 シンジは何も言えないままに、アスカに口の周りを拭き取ってもらった。
 アスカが拭き取り終えると、シンジは真っ赤な顔をしていた。
 シンジの様子に、アスカは少し疑問に思いながらも、手ぬぐいで自分の口の周りを拭いた……。
 その時、初めてシンジが顔を赤くしている理由に気づいた。

「あ……。こ……その…」
 シンジの口の周りを拭いた手ぬぐいで、自分の口の周りを拭いてしまったアスカも真っ赤になってしまう。
 同じ場所で拭いていた訳ではないものの、自分の行為にどきどきしてしまう。

 

「盆踊り大会出場希望者の方は、会場までお越しください……」
 お互いに沈黙がながれたものの、それを終わらせる様に、盆踊り大会の開始受付けのアナウンスが流れる。

「あ、参加しにいかないと……」
「え、ええ…。そうですね……」
 シンジが声をかけると、アスカは声を上ずらせながら返答した。
 先ほどのたこ焼き屋での出来事で妙に緊張してしまった二人。
 はたして、二人は上手く踊れるのでしょうか……。

 

 

 シンジとアスカの順番が回ってきた。
 緊張しているふたりは、なぜか歩くテンポも同じである。
 周りの観客は微笑ましそうに、中学生のカップルに注目する。
 しかし周りの人達の状況と全く違うアスカとシンジの二人。

 さきほどから、何故か御互いの目を見る事が出来ない。
 かなりの緊張感の中、二人は踊り出す。

 

 だがここまで、成功した事が無い踊りだけに、上手く行くはずも無い。

「あ、すみません」
「ご、ごめん」
 どうにもこうにも失敗続きで、御互い謝りっぱなしである。
 そしてとうとう……。

「きゃぁぁ!!」
「うわぁ!!」
 テンポがずれた踊りをしてしまった為と、周りをしっかり見てなかった事が重なって二人はぶつかってしまい転倒してしまった。
 転倒しても音は、そのまま流れ続けている。

 

 ぼ、僕のせいで……。
 踊りが上手く行かなかったんだ……。
 ど、どうしよう…。

 わ、わたくしの責任で…。
 碇さんの足を引っ張っちゃった……。
 どうすれば良いの……。
 恥かしくて……もうだめです……。

 

 自分たちが失敗した事に動転しつづける二人。
 シンジはふと周りを見まわすと、笑いながら見ている周りの観客と、自分の責任だと落ちこんでるアスカの姿が視界に飛びこんできた。

 

 で、でもここで惣流さんを助けないと……。
 うん、そうしよう。
 女の子を助けるのは男の役目だもんね……。

 シンジは何かを決意したように立ちあがると、アスカの傍まで近づく。
 アスカは落ちこんでおり、シンジが傍に立っている事に気が付かない。

「惣流さん……」
 シンジが声をかけるも、アスカは呆然としている。
 責任感が強い為なのか、失敗が堪えている様子である。
 シンジは息を呑むと先程よりも強い口調で話しかけた。

「アスカさん!」

 シンジの呼ぶ声にアスカは驚いた様に、肩を飛び跳ねさせながら、返事をする。

「ひ、はい!」

 そして、アスカはゆっくりとシンジを見る。
 周りの淡い光に照らされたシンジの顔は少なくともアスカから見れば、エヴァに乗っている時のシンジの真剣な表情に見える。

「まだ終わってないよ。しっかり踊ろうよ」
「え……」
「遠慮があったんだよ。だから、もう遠慮しないから……」
「……は、はい……」
「惣流さんって呼んでるからテレがあったんだと思う。だからアスカって呼ばせてね」
「……そ、そうなると……わたくしは…」

 アスカはシンジの言いたい事に気づいたが、まだテレが残っている。
 シンジはアスカが言う前に、自分の口で言う。

「シンジで良いよ。遠慮する必要無いから……」
「は、はい!」

 照れを吹飛ばしたアスカとシンジは、先ほどまでと打って変わり綺麗に踊りだす。
 さきほどまで笑っていた周りの観客も、感心した様子で踊りを見る。

 

 アスカとシンジは、踊り終えた後会場の隅で他の参加者の踊りを見ていた。

 アスカはシンジの横顔を間近で見ながら、何かを言いたそうな表情になる。
 その視線に何となく気づいたシンジは、アスカの方を見る。

「どうしたの?」
「あ、あの……名前……呼んで良いんですよね」
「え……。う、うん……」
「そ、そうですか……」
「迷惑だったら呼ばなくても良いよ。僕が勝手に言い出した事だし……」
「そ、そんな事無いです。わ、わたくしも…呼ばせていただきます……」
「い、良いの?」
「はい」

 アスカは満面の笑みでシンジに返事をした。

 参加者が全員踊り終わり、表彰式が始まった。
 アスカとシンジのペアは、一度踊りを止めた事もあってか、良い点数ではなかった。
 しかし後半見せた踊りの息が合っていてその点で評価されたのか、敢闘賞を貰った。

 

 

 

 盆踊り大会が終わり、通常の祭りに戻っていた。
 アスカとシンジは夜店が並ぶ、道を仲良く歩く。
 敢闘賞と言う事で貰った目録を大事そうに持ち歩くアスカ。

「賞を戴いて良かったですね」
「うん、そうだね。何を貰ったの?」
「さあ、何でしょう?」

 アスカは周りの光にかざしながら、目録の封筒を見る。
 しかし中身は見える事無く、二人は一緒に石畳の道を歩く。

 そこへ、1枚のポスターが目に入った。

「花火大会……があるんですか?」
「そうみたいだね。今が8時半だから30分後には始まると思うよ」
「そうですか……」
「花火見たこと無いの?」

 シンジはポスターに興味をしめすアスカを見る。
 アスカはシンジの問いにすぐに答える。

「いいえ、ヨーロッパに居る時に、花火を見たことありますけど、日本のはまだ……」
「だったら、見ていく?」
「よろしいのですか?」
「うん。良いよ」

 アスカとシンジは花火の時間まで夜店を色々と見て回った。
 しかし楽しい時間と言うのは、あまり続かない。

 

 先ほどから星の見えなくなってきた空から、雨粒が落下してきた。

 二人は空から落ちてくる雨粒から避けるように、庇の下へと回避した。

「雨だね……」
「……降り続きそうですね」
「うん……そうだね」
「花火は……行われないんですか?」
「どうだろう……。この雨だと……」

 二人が話している間も、雨は次々と強く降り出した。

「残念ですが、この度の天候の為に花火大会を中止させていただきます……」

 無常にもアナウンスが流れた。

「中止になっちゃいましたね……」
「うん……。そうだね……」
「帰りましょうか……」
「うん……」

 二人は寂しそうに、家路についた。
 シンジは帰り際傘を購入してアスカに手渡した。
 アスカは、残念そうな表情を見せながらシンジから受取った傘を広げて歩いた。

 

 

 

 数日後……。
 盆踊りで息が合ったアスカとシンジは見事に使徒を倒す事に成功した。

 その帰り際……。
 電車に乗ってアスカとシンジは家路につく。
 ネルフ本部近くでは、未だに戦後処理が行われている。
 駅に降りた時、アスカの前を歩くシンジが突然振り向いた。

「ねえ。アスカさん、先に帰っててくれる?」
「え? シンジさんは?」
「僕は……。ちょっと寄って帰るから」
「そうですか?」

 疑問に思っているアスカをシンジは先に帰す。
 そして、シンジは何かを思ったのか、商店街の方へを走り出した。

 

 

 

 

 アスカがマンションについてから、30分ほどしてシンジが帰宅してきた。

 アスカが出迎えるとシンジは後ろ手に何かを持っている様子であった。

「お帰りなさい、シンジさん」
「ねえ。アスカさん」
「はい?」
「花火しよう」
「え?」
「ほら」

 シンジが、後ろ手に持っていた物をアスカに見せた。
 アスカは驚いた様子を見せる。
 それはシンジが買ってきた花火セットであった。

「し、シンジさん……」
「ほら……この間中止になった替わりに……ちょっと安っぽ過ぎるけど」
「ううん。そんな事無いです……

 アスカは花火セットを胸元で抱きしめる様にシンジに言った。

 

 

 マンションの駐車場
 アスカとシンジは先日の盆踊り大会のように浴衣に着替えていた。
 そして、誰も居ない駐車場で花火を楽しむ。

「綺麗ですね……」
「う、うん……」

 アスカと対面する様に花火を楽しんでいるシンジの頬が、ほんのり赤くなる。

 

 そこへ、放送が鳴り響いた。

『先日、中止になった花火大会をただいまから開始します……』
 中止になったはずの、花火大会が開かれる事になった。

 

「花火大会始まるんだ……」

 シンジは放送を聞いて、残念そうに言う。
 しかしアスカの返事は意外な物であった。

「でも、わたくしは、こちらの方が楽しいです」
「え……」

 アスカの返事にシンジは思わずアスカの顔を見た。
 喜んでいるのか、憂いているのか、アスカの顔はやさしく微笑んでいた。

「わ、わたくしとシンジさんの花火大会はここでしか行われてませんから……」
「そうだね……」

 大きな花火が鳴り響く中……。
 アスカとシンジは、小さな花火を囲んで楽しんでいた。

 大きな花火を背景に……。

 二人だけの花火大会は続いた。

 

<第3話おわり>


(2001年12月9日発表)

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