大和撫子アスカちゃん!
書いた人:しおしお
絵を描いた人:Yan
第2話「アスカ、初登校する」
太平洋上の船の出来事から、週をあけて月曜日…。
シンジは、週末に起きた出来事を思い出すように、空を見上げながら中学校へ向けて歩いていた。
そう言えば……。
惣流さんって、同い年だったような……。
ちょっと変わった娘だったなぁ。
そう言う印象しか残ってないや。
同い年だったら中学校にも来るのかなあ。
でも、同じ学校な訳ないよね。
僕が教室に到着すると、既にトウジがやってきていた。
トウジは僕が席につこうとする時、僕の前の席を拝借して座ってきた。
「センセ。おはようさん」
「おはよう、トウジ」
「そういえば、おとといは大変やったなあ」
「ははは、そうだね」
トウジは天井を見上げながら、おととい有った出来事を思い出している。
そういえば、トウジもケンスケも居たんだよね……。
ごめんね、途中で忘れてて……。
だって、赤いプラグスーツを見られたくなかったし…。
「やろ? そう言えば、あのねーちゃんは、どうなったんや?」
「惣流さんのこと?」
「そやそや、惣流はんや。変わった格好しとったなあ」
「トウジ……。気に入ったの?」
「ちゃうちゃう、ワイは……な」
トウジがなにか言いかけた時、学内放送のアナウンスが鳴り響いた。
『2年A組の学級委員長は速やかに職員室まで来てください』
「なんや、委員長、呼ばれとるで」
トウジが僕の席の斜め後ろに座っている、学級委員長……洞木ヒカリさんに話しかけた。
委員長は、真っ赤な顔をして、まるで怒っている様にトウジに言い返した。
「判ってるわよ。いちいち言わないでよね」
「なんやと! 人が親切に言うとるのに、その態度は何やっちゅうねん」
「あっかんべーだ」
「かー、いけすかん女やなあ。あんな女に惚れる男は、おらんじゃろうの〜」
トウジは再確認する様に、委員長が出ていった扉を見ながら文句を言う。
どうしてトウジと委員長は、仲悪いのかなあ……。
「なあ、センセもそう思うやろ?」
「え? 僕?」
「委員長に惚れる男なんておらんよな? な?」
「ははは……。どうなんだろ……。いないのかなあ……」
「ほやろ? センセもそう思うやろ?」
「でも、案外委員長みたいな人が良いって言う人も……」
僕がそう言いかけると、トウジは突然机を叩いた。
それにビックリしてると、トウジは顔を僕に近づけて低い声で出した。
「お・ら・ん・よ・な」
「う……うん」
僕はその迫力に頷くしかなかった。
だって……逆らえそうにないし……。
そう話していると、授業の呼び鈴が鳴り響いた。
他のクラスメート達は席につき始めていた。
トウジも一番後ろの自分の席に移動する。
そういえば、委員長は呼び出されたまま帰ってこないけど……。
なにかあったのかな……。
トウジは無関心を装っているけど、しきりに委員長の席をみているのが判る。
ケンカ相手が居ないと寂しいのかな…。
そう思っていると、教室の前の扉が開いた。
担任の先生に続いて委員長が入ってきて、さらにその後に、誰かが入ってきた。
委員長の後に入って来た人は、紅茶色の長い髪に、着物、はかま姿……。
あれ? どこかで見たぞ……。
……。
「ああ!!」
僕が思わず大声を上げてしまったので、クラスメイトの注目を集めてしまった。
「あ、碇さん。同じクラスでしたか…」
見た目とは違い、日本語を丁寧に話す……。
そう、惣流さんだよ…。
惣流さんが転校してくるのは良いよ、なんで着物、はかま姿なの?
アスカは、黒板へ横書きで名前を書く。
名前を書き終えると、くるりと長い髪をなびかせてこちらを向いた。
そして、ふかぶかとお辞儀をして、挨拶をする。
「わたくしの名前は、惣流・アスカ・ラングレーです。お見知りおきを御願いします」
その自己紹介に教室内は、にわかにざわつき始めた。
男子は、アスカの容姿を見て、一瞬呆気に取られていたものの、嬉しそうな顔つきに変わっていた。
一方女子は、アスカを好意的に見ている人と、嫉妬心を持っていそうな人も居る様子である。
「それでは、惣流さんの席は、あそこの空いている……碇君の隣に座ってください」
「はい、わかりましたわ」
担任に席を教えられると、アスカは教壇から席へ歩き始める。
アスカが通りぬける度に、男子から溜息にも似たような声が漏れる。
女子はそんな男子をみてウンザリしたような顔になる。
「碇さん、よろしくおねがいしますね」
「あ、う、うん……」
アスカのにこやかな笑顔にシンジは、おされ気味になってしまう。
そんなシンジの気持ちを知ってか知らずか、アスカに話しかけられたと言う事で嫉妬の目で見る連中が多い。
そんなこんなで、朝のSHRが終わりを告げると、一時間目までの準備時間の間を転校生の質問タイムに移行していた。
アスカの席の周りには、待ってましたとばかりにクラスメイトが取り囲む。
その勢いに、アスカは戸惑いの表情を見せる。
シンジは席から離れ、トウジの傍に移動している。
その場に何故かヒカリが居るのは、ご愛嬌。
3人は、惣流人気に呆気に取られていた。
その呆気に取られていた空気から、最初に元に戻ったのはヒカリである。
「ねえ、碇くん。惣流さんって変わった人ね」
「そ、そうかな」
「そういえば、知ってる様子だったけど、惣流さんに会ったことあるの?」
「う、うん。おととい…トウジ達と……」
「鈴原も?」
「なんや、会うとったらアカンのか?」
「別にそうじゃないけど……」
ヒカリはトウジに言い放たれ、言う事が出来なかった。
シンジはそんな二人を不思議そうに見ながらも、アスカのことも気にかかっていた。
ふと、アスカの方を見ると、なにやら困った表情になっている事に気づいた。
「委員長。惣流さん…困っている様に見えるけど……」
「え? あ、本当だ。仕方無いわね……」
シンジに声をかけられると、ヒカリはアスカの周りにいる群衆を追い払うことにした。
群衆は委員長である、ヒカリに逆らう事を諦めたのか、アスカの周りは静けさを取り戻していった。
「ありがとう、ございます……。えっと確か洞木さんでしたよね」
「そうよ、さっきも言ったけど、このクラスの委員長をしてるから、困った事が有ったら私に言ってね」
「はい。ありがとうございます」
この二人は先ほど、ヒカリが職員室に行った時に、担任からよろしく頼むと紹介されていた為に、顔は合わせていた。
ただアスカが人見知りしやすかったからなのか、ヒカリの顔をまともに見ていない事を彼女は思い出していた。
しかし、アスカは記憶が良い為にヒカリの事を覚えていた。
放課後
シンジとアスカは、リニアの駅からネルフ本部への道のりを歩いていた。
アスカは、シンジの三歩ほど後ろを歩いている。
「惣流さんって凄い人気だよね〜」
「そ、そんなことありません。おそらく、転校生が珍しいのでしょう」
「そうかなあ。転校生が珍しいだけじゃないと思うけど……」
「え? なにかおっしゃられましたか?」
「ううん。なんでもないよ」
「そうですか?」
シンジは、立ち止まると後ろを振り返った。
それと合わせるかのように、アスカも立ち止まる。
「あのさあ…」
「はい、なんでしょう」
「どうして、後ろ歩くの?」
そう、先ほどからアスカはシンジの後ろを歩いている。
シンジが意図的に歩く速度を速めようが、遅くしようが、アスカはそれに合わせるように同じテンポで歩く。
そんな歩きのペースに、シンジは若干のイライラを感じた様子である。
シンジの表情とは別にアスカは、涼しそうな表情を浮かべている。
「歩いては、いけないのでしょうか?」
「いや、そう言うわけじゃないけど……。話しにくくないかなあ」
「わたくしは、構いませんけど……」
「……そうなら良いんだけどさ……」
そう言うとシンジは再び歩き出した。
アスカも、それに習う様に歩き出す。
なんか、話しづらいな……。
う〜ん、惣流さんってやっぱり変わってるよなあ…。
「そう言えば、変わった服だね」
「え? そうですか? 日本の女学生は、着ているものと思いましたけど」
惣流さんは、不思議そうに自分の服装を見まわす。
僕からにして見たら、思いっきり不思議に見えるんだけど……。
「え〜っと、今は制服が多いからね。着物は滅多に無いような……」
「そうですか? 日本の女性は着物を愛用していると勉強しましたよ」
「だ、だれから?」
「ドイツ支部の人達からです。EUにある資料を集めていただいて勉強したんですよ」
そうアスカが先ほどからシンジの後ろを歩いていたのは、ネルフドイツ支部にて間違った教育を受けたに他ならない。
アスカは、男性の後ろを歩くのが、日本女性の慣わしと学んでいるために、シンジの後ろを付いていくように歩いていたのである。
そして、その間違えた日本の知識にシンジは、こめかみに薄っすらと青筋を浮かべながら歩く。
ま、間違ってる。それは間違ってる。
誰だよ、惣流さんに間違った日本を紹介したのは……。
だから、ずれちゃったのかなあ……。
僕は、知らない誰かを責めることにした。
そんな僕の気持ちを笑うように、使徒接近の警報が鳴り響いた。
海岸線沿いにエヴァンゲリオンの初号機と弐号機を配置した。
初号機は、パレットガンを持ち準備体制を整える。
それに対して弐号機は、なぎなた状の武器を両手で握り締め、刃を足元へ下ろし、構えを取る。
チルドレン双方とも、海中から現れるであろう、使徒を待ちつづける。
「来ますわ」
アスカが呟くとともに、海面が盛り上がり、使徒が姿を現した。
使徒の容姿は、人型をしているものの首は無く、頭部と思しき部分が胸に当る位置にある。
「先に行きますわ、御願いします」
「う、うん」
なぎなたの先を使徒へ向けながら、弐号機を走らせた。
初号機は、弐号機を援護する為にパレットガンの弾を連射する。
使徒はATフィールドで、パレットガンの弾を次々と弾き飛ばした。
使徒の防御が初号機からの攻撃に向けられるのを利用するように、弐号機は飛びあがると、なぎなたを振り下ろした。
弐号機により一刀両断された使徒は、切り口をさらけだした。
シンジは、使徒のあっけなさに呆然としていたが、今回は弐号機が勝っているのだろうと納得しようとした。
しかし、その考えは油断を呼ぶこととなる。
使徒の切り口は一瞬にして再生し、2つとなって復活した。
アスカは、使徒に背を向けてしまっている為に気が付かない。
そこで、シンジは叫んだ。
「アスカ!」
「え? そ、そんな…名前で呼ばれるなんて……」
アスカは、シンジに呼ばれて顔を真っ赤にして照れてしまった。
その様子に、シンジも何故か顔を真っ赤にしながらも叫ぶ。
「ち、違うよ! 使徒が、使徒が……!」
「え?」
アスカが振り向くと、弐号機の傍まで迫っていた。
驚いている暇も無く、弐号機は使徒に足を捕まえられると海中へと投げ出される。
助けようとした初号機も、あえなく使徒に惨敗する結果になった。
散々な結果を出してしまい、シンジとアスカは総指令が出張の替わりにいる、冬月にこってりと絞られた。
こってりと絞られ、意気消沈となってしまったシンジは、表情を暗く沈ませながら、コンフォートマンションへ帰っていた。
とりあえず、対策を立てるのだそうだ。
そのためにシンジは、自宅待機を命じられる。
リニアの駅から、シンジが今現在住んでいるコンフォート17マンションへと続く道すがら、シンジは考え事をしていた。
モチロン、この度の戦闘結果のことである。
負けちゃったか……。
そういえば、この間の四角い使徒との戦闘も一度、負けちゃったんだよな。
命を取られなかっただけマシだったけど、いつかは本当に命を落としても不思議じゃないよな……。
次こそは負けられないと言う事か…。
そして、疲れ切ってマンションへ帰りついたシンジの目の前に、異様な光景が広がっていた。
マンションに、いるはずの無い女性。
その女性が玄関先にて、正座をして待っていた。
そして、丁寧に親指、人差し指、中指と、三つ指をついてシンジの帰宅を出迎える。
「おかえりなさいませ、碇さん」
「は?」
シンジが玄関に入った時に、出迎えた女性…それは…。
「そ、惣流さん? なんでここに?」
そう、同僚であり、クラスメートである惣流・アスカ・ラングレーが碇シンジを出迎えていた。
アスカの格好は、いつもの着物と袴姿の上に割烹着を羽織、頭には、三角巾を巻いている。
シンジは、アスカの格好を見て、口をパクパクと開けたり閉じたりを繰り返した。
そして、アスカの一言がシンジをさらに驚かせる。
「御世話になります」
「ええー!?」
アスカの口から飛び出した、言葉にシンジは思わず叫んでしまった。
シンジの叫び声は、空しく響いた。
<第2話おわり>
(2001年11月29日発表)