このところ非正規問題や派遣切りが注目されているが、無論大学にとっても、よそごとではない。ずっと以前から大学は非常勤の教職員によって支えられて、なんとか運営されてきた。とくに非常勤職員は、その大部分が女性である。
京都大学は来春から時間雇用職員を大量解雇しようとしている。2010年度には、5年の雇用期限を迎える100名ほどが解雇される予定であるという。
京都大学における非正規職員問題は、すでに70年代から顕在化してきた。臨職と呼ばれる総長発令、部局長発令などによる定員外職員が劣悪な待遇の改善を求めて闘っていた。80年代には京大保育所では、すでに保育士の3年雇用という有期雇用が常態化していた。単に3年で辞めるという契約をしたからというだけの理由で、こどもたちが馴染んだ先生が職場を追われるという不条理を目の当たりにした。
私自身も1年雇用の非常勤講師、そして内規による任期が存在していた助手になり、その後に「いつまでも居座ると後輩の邪魔になるから」という理由で、助手を首になった。仕事がなくなるわけではないのに、職を去らねばならない無念を身をもって経験した。それは不条理な暴力に襲われたような、納得の行かない経験であった。
1994年に、当時東南アジア研究センター所長であった矢野暢氏が私設秘書に繰り返してきたセクシュアル・ハラスメント行為が、センター女性教職員たちの勇気ある告発によって明るみにでた。当時京都大学女性教官懇話会代表であった小野和子さんは、検査入院の病室で新聞記事によってこのことを知り、ただちに行動に出た。そして矢野氏から、被害者や弁護士とともに弁護士の名誉棄損で告訴されて裁判闘争に立たされることになるのである。この裁判の詳しい経過は資料とともにまとめられている。(小野和子編著『京大・矢野事件-キャンパス・セクハラ裁判の問うたもの』。
http://wan.or.jp/modules/b_wan/article.php?lid=3585
また、被害者の甲野乙子さんの著書『悔やむことも恥じることもなく-京大・矢野教授事件の告発』も参照されたい。)
http://wan.or.jp/modules/b_wan/article.php?lid=3740
定年を前にそれまでの研究をまとめようとしていた時期に、小野さんは躊躇なくこの問題に関わり、裁判を闘った。たくさんの女性たちが裁判に結集し、キャンパス・セクシュアル・ハラスメントの社会問題化に大きく貢献した。京都大学女性研究者支援センター編『京都大学男女共同参画への挑戦』には小野さんの回想も含めて、この数十年を振り返る貴重な証言が寄せられている。
http://wan.or.jp/modules/b_wan/article.php?lid=679
しかし、本書に掲載されている実態調査報告からも明らかなように、非常勤職員の大部分が女性であることは矢野事件のころと変わっていない。劣悪な労働条件の女性たちに「下支え」される大学の教育研究体制は相変わらずであり、この膨大な底辺の改善こそは大学における男女共同参画の前提条件であろう。女性労働力を都合のいい「下支え」として利用する体制が大学において当然視されるかぎり、けっして女性が教育研究の対等なパートナーとして位置づけられることはないだろうからである。
新聞が報じるように、京都大学では当事者の組合が正門前で座り込みをつづける一方、教職員の動きも始まり、5年任期制度の見直し申し入れが当局に対して行われたという。女性教官懇話会が長く活動を続け、実態調査も行われている京都大学とは異なり、多くの大学では同様の状況があっても実態すら把握されていないのが実状である。女性を安く使い捨てなければ維持できない教育研究体制を問い直すことは、京都大学に限らず、すべての大学における男女共同参画の課題である。
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