読者の方が、銀の鬼のエピソードで「押絵と旅する男」がモチーフになってましたね、面白かったですよと言ってくださいました。
いや〜すごいですね。よくお気づきになりましたね。
そうですね、おっしゃる通りかもしれません。
銀の鬼目覚めで本の絵の中に飛ばされた少女ってところは乱歩の「押絵と旅する男」の影響もありますね。
スティーブン・キング「ローズ・マダー」の影響も受けました。
でも、そうやって二次元を定員オーバーにしてしまったら、同時にこちら側にも
やって来る者があるはずだというのが純粋な私の発想です。
ある意味で強く望んでいる存在が来てしまう!というね。
思い出すな、思い出すな…と十年はそのころ強く念じてしまっていたんです。
千年前の五百部の存在をね。
だから紫の少女と交換されるように、そいつはやってきてしまったわけです。
そしてそれは神罰でもあります。
せっかくの自分たちの不思議な力を、半ば腹いせのために使ったからです。
十年をコントロールすべきだったふぶきもまた、無意識にある紫の少女への憎悪を払いきれなかったからです。
だからその後十年とふぶきは、邪悪の五百部の現実化した存在である風祭によって翻弄され愚弄されていきます。
そしてついにカタストロフィーが…。
というのが今発表されている巻までのあらすじです。
さあ、十年とふぶきの愛は神罰を乗り越えられるでしょうか?
私はそういう奇妙な仕掛けを考えるのが大好きなんです。
今作画進行中の新作にも、また違う意味での奇妙な仕掛けが出てきます。
銀の鬼はそんな魔法のストーリーだと思ってください。