―― なるほど、そこでまたさっきの疑問に戻ってしまうのですが、そこでもやはりミステリーという軸は外したくないわけですね。そっちの軸にSFや恋愛小説といった、別のジャンル小説の要素を入れることは、米澤さんなら可能だと思うのですが。
米澤 外したくはないですね。なぜかといえば、ミステリーも書きたいことだからです。デビュー以前に投稿をくり返していたころは、必ずしもミステリーだけを書いていたわけではありませんし、いろいろなものを書きたかったことは確かです。ただ、あまり気が多くなるよりも、何か一つの道を選んだほうがいいとは思っていまして、意図的にミステリーという手法を選択したわけです。逆にお聞きしたいのですが、その制約を外すべきだと思われますか?
―― 現段階では思わないですね。なぜかといえば、読者を牽引するための仕組みとしては、ミステリー以上に魅力的なものはないと思うからです。今は多くの非ミステリーの小説に、ミステリーのアウトラインが流用されている。その要素を含んでいないエンターテインメントを捜すほうが逆に難しいくらいです。「じゃあミステリーを書けばいいじゃん」と私も思いますね。他のジャンルにちょっと浮気するくらいなら、今のままで行ってもらいたいという思いはあります。
米澤 ミステリーという揺籃の中で守られていると言われないようにがんばります(笑)。
―― ミステリーファンとしては嬉しいですが、作家は基本的になにを書いてもいい職業だと思いますので、この先お書きになりたいテーマが出てきて、ミステリーではないスタイルの小説の方が書きやすいということがあったら、それはそれで書いていただきたいと思うんです。それは、メソッドを替えるという技法上の問題ですから。
米澤 はい。もちろん、ミステリーを中心に読んでいる方たちに「これは純粋なミステリーとして読んでもたいへんおもしろい」と言っていただきたい思いはあります。ただ一方で、これまで米澤穂信を支えてきてくれた読者層は、基本的にはミステリーにあまり興味のない若い人たちが多いということも確かなんですよ。ですから、その両方に楽しんでもらいたいと思っています。
―― 私は、青春小説としての米澤作品の美点は、ミステリー小説であるがゆえの清涼な感じがあることだとも考えています。
米澤 清涼感ですか。
―― 米澤さんの小説では、リビドーであるとか、心中の葛藤だけではなく、謎解きという行為も描かれている。そのことによって読者は、小説と距離感を持つことができるのだと思うのです。これは大事なことで、年少の、たとえば十代の読者にとっては、対象との距離を置くことは非常に難しい課題です。難しいからこそ、共感を抱いたものに対して過度の思い入れを持つことがあるわけですが、その逆のケースもあって非常に自分が御しにくい。〈古典部〉〈小市民〉両シリーズでは、読者と登場人物の距離感が計算して書かれていて、容易に重ね合わせることができないようになっている。
米澤 それはあると思います。ただ、それだと迫り来るリアリズムに対して「そっち方面は怖いから」っていう防壁のようにミステリーを使っている風にも聞こえますね(笑)。
―― あ、そうか。ちょっと言い方が悪いですね。
米澤 いえいえ、そういうニュアンスにも聞こえるというだけですから。でも特にそこは狙ったことではなかったんです。これは笠井潔先生と対談したときにもお話したんですが、スポーツをテーマにした青春小説があると。たとえば百メートルを何秒で走れるか、ということに打ち込む小説があるわけです。水泳でもテニスでも、他のどんな行為でもいいんですが、そうしたものの比喩として探偵行為があるわけで、必ずしも現実との対決を避けるための予防線を張ったわけではないんです。ただ、現実のそういう生臭い部分をもう少し書けよ、という声が『秋期限定』で出てきてもおかしくはないかな、と思っていますが。
―― 男女が付き合っているのに何もないはずはないだろう、というような。
米澤 はい。ただ、この小説では特にそうした場面を書く必要はなかったですね。
―― 必要があったら、書いていたと。
米澤 そうですね。その辺のことを一歩踏み込んだものを書かないのかと言われれば、ここ二、三作ではないと思いますが、その後何かを書く可能性はあります。
―― こだわるべきポイントにはまだなっていない、ということなんでしょうね。私は、そういう生臭い要素を書かないと青春小説として完全じゃない、とは思わないんです。そういう部分を差し引いて書かれた小説でも、きちんと書ききれているものは多い。逆に、セックスしたり、暴力描写があったりといったどろどろを書いたからといって、現実に接続した青春小説になるとも思えませんしね。
米澤 それは本当にそうだと思います。
―― 小説が現実に接続するにはどうするかといえばやはり、小説でしかできないような書き方で、現実の一部分を切り取ってみせるということしか、手はないですよ。
米澤 これまでの作品が成功しているかどうかは、ちょっとわからないですけどね。自分では、このまま作風が完全に固まったとも思っていないので、今後どういったものを書いていくか、考えていきたいと思っています。