留学生政策 大学が中心に 企業、日本語学校と連携を(09.01日本経済新聞)

留学生政策 大学が中心に 企業、日本語学校と連携を

労働人口減少 対応迫られる

政府は留学生30万人計画を掲げ、海外からの留学生増に本腰を入れ始めた。留学生問題の現状と課題を、横田雅弘・明治大学国際日本学部教授に寄稿してもらった。

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留学大国の米国はもちろんのこと、今、各国は留学生の受け入れ拡大にしのぎを削っている。

ヨーロッパは、1970年代後半から、大々的に域内各国で大学生を循環させている。欧州統合を成功させるには、制度を作るだけでなく、それを実際に運営する「ヨーロッパ人」の育成が欠かせない。他国の事情を直に経験した人材が必要なのである。

 

人材の獲得競争

アジア諸国は、頭脳流出を抑え、逆に急速な経済発展に必要な人材を外から獲得するために、欧米の先進的な大学カリキュラムを丸ごと誘致したり、共同で学位を授与する制度を開発したりするなど、熾烈(しれつ)な人材獲得競争を展開している。

留学生の送り出し国としてみなされてきた中国も、今や日本を凌駕(りょうが)する受け入れ国になりつつあり、世界各地に約200もの孔子学院を設置して、戦略的に中国語・中国文化の浸透を図る。

経済のグローバル化に伴い、英語力や多様性がますます重要になってきたが、多文化主義を標榜(ひょうぼう)するオーストラリアは、英語カリキュラムを武器に、短期の語学留学から移民にも通じる長期滞在の留学生受け入れにまで便宜を図り、「留学産業」を輸出サービス部門の第3位に押し上げた。

日本は、80年代に留学生受け入れ10万人計画を掲げ、アジアにおける経済大国の責任を、「教育を通した援助」という形で実施してきた。しかし、今日では経済と教育のグローバル化は一体となり、留学生政策は国を挙げての国際高度人材獲得・育成政策へと変化している。

日本はこうした世界情勢への対応が著しく遅れたが、少子高齢化と労働人口の減少という課題が、大学と経済界に対応を迫っている。福田康夫首相が提唱した「(2020年)の留学生受け入れ30万人計画」は、まさにこの問題意識から発したものだろう。

そこで、この計画の実現に必要な政策について、5点述べたい。

最初に、そもそもこの30万人というのはどういう「留学生」を指すのだろうか。

 

「留学生」の定義

留学人口の拡大は、留学形態の多様化をもたらし、3カ月というようなごく短期間の留学にも充実したプログラムが登場してきた。しかし、現在のところ日本の留学生数は、文部科学省が学校基本調査の調査時点とする毎年5月1日の在籍者数である。これは学期が4月に始まり、長期間の留学が前提の時代には妥当であったが、短期留学や9月受け入れが増えた現状にはマッチしない。

私たちの調査では、1年未満の短期留学生は、公表値(8千人)の倍にあたる1万6千人だった。短期も含む年間を通した受け入れ実態を把握しないと、多様化した留学形態に対応できない。

世界的に見れば、留学生の定義はばらばらだ。しかし、経済協力開発機構(OECD)は、永住者なども含む外国籍の学生という静的なとらえ方だけでなく、どれほどの学生が勉学のために国境を越えて移動したかに注目した動的なとらえ方も必要になってきたと述べ、前者を「外国人学生(foreign students)」、後者を「留学生(international students)」と区別しようとしている。

これまで日本では、日本語学校で学ぶ学生を「就学生」として、大学等で学ぶ「留学生」と区別してきた。しかし、日本語学校の在籍管理は今や大学以上に厳しく、カリキュラムも整ってきた。そして何より留学生の6割以上は元日本語学校生である。両者を統合的に「留学生」というくくりで把握し直し、より柔軟な視点で留学をとらえる時期にきている。

留学生をこのように再定義すれば、現在の日本の留学生数はおよそ15万人となり、30万人計画は倍増計画を意味することになる。

第2に、それでも、10万人の受け入れにもあえいでいる大学の受け入れ現場からは、「30万人などとても無理」という声が聞かれる。だが、結論から言えば、大学入学前(日本語学校)と在籍期間(大学)と卒業後(企業)に一貫性のある強い連携が生まれるならば、達成は可能だろう。

それには、大学が中心となり、この連携を推進すべきではないか。というのも、30万人の日本語教育に学内だけで対応できないのは明らかで、日本語学校との協力体制が必須である。

卒業後についても、留学生は学位を求めて留学するわけではなく、日本での就職も視野に入れている。企業にとっても、世界の若者を生かすことは、グローバルな経営環境に適合する戦略だろう。国際人材育成と国際化に対応する組織の自己変革において、産学連携が一層期待される。

 

公的認証機関を

第3点は、高校や大学の学位・成績を認証評価する公的専門機関の設置である。大学が世界中の応募者から寄せられる卒業高校・大学のレベルと各種証書の偽造を自前で判別するのは、専門性と労力の点からいって非合理だ。先進諸国はみなこのような機関をもっているのに、日本にないのはいかにも残念だ。

4番目の点は、省庁を超えた意思決定のできる組織である。留学生の受け入れは人の受け入れであり、学業だけでなく生活から法務、経済、外交とすそ野は広い。国策として30万人を掲げるならば、オールジャパンの一貫した政策がなければ、様々な齟齬(そご)をきたし、しわ寄せは立場の弱い留学生にのしかかる。今こそ、縦割り行政を排し日本国としての政策を実施すべきである。

最後は、大学に突きつけられた課題である。留学生の問題はアカデミックなものから生活にまで及び、教職員への負担も大きい。大学の執行部は、現場の声に耳を傾けつつ、将来を見通して日本語学校や産業界、地域社会と連携した制度を整え、この問題についてはミッションを明確にしトップダウンの意思決定が不可欠である。