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東京都議選は総選挙の前哨戦として注目を浴びたが、民主党圧勝という結果は当然ながら首都の施政の構図を大きく変えた。都議会で自民・公明の与党体制ができて30年、初の過半数割れである。石原慎太郎知事のかじ取りにも影響を与えずにはおくまい。
石原知事は「総選挙の前相撲にされ、大迷惑な結果になった」と述べた。選挙結果が都政への不信任であるという見方を否定したわけだ。
確かに、朝日新聞の都民への世論調査では52%が知事を支持している。今回の投票行動をまるごと石原都政への批判とは言えない。だが、知事と二人三脚で走る自公体制の足場が崩れてしまったことも事実である。
与野党で主張が割れている政策については、見直しが必至となろう。
日本の台所・築地市場の移転問題について、民主党は「強引な移転に反対」と都議選のマニフェストに明記した。移転予定地で高濃度の土壌汚染が見つかり、「食の安全」に不安を抱く都民も少なくない。白紙撤回も選択肢に加えた根本的な計画の練り直しが迫られよう。
知事の肝いりで設立され、ずさんな融資で多額の税金を失う結果となった新銀行東京を、いたずらに存続させる意味はもはやない。民主党もそう主張している。業務の整理縮小や事業譲渡を早急に検討するべきだ。
高い支持率と与党の数の力を後ろ盾にし、強力な指導力と果断な行動を見せてきたのが石原流の都政だ。先進的な環境政策など、その流儀が生きた取り組みもあった。半面、反対意見を封じ、独断専行に走りがちでもあった。
今後は「専断型」から「調整型」へ大きくかじを切らなくては、前へ進むことはできなくなろう。
この10年間、五輪誘致など世間の耳目を引く政策立案が目立った。これからは福祉、医療、教育など、生活の足元にもっと目を向けて欲しい。今回の選挙結果からそんなメッセージも読み取れるはずである。
知事は、次回知事選には出馬しない意向だ。残りの任期で、新たな境地を切り開いてもらいたい。
躍進した民主党にも、注文がある。これまでは知事の人気の前に独自色を発揮できず、野党と与党の中間の「ゆ党」とも揶揄(やゆ)された。今回は「野党」を大看板に掲げて支持を得たことを忘れてもらっては困る。
知事との対決も恐れずに公約を実現させる胆力が必要だ。実現可能な代案を提示することも、第一党の責務である。議会によるチェック機能を生かし、議論を積み重ねて政策を深めることができるはずだ。
国から地方への権限移譲、東京一極集中の見直しなど、首都が主導権を発揮すべき問題は山のようにある。
学びの場で悲鳴が上がっている。
3月末の時点で授業料を滞納していた大学生は1万5千人、高校生は1万7千人。奨学金貸与の申し込みが急増しているが、十分な枠がない。昨年度は8千人近い大学生が「経済的理由」で中退した。
義務教育である小中学校でも、給食費などの滞納が問題になっている。所得が低い家庭向けの就学援助制度は、10年前の倍近くが利用している。
授業料は高くなった。塾代もばかにならない。そこへ昨年来の深刻な不況。「進学はあきらめろと親に言われた」「教育費が心配で子どもをつくれない」。そんな声も聞こえる。
日本の公的な教育支出は、GDP比3.4%と先進国で最低のレベルだ。教育は親の財布でという考えも根強く、家庭の負担に任せる部分が大きかった。だが教育費の高騰と親の所得格差の拡大は、「教育の機会均等」という原則を根元から揺るがせている。
貧しい家庭の子は、学びたくても十分に学べない。学歴や学力の差は社会に出てからの所得格差に反映し、次の世代にもまた引き継がれてゆく――。そうなっては、日本社会の活力は大きく損なわれてしまうだろう。
教育は「人生前半の社会保障」といえる。その費用はできるだけ社会全体で分担すべきだ。財政支出を増やし、家庭の負担を減らす工夫をしたい。
さまざまな提案はある。文部科学省の有識者会合は、公立高校と私立高校の授業料の差額分を支給する制度や、低所得層向けの就学援助・授業料減免の拡充などを提言した。自民党は幼児教育・保育の無償化に前向きだ。民主党は、中学生までを対象とする子ども手当の支給や、高校の授業料無償化を総選挙のマニフェストに盛り込む。
教育支援は少子化対策、母子家庭支援、雇用対策など他の政策分野とも密接にかかわる。子育て家庭や若者の、どの世代、どの層が、どんな支援を最も必要としているか。文科省や厚生労働省など役所の垣根をとり払い、総合的な「こども・若者政策」として、優先順位をつけて取り組むべきだろう。
たとえば、幼い子を持つ親にとっては幼稚園・保育所がタダになるのもいいが、保育所の数が増えたほうがありがたいのではないか。
特に家計への負担が大きい大学段階では、返済の必要のない奨学金をもっと増やしたい。雇用不安の中、就職支援策にも力を注ぐべきだ。
進学率が98%に達した高校教育の位置づけも焦点だ。家庭の経済状況によって学びの機会が制限されないような支援が、強く求められる。
すべての子に希望を保障することは大人たちの責務だ。「ひとの力」のほかに日本の将来を支えるものはない。来る総選挙で、議論を深めたい。