斉藤守彦
(さいとうもりひこ)
1961年、静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、映画ジャーナリスト/アナリストに。「INVITATION」誌ほか、現在多数のメディアで執筆中。映画業界内の多種のデータを検証し、その卓抜とした切り口・語り口が多くのファンに支持されている。
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6月第4週の全国入場者数ランキングは、予想通り「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」が、全国120スクリーンという規模での上映にも関わらず、オープニング2日間で35万4852名、興収5億1218万200円をあげるスタートを切った。このオープニング成績は、興収20億円をあげた前作「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」対比182.64%と大きくアップ。前作が84スクリーンでのスタートだったことに比べて、今回は120スクリーンと30以上もスクリーン数が増加しており、特に都内上映館の数が増えていることが、興収の大幅アップにつながったと見るべきだろう。
前々回、「アニメ映画が開拓した、新しいマーケティングの可能性。」と題して、日本製アニメ映画の興行シチュエーションを検証した。中小規模のマーケット展開でありながら、逆にそうした要素が1スクリーンあたりの興収を高め、さらに固定ファンを持つ強みでショップの売り上げにも貢献していることを書いたが、今回の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」のヒットは、まさしくその新たな成功例と言えるだろう。
オープニング2日間での、1スクリーンあたりの興収は、実に426万8168円。昨今のハリウッド映画のブロックバスター作品が、拡大上映で派手なオープニング成績をあげるものの、1スクリーンあたりの興収を見ると100万円を下回っている例も少なくない。1スクリーンあたりの興収が低いということは、その作品の本質的な興行力が弱く、それをマーケティングの力で補っている。つまり、拡大上映と多額の宣伝費を用いた広告出稿で、作品の訴求力を高めようとしているのだが、そうした手段が以前より成果を上げていないのは、ご存じの通り。
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の、オープニング成績の1スクリーンあたり426万8168円という数値は、いかなるバリューを持つのか? マイ・データベースで同じような数値を検索してみたが、これがなかなか見つからない。試しに「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」が公開された2007年から今年6月までの、日本製アニメ映画のオープニング及び1スクリーンあたりの興収を集計してみた。すると「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」のそれはダントツ。 以下上位作品は、次のような顔ぶれになった。
こうして数字を並べてみると、改めて日本製アニメ映画の柔軟性というか、マーケット・サイズに左右されない堅実な集客力が見て取れる。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の場合は、「序」ともども1サイト1スクリーン上映、先行上映なしと指定されており(マスコミ試写さえなかった)、観客はその分飢餓感を煽られることになる。この、いわゆる「ハングリー・マーケティング」が成功のカギだ。「見たくても、満席で見られない」状況を作ることで、「なんとかして見たい」と思う。ましてや知名度のあるタイトルであれば、その度合いは高まって当然。120スクリーンという、多すぎも少なすぎもしない絶妙なブッキング数が、観客(になろうとしている人たち)の意思決定を背後からプッシュする。
映画館としては興収に加えて、ヱヴァの場合はショップでの関連商品売り上げが凄い。複数の興行関係者に聞いたところ、観客の約35%前後がパンフレットを購入し、約50%の観客が「入場料金以上の額のお買い物を、ショップでなさいます」という。
試しに上映スタート3日目の月曜日の夕方、新宿バルト9で「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を鑑賞したが、予想以上の混雑ぶりに驚いた。ショップの関連商品は、大半が完売。特にパンフは初日だけで在庫切れ、入荷の見込みも未定とのこと。これまた映画のマーケティング同様、飢餓感をかきたてる現象だ。
つくづく思う。
基本的に、この国の映画観客は、マゾヒストなのだなあ、と。「満席で見られません」ということになれば、なんとしてでも見たいと思う。シネコンが本格的に登場する前、我が国で映画をヒットさせるためには、限られたスクリーン数での上映を、長く続けてロングランに持ち込むしかなかった。なぜそれが可能になったのかといえば、「満席です」「お立ち見です」という表示にもめげず、強固な意志を持って、何度も映画館に足を運ぶ人たちがいたからだ。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」のマーケティングは、そうした“シネコン以前”の興行環境を再現し、作品の興行力に応じて、複数のスクリーンを使用する、シネコンの融通性を無力化してしまった。ただしこうしたハングリー・マーケティングも、手法そのものが目的化してしまうと、観客は逆上してサディストへと変貌する可能性があるから、その点の見極めは慎重であるべきだろう。
(斉藤守彦)
日本映画、疾走
「「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の展開は観客のM性と飢餓感を刺激する。」
シネマタグ〜週末はコレだ!
「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」
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