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麻生首相の異例の「解散予告」で、国会がなんとも間延びしたものになってしまった。
与党は、来週早々といわれる衆院の解散まで粛々と法案審議をしようと言う。野党は内閣不信任案こそ衆院で否決されたものの、参院で首相問責決議を可決し、早く解散せよと迫って審議拒否に入った。
与野党が合意しての「話し合い解散」ならば、法案を処理したうえでという運びになるのだろう。だが、今回は野党側の不信任案提出の動きに、首相が先手を打った。与野党が激しくぶつかり合うのは仕方ない成り行きだ。
本来なら即解散で、選挙戦での激突となるのが普通である。解散までの1週間の国会空転は、どうにも余計な空白と言うよりない。
さらに、8月30日という投票日は、解散から「40日以内に」という憲法の規定いっぱいの設定だ。首相はこれまで、総選挙先延ばしの理由として「政治空白は許されない」とあれほど言ってきたのに、わざわざ最も長い空白を設けざるを得なかった。
東京都議選での惨敗ショックから立ち直るため日にちをあけたい。そんな与党の事情に屈したわけだが、何ともわかりにくい妥協劇だった。
野党の審議拒否で、北朝鮮制裁のために検討されてきた貨物検査特別措置法案は、解散とともに廃案になる。
首相は、安全保障にかかわる重大な法案なのにその審議を投げ出すとは「考えられない」と、民主党など野党への非難のトーンを上げている。
だが、これは言いがかりに近い。首相自身が、都議選直後の衆院解散を思い描いていたからだ。それが実現していれば、特措法案がただちに廃案になることは承知していたはずだ。
日本は国連安保理で、貨物検査を含む制裁強化を主張した。決議を実行するための法整備は必要だが、今国会で断念することはやむを得まい。
法案は海上検査の主体を海上保安庁とし、「特別な事情がある場合」に海上自衛隊が限定的にかかわるとするなど、自衛隊を使うことに慎重な野党側にも配慮した内容になっている。
それでも「特別な事情」とは具体的にどんな場合なのか、自衛隊はどんな活動が許されるのか、国会は関与しなくていいのかなど、多くの疑問点が残っている。十分な審議もせずに、解散前に駆け込みで処理するより、選挙後の国会で仕切り直しする方がいい。
廃案になるのはこれだけではない。労働者派遣法改正案や障害者自立支援法改正案、児童ポルノ禁止法改正案など、国民生活にかかわる法案がいくつも消えてしまう。与野党協議が進んでいたものもあるだけに残念だが、総選挙後の新たな政権のもとで、よりよい内容をめざしたい。
国内で食品最大手のキリンホールディングスと2位のサントリーホールディングスが経営統合の交渉を始めた。実現すれば売上高3.8兆円と国内業界では圧倒的な規模の企業が誕生する。飲料メーカーとしてはコカ・コーラや世界最大のビールメーカー、アンハイザー・ブッシュ・インベブをしのぐ世界屈指の規模となる。
両社のビール系飲料の国内シェアは50%を超え、2位のアサヒビールの37%を突き放す。一昔前なら独占禁止法上の問題となったかもしれない。
だがグローバル競争の時代だ。輸入ビールが大量に入ってくる余地が開かれている。そもそもコンビニやディスカウント店など小売り側の価格決定力が強いこともある。公正取引委員会の審査を待たねばならないが、大きな障害にはならないのではないか。
90年代の「失われた10年」を経て国際競争力が低下した日本企業にとって、再編の多くは経営の弱さを覆い隠すためであり、世界的カネ余りで勢いを得た買収ファンドや海外の巨大企業による敵対的買収から身を守る手段だった。いわば「守り」の再編である。
キリンとサントリーの組み合わせはそれとは一線を画している。今の世界不況下でも飲料市場は堅調で、中でも両社は「勝ち組」だ。最近では敵対的買収も下火となっている。
同族経営で独特の企業色を持つサントリーと、手堅い経営のキリンとでは体質が異なる。計画の詳細はまだわからないが、このタイミングで、違いを超えてライバルと一緒になろうと動き出したのは、国内市場より海外市場を強く意識してのことと思われる。
日本の飲料メーカーは、携帯電話業界に似て、一種の「ガラパゴス化」を指摘されてきた。日本の厳しい消費者の要求にこたえて高品質の製品を多種類つくり、外国企業の参入を防ぎつつ市場を分けあってきたのだ。
だがその国内市場は人口減少に伴って先行きが厳しい。そこにいつまでも安住していては、企業としての成長の余地は限られてしまう。
両社はともにそういう危機感を抱いてここ数年、アジアや豪州で現地企業の買収に乗り出してきた。統合が実現すれば、国内での圧倒的な強さを背景にさらに投資体力が増す。アジア市場での事業拡大をもっと存分にできるようになるだろう。
世帯の可処分所得が年50万〜350万円くらいのアジアの中間層は、ここ20年で6倍以上に膨らみ、9億人規模と言われる。縮小する国内市場に引きこもらず、高成長のこの新市場を「わが市場」ととらえて活路を開かねば、日本企業の飛躍はあり得ない。
典型的な内需型ビジネスだった飲料業界の両雄がその先駆けとなれば、日本にとって心強いモデルになる。