麻生太郎首相は衆院選に関して与党幹部と会談し、21日の週に衆院を解散し、8月30日投開票で合意した。公示は8月18日となる。政権交代をかけた日程が、ようやく決まった。
自民党内には麻生首相が描いていた東京都議選直後の解散・総選挙は、惨敗した都議選の二の舞いになる、集団自殺だとの反発が強く、解散先送り論と麻生降ろしの動きが出ていた。首相は解散について「私が判断する」と繰り返していたが、都議選から冷却期間をおくことで、取りあえず自力解散の了承を取り付けたといえよう。
都議選で首相は、積極的に自民党候補者の事務所を激励訪問するなどしたが、結果は民主党が議席を大幅に伸ばして初の第1党となった。自民党は10議席減らして過去最低に並び、公明党と合わせても与党過半数の勝敗ラインを割り込んだ。
自民党にとって衝撃的だったのは、都議選で7カ所の「1人区」のうち、1人しか当選を果たせなかったことだ。残る6人は民主党が公認か推薦をしていた。2005年の前回衆院選では自民、民主両党が激突した小選挙区で自民党が圧勝したが、次期衆院選では逆の厳しい事態になりかねない。
総選挙の前哨戦と位置付けられた都議選での民主党の躍進は、有権者の東京から政治を変えようという思いが噴出したといえよう。政権交代を訴える民主党にとっては、政権奪取の確かな手応えであろう。
民主党など野党は、都議選の結果を受け、麻生内閣不信任決議案と麻生首相に対する問責決議案を衆参両院にそれぞれ提出した。不信任案は衆院本会議で与党多数で否決されるとみられるが、選挙戦をにらみ与野党の攻防は激化しよう。
自民党内では解散まで時間があることから、麻生首相では戦えないと麻生降ろしなど党内が混乱する可能性もあろう。だが、民意を問わず政権のたらい回しばかり行うようでは有権者の理解は得られまい。肝心なことは自民党が、政権交代を訴える民主党に対し、政権担当能力を担保したマニフェスト(政権公約)を示して違いを際立たすことができるかどうかだ。
首相は「政局より政策」を繰り返し、経済危機に対応したが、効果ははっきりとみえていない。細田博之自民党幹事長は「政府与党の政策を丁寧に説明していく」と、記者団に衆院選に向けた方針を語った。有権者に夢を与えるマニフェストでなければ支持は得られまい。
脳死論議が盛り上がっていた1980年代終盤から90年代にかけ、「社会的合意は蜃気楼(しんきろう)にすぎない」という意見があった。人の死の定義についてはさまざまな意見があり、そもそも国民一致の「合意」を求めるのは無理とするものだ。
医療関係者のほか法律や宗教家ら幅広い専門家を交えた脳死臨調などで激論が戦わされ、その中から生まれたのが、臓器を提供する場合のみ脳死とする現行の臓器移植法だった。ぎりぎりの「社会的合意」だったといえるだろう。
「脳死は人の死」とする改正臓器移植法(A案)が参院本会議で可決、成立した。臓器提供の年齢制限を撤廃し、本人が生前に拒否の意思を明らかにしていなければ家族の同意で臓器移植が可能になる。
15歳未満の子どもからの臓器提供に道を開き、提供者(ドナー)の数も増えると予想される。移植でしか助からない患者や家族にとって朗報だ。しかし審議は十分に尽くされたのか疑問が残ると言わざるを得ない。
実質的には約3カ月という短期間の議論で、死の定義を一気に越えた。政局混乱のさなかで法改正を急いだ感が否めない。議論の中身も現行法成立時のような濃密さが感じられない。
改正法が抱える問題点も多い。脳死を一律に人の死とすることは終末期医療の現場にも影響を与えるだろう。ドナーの意思を尊重するとはいえ、提供拒否の場合は必ずその意思を表明しておく必要が生じる。親族への優先的な提供と移植医療の公平性をどう折り合わせるかの論議も未消化のままだ。
医療現場での子どもの脳死判定、被虐待児の紛れ込み阻止、救急現場や移植コーディネーターの体制整備など、投げかけられた課題は多い。
(2009年7月14日掲載)