昭和62年度

 第2章 個別の検査結果

  第1節 所管別の検査結果

   第10 労働省

    意見を表示し又は処置を要求した事項


労働者災害補償保険の遺族補償年金等の受給資格者の認定について意見を表示したもの

会計名及び科目 労働保険特別会計(労災勘定) (項)保険給付費 (項)労働福祉事業費
部局等の名称 労働省
給付の根拠 労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)
給付の種類 (1)遺族補償年金(業務上の死亡の場合)、遺族年金(通勤による死亡の場合)
(2)遺族特別年金
給付の内容 (1)業務上又は通勤途上の災害により死亡した労働者の遺族に対する保険給付
(2)遺族補償年金又は遺族年金に付加して支給される年金
支給の相手方 2,843人
上記に対する年金額の合計 (1)遺族補償年金及び遺族年金 3,685,000,400円
(2)遺族特別年金 468,425,200円

  上記の遺族補償年金等の支給対象となる受給資格者の認定に当たっては、死亡労働者の収入がなければ通常の生活水準を維持することが困難となるような関係、すなわち生計維持関係が常態であったか否かにより判断して行うこととされているが、死亡労働者との同居の事実を確認するだけで受給資格者と認定しているため、死亡労働者との間に必ずしも生計維持関係があったとは認められない死亡労働者の孫又は祖父母が受給資格者と認定されている事態が見受けられた。

  これは、改正(昭和40年)前の労働者災害補償保険法による遺族補償費が、生計維持関係にあった者のほか、生計を一にしていた者も対象にしていたこととの均衡を図る要があったことなどから、生計維持関係の判断を経過的に緩やかに解釈、運用してきたことなどによると認められる。

  したがって、労働省において、遺族補償年金及び遺族年金の受給資格者の認定に当たっては、生計維持関係の判断を実質的に行うこととするなどして死亡労働者によって真に生計が維持されていた遺族を対象とするよう制度の見直しを図り、もって遺族補償年金等についてそめ趣旨に沿った支給を行う要がある。

 上記に関し、昭和63年11月29日に労働大臣に対して意見を表示したが、その全文は以下のとおりである。

労働者災害補債保険の遺族補償年金等の受給資格者の認定について

 貴省では、労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号。以下「労災保険法」という。)の規定に基づき、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に関し、必要な保険給付を行うとともに、被災労働者の社会復帰の促進、被災労働者及びその遺族の援護等のため労働福祉事業を実施している。そして、労働者が死亡した場合、当該死亡労働者の遺族に対し、長期の保険給付として遺族補償年金(業務上の死亡の場合)又は遺族年金(通勤による死亡の場合)(以下これらを「遺族(補償)年金」という。)を支給するとともに、労働福祉事業として、遺族(補償)年金に付加して遺族特別年金を支給しており、これらの昭和62年度における支給額は、遺族(補償)年金1157億9625万余円、遺族特別年金182億1024万余円となっている。

 上記の遺族(補償)年金を受けることができる遺族(以下「受給資格者」という。)は、労災保険法の規定により、死亡労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹であって、「労働者の死亡の当時その収入によって生計を維持していたもの」とされており、夫、父母又は祖父母については55歳以上、子又は孫については18歳未満、兄弟姉妹については18歳未満又は55歳以上であることなどの要件を満たす者となっている。そして、この受給資格者のうち受給権者として遺族(補償)年金を受ける者は、配偶者、子、父母、・孫、祖父母、兄弟姉妹の順における最先順位者となっており、その額は、給付基礎日額(補注1)に受給資格者の人数に応じた所定の日数(補注2)を乗じて得た額となっている。 また、遺族特別年金は、労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)の規定により、遺族(補償)年金の受給権者に対し支給されるもので、その額は、算定基礎日額(補注3)に上記遺族(補償)年金の場合と同一の日数を乗じて得た額となっている。

 そして、遺族(補償)年金の支給を受けようとする者は、遺族(補償)年金支給請求書に、死亡労働者の収入によって生計を維持していたことを証明する書類等を添付して所轄の労働基準監督署(以下「監督署」という。)に提出することとなっており、監督署では、その記載内容及び事実関係を調査確認のうえ受給資格者、受給権者等を認定して支給の決定を行い、支給することとなっている。 この認定要件の一つである前記「労働者の死亡の当時その収入によって生計を維持していたもの」の取扱いについてみると、昭和41年以来、貴省労働基準局長通達(昭和41年基発第1108号)により、原則として「労働者の死亡当時においてその収入によって日常の消費生活の全部又は一部を営んでおり、死亡労働者の収入がなければ通常の生活水準を維持することが困難となるような関係(以下「生計維持関係」という。)が常態であったか否かにより判断すること」としている。

  しかして、今回検査した北海道労働基準局ほか15労働基準局管内(注1)の監督署が支給の決定をした遺族(補償)年金及び遺族特別年金の62年度における支給額は516億7134万余円及び82億1102万余円となっており、これらの62年度末における受給権数は38,640件であるが、このうちには一般に死亡労働者に直接扶養される場合が少ないと思料される死亡労働者の孫又は祖父母が受給資格者に含まれているものが2,843件(これらに係る遺族(補償)年金36億8500万余円(うち、孫・祖父母相当分(注2)13億6154万余円)及び遺族特別年金4億6842万余円(うち、孫・祖父母相当分1億6974万余円))あった。

  上記2,843件のうち、60年度から62年度までの間に支給事由が発生した631件中、死亡労働者の孫又は祖父母が上記の16労働基準局管内に居住しているもの311件(これらに係る遺族(補償)年金4億1667万余円(うち、孫・祖父母相当分1億4219万余円)及び遺族特別年金5357万余円(うち、孫・祖父母相当分1818万余円))について、死亡労働者の孫が受給資格者となっている269件にあってはその親、死亡労働者の祖父母が受給資格者となっている42件にあってはその子(その配偶者を含む。以下同じ。)の所得等の実態を調査したところ、うち282件(これらに係る遺族(補償)年金3億8161万余円(うち、孫・祖父母相当分1億2778万余円)及び遺族特別年金4900万余円(うち、孫・祖父母相当分1660万余円))は、労働者の死亡の当時、親子三世代が同居しており、当該孫(249件)の親、当該祖父母(33件)の子は、給与所得者又は事業所得者等として相応の所得を得ており、それぞれ扶養者として孫、祖父母を扶養控除の対象としている状況であった。したがって、これら孫又は祖父母は、その親又は子との間においては生計維持関係があったとしても、死亡労働者との間においては必ずしも生計維持関係があったとは思料されないのに、監督署においては、生計維持関係について所得等の実態に基づく実質的な判断を行うことなく、一律に住民票等による死亡労働者との同居の事実の確認を行うだけで受給資格者であると認定している状況であった。

  しかしながら、一般に、親子三世代が同居し、その中間の世代が健在で相応の所得がある場合、家計の中心は当該中間の世代であり、仮に世帯員の一部(例えば祖父母や孫)が生活費の一部を分担しているとしても、それは援助的な性格のものであって、それにより他の世帯員の生計が維持されているとは通常は解されず、上記のように単に同居の事実のみをもって孫又は祖父母について死亡労働者と生計維持関係があったと認め、遺族(補償)年金の受給資格者であると認定して支給の決定を行っているのは、労働者の死亡による被扶養利益の喪失を補てんし遺族の生計を維持するために支給されるものである遺族(補償)年金等の趣旨に沿わないものと認められる。そして、以上のことは、死亡労働者の兄弟姉妹が受給資格者となっている場合も同様であると思料される。なお、厚生省所管の厚生年金保険における遺族厚生年金の場合も、それを受けることができる遺族については、遺族(補償)年金の場合と同様に、死亡者との間の生計維持関係の有無を判断の基準としているが、その取扱いについてみると、死亡者の孫又は祖父母については、その両親又は子が死亡、別居、障害等の状態にあるため、それぞれ死亡者である祖父母又は孫の収入により生計を維持しているときに限定して生計維持関係があると判断している状況である。

  このような事態を生じているのは、遺族(補償)年金は、昭和40年の労災保険法の改正前には一時金(一律に平均賃金の1,000日分)の遺族補償費として支給されており、これを受ける者は、配偶者が第1順位とされ、子、父母、孫及び祖父母であって死亡労働者と生計維持関係のあった者又は生計を一にしていた者(同一世帯で、共同の計算で生計を営んでいる者)がこれに次ぐものとされていたが、上記の改正によりこれが年金化された際、受給資格者は死亡労働者と生計維持関係にあった者に限定されたものの、上記改正前の取扱いとの均衡及び労働基準法(昭和22年法律第49号)による遺族補償が生計を一にしていた者についても対象としていることとの均衡を図る必要があったことなどから、前記労働基準局長通達において、「生計維持関係が常態であったか否かにより判断すること」とする原則的な取扱いを定める一方、この判断に当たり留意すべきこととして、「遺族が死亡労働者の収入によって消費生活の全部又は一部を営んでいた事実が認められる限り、当該遺族と死亡労働者との間に「生計維持関係」があったものと認めること。なお死亡労働者が当該遺族と同居し、ともに収入を得ていた場合においては相互に生計依存関係がないことが明らかに認められる場合のほかは当該遺族は、死亡労働者の収入によって消費生活の全部又は一部を営んでいたものと認めること」とするなど、受給資格者の認定に当たっての判断基準である生計維持関係について、これを経過的に緩やかに解釈、運用することとしたものが、そのまま現在に至っていることなどによると認められる。

  ついては、貴省において、死亡労働者の孫、祖父母又は兄弟姉妹についての遺族(補償)年金の受給資格の認定に当たっては、労働者の死亡当時の遺族の所得、扶養関係等から生計維持関係の判断を実質的に行うこととするなどして、死亡労働者によって真に生計が維持されていた遺族を対象とするよう現行制度の見直しを図り、もって遺族(補償)年金等についてその趣旨に沿った支給を行う要があると認められる。
よって、会計検査院法第36条の規定により、上記の意見を表示する。

(注1) 北海道労働基準局ほか15労働基準局  北海道、青森、岩手、秋田、神奈川、新潟、福井、長野、静岡、愛知、兵庫、島根、岡山、愛媛、福岡、熊本各労働基準局

(注2) 孫・祖父母相当分  年金額から、孫及び祖父母を受給資格者から除外して計算して得られる年金額を控除した額

(補注1) 給付基礎日額  原則として、災害発生前3箇月間に労働者に支払われた賃金の総額をその期間の総日数で除して得た額

(補注2) 受給資格者の人数に応じた所定の日数  受給資格者が1人の場合153日(当該受給資格者が55歳以上の妻又は労働省令で定める障害の状態にある妻にあっては175日)、2人の場合193日、3人の場合212日、4人の場合230日、5人以上の場合245日

(補注3) 算定基礎日額  原則として、災害発生前1年間に労働者に支払われたいわゆるボーナス等の特別給与の総額を365で除して得た額

 

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