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社説

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8・30総選挙―ずいぶん待たされました

 来週早々に衆院を解散し、国民に信を問いたい。投票日は8月30日としたい。麻生首相が与党執行部にこんな総選挙日程を示し、了承された。

 たび重なる先送りの果てに、首相がようやく決断した日程は9月10日の衆院議員の任期切れの間際となった。事実上の任期満了選挙である。

 思えば昨年9月、福田前首相のあとを引き継いだ麻生氏は「私は逃げない」と、就任直後の解散を思い描いていた。それがここまでずれ込むとは、夢にも思わなかっただろう。

 最大の誤算が世界同時不況の到来だったことは間違いない。だが、その対応に追われる一方で、この10カ月、首相自身の政策判断の迷走や失言、閣僚らの不祥事が相次いだ。

 もう少し待てば、選挙で勝てる見通しが開けるかもしれない。そんな期待と、政権から自民党が滑り落ちることへの恐怖。この二つに翻弄(ほんろう)された10カ月でもあった。結局、就任直後の内閣支持率が最も高かったというのは皮肉と言うよりない。

 今回の決断にしても、首相にとってのベストにはほど遠い。党役員人事の頓挫、静岡県知事選の敗北、東京都議選の歴史的大敗と失点が続いた。

 視野に置いていた8月初旬の選挙には与党内の理解が得られず、かといって時機を待てば「麻生おろし」の強風に倒されかねない。そんな不安にかられての窮余の策だったのではないか。

 首相の指導力がこんなにも弱々しいものになってしまった理由は、はっきりしている。

 参院選で野党に多数を奪われて以来のこの2年間で、安倍、福田と2代続けて首相が政権を放り出した。その後の麻生氏が何よりも優先すべきは、総選挙で民意を問うことだった。

 そこから目をそむけたままでは、いずれ政権運営が立ち行かなくなるのは当然のことだった。

 与党執行部の了承を得たものの、この日程で自民党内の「麻生おろし」が鎮まるかどうかは定かでない。だが、総裁選を前倒しし、「選挙の顔」を取りかえたところで、有権者の評価ががらりと変わるはずもない。2年で4人目の首相というのは無節操に過ぎる。

 ここは冷静に、腹をくくって政策で勝負するしかないのだ。

 民主党も浮かれてはいられない。

 これまで一度も政権を担当したことがないのだから、政権交代が現実味を帯びれば帯びるほど不安を覚える有権者は増えてくる。政策ばかりでなく、それを実行するための具体的な政権運営の仕組み、姿を説得力ある形で示さねばならない。

 有権者にとっては、待ちに待った政権選択の機会がやっと見えてきた。これからの各党の一挙一動に目を凝らし、しっかりと吟味していきたい。

臓器移植法―残されたこれだけの課題

 日本の移植医療が大きく変わる。

 いまの臓器移植法では、脳死の人からの臓器提供は、提供者本人の書面による意思表示を必要とするなど厳しい条件が課せられていた。

 参議院本会議で改正臓器移植法(A案)が可決、成立し、本人の意思がわからなくても家族の同意があれば、臓器の摘出ができるようになった。

 現行法の下ではできなかった脳死の子からの臓器提供も可能になる。心臓などの移植を受けるには海外へ渡るしかなかった子どもたちや親にとっては、待ち望んだ法改正に違いない。

 97年に施行された現行法は3年後に見直されるはずだった。立法府がようやく答えを出したことになる。

 しかし、解散含みの国会運営の中、結論が急がれた面は否めない。この改正案には、いくつもの疑問や懸念が対案や修正案などの形で出た。衆参両院での審議を通じてそれらが解消されたとは、残念ながらいえない。

 施行にあたっては、そうした問題点に目配りする必要がある。今後、柔軟に、法を見直すこともあってよい。

 脳死移植は、それによってしか助からない人がいる一方で、提供者の死を前提とするという側面を併せもつ。自らの死をどのように迎えるか、家族の死をどう受け入れるか、という一人ひとりの死生観が絡むので、人々の理解と支持なしには進まない。

 最大の懸念は「脳死は人の死」が前提とされていることだ。審議では、臓器移植の際に限られるとされたが、改正法に、それを明言した記述はない。この「死の定義」が移植を離れて独り歩きし、終末医療の現場などに混乱を招くおそれもある。政府は法の運用にあたって、この定義が移植の場合に限られることを明確にすべきだ。

 本人の意思をめぐる課題もある。改正法は臓器提供を拒否する権利を認めるが、拒否の意思が事後にわかるといった事態はあってはならない。提供であれ拒否であれ、意思表明の機会を広げる工夫が必要だ。これは、今回の対案などで強く支持された、本人意思の尊重という現行法の基本的な考え方にも応えることになろう。

 また、提供に同意するかどうか判断を委ねられた家族に、心理的な圧力が及ばないようにすることも大切だ。

 一方、法改正以前の課題として重要なのは、医療現場、とりわけ臓器提供に当たる側の態勢づくりである。

 子どもの移植には、大人とは違う脳死判定への配慮や、虐待を見分けることなど、大きな宿題が残っている。

 審議を通じて、救急医療の充実や、提供者の家族のためのみとりの時間、心の支援の必要も浮かび上がった。これは厚生労働省の務めだ。

 こうした地道な努力を重ねてこそ、移植医療は定着していく。

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