人の死の定義を変えるだけではない。脳死と判定された場合に、臓器を提供するかどうかに本人の同意が不要となる。本人が望めば親族に優先的に臓器を提供することさえ可能となる。
13日に参院で可決され、成立した改正臓器移植法(A案)は、現行法とは理念が大きく異なる。
本来なら、腰を落ち着け、これまでの事例や法改正による影響を、細部まで検討した上で結論を出すべきだった。にもかかわらず、衆参両院での審議は駆け足だった。
人の命にかかわる法律として、拙速との印象がぬぐえない。衆院の解散時期をにらみ、理念よりも「廃案阻止」に動いたのだとすれば、無責任な態度との批判を免れない。
97年に現行法が成立するまでには、今回の改正法と同様の内容も含め、さまざまな考えが幅広く議論された。その結果、「脳死は人の死」と考えない人にも配慮した法律が制定された。
それから12年で人々の考えは変わったのか。毎日新聞の6月の世論調査では、現行法通り「臓器提供の意思を示している人に限って脳死を人の死と認めるべきだ」と回答した人が過半数に上る。
一方で、脳死状態となった15歳未満の子供からの臓器摘出について、親の承諾を条件に「賛成」と答えた人も過半数に上った。「本人同意」を前提とする現行法では禁止されている行為だが、今回の改正法では可能となる。「病気の子供を助けたい」という点では、人々の気持ちには沿っている。
ただ、脳死移植の場合は「臓器摘出される子供」にも配慮がいる。子供の脳死判定は大人に比べ難しいといわれる。判定基準をどうするか。虐待で脳死になった子供の臓器の提供を家族が承諾するケースもありうる。それをどう見極めるか。
大人でも子供でも、提供者側の支援の確保や、同意できる家族の範囲も今後の課題だ。臓器提供を前提としない場合、脳死判定で治療が打ち切られないかといった点も、改めて整理しておく必要がある。
法律が施行される1年後までに、国民が納得できる運用指針などを定めるのは簡単な作業ではない。特に「親族優先」は、移植の公平性を損なうだけでなく、倫理的に問題のある移植を誘発する恐れさえあり、抜本的な再検討が欠かせない。
今回の法改正の背景には世界保健機関(WHO)が渡航移植を制限するのではないかとの見方があった。これとは別に、WHOは生体移植や細胞・組織移植まで視野に入れており、法律に生体移植の規定を盛り込むことも検討課題だ。
毎日新聞 2009年7月14日 0時02分