元々の平岸1条13丁目の犬猫保護施設に新たに山形のニャンコ先生の妹が保証人になった犬猫保護施設
|
初めての山形の妹である ちどりが保証人になった犬猫保護施設は、当時豊平区平岸地下鉄霊園駅から3分の古い一軒家で、茶の間と寝室の6畳間の床が築50年前後の古家で床が落ちていた。
当然、何年も借主が無く耐震的にも物置として貸す以外は、法的に認められてない借家であった。
従って、寝泊りは禁止されニャンコ先生は、平岸1条13丁目の以前の保護施設に寝泊りしていたのであった。
当時のこの借家建物の画像は、次に借りた借家の全損壊事件でパソコンも破棄されファイルを失って無くなったのだった。
新篠津村施設から10月ころ札幌の新たに儲けた施設へ移転したが、その三ヶ月過ぎには既に「使用条件違反」での明渡しを家主から告げられ結果的には、翌年の3月に次の平岸4条16丁目の下記の画像の借家施設へと移転した。
この保証人も山形のニャンコ先生の妹 ちどりが引き受けたのだった。
何故、簡単に保証人を引き受けたには意図的な陰謀があったのだった。 |
ニャンコ先生の妹が二度目の保証人になった犬猫保護施設 |
|
|
この施設を借りる際には、動物愛護団体 犬猫救護センター「ニャンコ先生の家」として前回の借家と同様に、犬猫の治療や保護を目的として借りる契約をしたのである。
借りから貸主の家主も庭の水仙など採りに来たり可愛い仔犬が欲しいと何度も見学に来ていた。
契約に際しても「古くて床も一部落ちているし貴方が出たら壊す家なので自由に改造して使って下さい。」との話から喜んだのだった。
しかし、頻繁に保証人である山形の ちどりが遺産相続の電話や手紙が来るようになった途端に、家主の態度が変わったのである。 |
|
 |
|
その一年越した平成14年の春のことである。
突然、借家の大家の弟(小林)と言う男から電話が来た。
「そこの借家の建物の土地は、姉の土地で無いので家賃は支払わないで欲しい。」と言う電話だった。
その話を借家の家主にしたところ怒って、「黙って家賃を払っていればいい。」と言われた。
その後から大家に私は不信を抱き家賃を分割して様子を見ながら支払っていた。
間もなく大家から「犬猫の飼養に近隣が迷惑しているから契約違反で明渡して欲しい。」と札幌地裁に訴えられた。
大家との借家の使用問題で裁判沙汰になっていたが、結果として明渡して犬猫の保護施設を見つけたら引越しする事で和解した。
しかし、私と大家との間で移転先が見つかり次第明渡しする事で和解解決したはずなのに、何故か山形の妹が大家と保証人とて大家との話し合いをしていると言うのである。
そして、何通か妹から「保証人になった事から大家から損害賠償を訴えられている。」との手紙が来ていた。
それに対し私は、妹に対して「一切保証人には関係無い問題なので大家とは、係り遭わないで欲しい。」と答えていた。
|
|
その裁判が始まった時期から、身辺に何故か様々な事故が起き始めていた。
一番困ったのが犬猫救護車のマイクロバスのタイヤが頻繁にパンクさせられる事件が起きた。
そして全く関係無い山形の実家写真などが北方ジャーナルに出されたり、有珠山噴火災害での寄付金のネコババなどと中傷誹謗報道から、同じ嘱託記者によっての「老人の借家を占拠。」などと掲載した記事が出された。
裁判での無償明渡し和解が成立していたのに、別にその引っ越す前に妹夫婦が勝手に借家家主と話し合いしていると判った。
妹からの案で「150万円支払うから直ぐ、壊して構わないから壊して欲しい。」と家主に言った事が判ってきた。
何度か札幌へ山形から私に隠れて通って来て大家と組んで、出張している機会を謀り、勝手に建物ごと全ての家財道具から仕事上の機材や機器を全て壊したことが徐々に判ってきた。
その壊した日は、平成14年12月9日に実行し捨てたことが近隣からの話で判った。
壊される前の平成14年11月3日で全ての犬猫に関しては、既に別に借りた借家へ移動していたが仕事上の機材や事務用品、それに生活用品、家具などは、そのまま残っていた。
丁度、私は出張の仕事から帰ってから別に借りた事務所用のアパートへの引越しを予定していたのであった。
当然、その帰りの予定に合わせて電話回線に関しても移動を予定していた。
慌しく出張へ出掛け電話回線の移動に合わせ前日に間に合うようにと仕事を終わらせて札幌へ向かったのでした。
ところが出張からその前日の深夜帰ったことろ、既に借家の場所には積雪が30センチも積もって平地に変わっていた。
何もかも無くなり私は、頭の中が真っ白になった。
その時点から一転して全ての仕事のデーターも機材も無くし、仕事も出来なくなり生活用品や家具の大半を失ったのでした。
今まで依頼を受けていた仕事も止む無く放棄する形になってパソコンデーターを無くした事から報告書も提出不可能になったのでした。
当然、違約金の損害賠償の支払義務が生じ次々に違約金を支払う始末となりました。
そして、家出人捜索や盗難車探索の仕事以外の仕事を失った事から収入も激減し施設の犬猫へのエサ代も大変な状態に追い込まれたのでした。
この頃には、既に皆様からの支援金も誹謗中傷した記事を北方ジャーナルの嘱託記者 小笠原 淳 のお陰で少なくなり一ヶ月
2万円前後となりました。
そして次に借りた犬猫の施設にも、小笠原が大家や近隣に対して「ニャンコ先生に貸したら散々迷惑掛けられて大変な事になりますから、直ぐ明渡しを要求した方が良いよ。」と消し掛けられた。
それによって又、引越しを迫られ南区藤野から北広島へと移転させられた。
その後も更に、施設の犬猫への嫌がらせが続き盤渓の施設へと行き着いたのでした。
そこへ別海町の酪農家から全ての犬猫を引き受け一緒に世話ししようとの明るい話が舞い込み望みを託したのでした。
その人間は、私の施設から「太郎」と言う名の仔犬の里親になって貰った男でもあり酪農家なのに獣医医師の資格を取得しているとのことであった。
自称 小野寺 学 と名乗っていたが掲示板上に「遠くのご隠居」と言う男が現れると急に連絡が取れなくなった。
その男のホラ話から私は、何とか我が施設で保護している犬猫を全て別海町へ移動して新たに保護活動できると信じて更に、保護活動に励んでいたのでした。
その中には、現在も山形で保護している白石区から引き取った岩尾さんの三匹の老犬などが当時の犬達なのです。
それまでに引越し引越しと多額の失費を重ねさせられた上に、別海町の小野寺 学 に騙されたあげくさらに堂々と施設へ入り込んでの犬猫に対しての撲殺が始まったのでした。
やがて全てに行き詰まり支援者からも見放されたあげく最終的には、「遠くのご隠居」と小笠原 淳や盤渓の股貸し家主によって施設崩壊へ至ったのです。
やっと盤渓の施設から山形の実家へと移転させて来ては見たが父親の他界と札幌の借家全損壊に対する損害賠償の訴訟時効期限が重なって遅れたことから結果的に時効で請求が棄却されたのでした。
この損壊賠償請求事件が平成18年10月に時効による棄却判決下された上に、更に妹らによって父親や母親が監禁されてた上に全ての預金や多額の財産を奪い取られていたのでした。
その賠償裁判の中で家主が、ハッキリ「妹さんから150万支払うことで壊して欲しい。」と頼まれたとのことを大家が証言したことからも、平成5年ころからの放火事件やパンク事件など全ての一連の事件が妹夫婦と絡んでいたように思慮されて来たのでした。 |