栄光の黄金時代 1.5

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「臆病」の眷属には「臆病」しか集まらない

2009年07月11日 | 阿部日ケ〜ン(院政)を弾劾するシリーズ

 昨日の記事で、法華講員が阿部日君のことを「チキン(臆病)」呼ばわりされていることで、もう一点大事なことをはっきりさせたいので、記事に書かせていただきます。

 臆病な生命の人間には、臆病の人間しか集まらないという事実を知らなくてはならないということです。

 沖浦のような人間に、自分の個人情報を敵方の法華講へ漏洩されてしまったこと、また沖浦や法華講員にナメられているという事実を重く受け止めなくてはなりません。これは彼らのせいにするのは簡単ですが、本質的な原因は「己心の魔(臆病)」という自分の生命が「悪に甘い汁」を与え、呼び起こした結果なのです。

 一言で言えば、阿部日君は悪に狙われているということです。今の阿部日君がもし悪と接触したら、間違いなく沖浦のように「自分の魂を引っこ抜かれて」堕ちてしまうことは間違いありません。それも時間の問題です。

 この悪ともいうべき宿業から逃れるには、一定期間ネットをしばらく自粛し、現場の闘いに専念する以外にありません。

 そして忘れてはならないのは、敵を破るには、「苦しみを取り除いて、楽しみを与える」という仏の仕事を見習うことです。つまり現場で苦労しろ、ということです。

 阿部日君は、あまりにも周囲に刺激を与えすぎました。そのツケがようやく今になってまわってきたのです。

 それが少しずつ、ジワジワと大きくなって具現化するものです。「大事なことに気がつかない」というほど、不幸なことはありません。

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