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日本では閉ざされている子どもの臓器移植にどう道を開くのか。施行から12年たつ臓器移植法の改正案の採決が、参議院本会議で13日に行われる。
厚生労働委員会から本会議への中間報告が行われたのはまだ一昨日だ。それがあす採決される。衆議院の本会議採決は、委員会の中間報告から9日後だった。一人ひとりの議員が考えるための時間は十分だろうか。
民主党は13日にも内閣不信任案の提出を検討しており、その後の混乱を避けるために採決が前倒しされた。
参院で審議中の改正案には3案あり、そのうち、衆院で可決されたA案を修正する案については、委員会で1時間半しか議論されていない。
時間をかければよいわけではないが、何と言っても、人の死を扱う法律である。参院には、衆院で積み残された課題にも十分な議論をして答えを出すことが期待されていた。
A案は、本人の意思が不明の場合は家族の同意で臓器の摘出ができる。15歳未満の子どもの移植に道を開く一方、本人の書面による意思表示を必要とする現行法の枠組みを一変させる。
この案では、臓器提供に限って脳死を人の死とするという現行法の規定が削除されている。死の範囲が広がるおそれがあるといった批判が相次ぎ、衆院での採決直前、「臓器移植法である以上、脳死を死とするのは臓器提供のときだけ」との説明が示された。
どんな場合に脳死を人の死とするのか。肝心の点があいまいなままA案は可決され、参院に送られた。
参院委員会では審議の終了間際になって、「臓器提供時に限ることを明確にする」との理由で削除部分を復活させる修正案が出た。だが、A案とその修正案で死の定義はどう違うのか、提案者の間でも見解は食い違った。依然として、肝心の点があいまいだ。
両案に共通する問題についての議論も深まったとはいえない。現行法同様、臓器提供の場合だけ脳死が人の死とするなら、本人の意思表示はなくてもいいのか。親族への優先提供を認めるのは、移植医療の公平性を損なわないか、といった点だ。
もう一つの案は、子どもの脳死問題を1年かけて検討する臨時調査会の設置を求める。いわば仕切り直しだ。
作家の柳田邦男氏ら、参院に出席した参考人からは、提供側への配慮の重要性など多くの論点が提起された。それを受けた法案審議の深まりを期待した人も多かったはずだ。
参院は97年、衆院から送られた臓器移植法案を現行法の形に抜本修正して存在感を示した歴史がある。
再考の府としての参院の責任はきわめて重い。法案の問題点をしっかり見据え、多くの国民が納得できる答えを出してほしい。
インドネシアの大統領選で、現職のユドヨノ氏が再選を確実にした。向こう5年、国政を担当することになる。
直接選挙の大統領選は2回目だ。スハルト独裁政権の崩壊から11年あまりをへて、世界最大のイスラム人口を抱える国の民主主義が、安定期に入りつつあることを歓迎したい。
インドネシアでは、米国の9・11テロの影響も受け、大規模なテロ事件が頻発した。イスラム教徒とキリスト教徒の衝突も各地で起きた。アチェの独立紛争や大地震、津波災害も相次ぎ、1万7千以上の島と約300の民族から成る国は揺らいできた。
独裁時代の非効率な制度が残り、経済も東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でシンガポールやタイ、マレーシアに差をつけられてきた。
ユドヨノ氏への厚い支持は、治安と経済を安定させたことによるだろう。
イスラム系テロ組織の捜査を進め、05年の2度目のバリ島テロ事件以来、大きなテロは起きていない。アチェの独立運動とは和解ができた。一時期、世界を騒がせたマラッカ海峡の海賊も沈静化した。
スハルト時代からの「KKN(カー・カー・エヌ)」と呼ばれる腐敗、癒着、縁故主義にメスを入れ、自らの近親者も摘発する潔癖さを見せた。
経済成長率は07年と08年、6%を超えた。世界大不況のなかでも内需が堅調で今年も4%台を見込んでいる。
4月の総選挙で、ユドヨノ氏が率いる民主党は前回の57議席から150議席に躍進した。単独で正副大統領候補を擁立できることになって、ユドヨノ氏は、スハルト時代の翼賛組織の流れをくむゴルカル党との連立を解消した。その党総裁であるカラ副大統領の代わりに副大統領候補に選んだのは、前中央銀行総裁のブディオノ氏だ。
ユドヨノ氏自身は国軍出身だが、改革派としてスハルト氏とは距離を置いていた。新体制は、スハルト時代と決別し、実務を優先した新しい時代の到来を予感させる。
インドネシアはG20メンバーとなり、国際社会でも存在感を増した。タイが相次ぐ政変で揺れるなか、ASEANのリーダーとしての期待も高い。
ブッシュ前米大統領時代の反米機運は、劇的に変わった。カイロでのオバマ大統領のイスラム教徒向け演説は、インドネシアでも好感をもって受け止められた。
オバマ氏が少年時代をジャカルタで過ごしたという親近感もある。米国にとってイスラム社会への足がかりになる国が存在する意義は大きい。
広大な国土の隅々に民主化の果実が届くには時間がかかるだろう。経済を成長軌道に乗せるには、投資環境やインフラ整備など多くの課題が残る。ユドヨノ氏の堅実な手腕に期待したい。