「僕はマシンだ。だからちゃんとオイルを差してくれ」
マイケル・ジャクソンが7月に予定していたロンドン公演のスタッフに医師を加えることを要求し、その理由として答えた言葉という。6月25日の死去後、洪水のようにあふれかえる外電の中から、このコメントを見つけた時「オズの魔法使い」をリメークした「ウィズ」を思い出した。
ダイアナ・ロスが主演した1978年のこのミュージカル映画に、マイケルは「脳みそのない」かかしの役で出演し、見事な歌と踊りを披露している。そこに仲間として登場するブリキ男が歌うのが「オイルを差して」だった。ブリキ男はがらんどうの体で「心がない」設定である。
元来、「オズの魔法使い」は童話でありながら、19世紀末のアメリカ政治を背景にした風刺物語とも言われ、かかしは農民、ブリキ男は工場労働者の象徴とされる。マイケルがそれを知っていたかどうかはともかく、少なくとも、自分は20世紀末から21世紀の初頭にかけての何かの象徴、と感じていたはずである。
マイケルが歌と踊りの上手なだけの黒人エンターテイナーであったら、訃報(ふほう)が日本の新聞の1面に載ることはなかったであろう。でなければ、デューク・エリントン死去(74年)の時は号外が出たはずである。つまり、マイケルは「音楽以外の何か」を持っていたということである。
それは何か。奇行? 整形? 少年趣味? それとも巨万の富? 落ち着いて考えると、そんなものは大したニュースバリューではない。マイケルより、すごい連中はたくさんいる。では、なぜか。マイケルは「ニュースのための存在」として生かされてきたのではないのか。
死去に際し、人気音楽家のコメントを取ろうとした。ほとんど断られた。最初は格好をつけているのかと思ったが、食い下がると複数の人が「実は影響も受けていないし、よく知らない」と理由を教えてくれた。本当は、影響がないわけはない。そんなことすら考えないかかし的な音楽家の話は置いておいて、30歳以下の人々にとって「よく知らない」は本当のことだった。
「マイケルを知った時には、すでに白人だった」とこちらを苦笑させる音楽家もいた。「(ディズニーのアトラクションの)『キャプテンEO』で見ただけ」という歌手もいた。つまり、音楽的には「その程度」なのである。もちろん、フレッド・アステア並みにポピュラーダンスのスタイルを変革したし、映像と音楽の融合によって芸能ビジネスの枠を広げた。だが、それは80年代の話なのだ。マイケルが最後に「生きた」場所は、ゴシップニュースの中だった。
マイケルの芸に対するコアなファンはいる。飽きた人もいる。それが流行というものである。流行が去れば、芸能人は自分が作った歴史を大切にして悠々自適の生活をすればいいだけである。だが、マイケルはそうしなかったし、そうならなかった。
どうも21世紀になって「消えると困るマイケル的存在」が世界的に必要になったようにみえる。もてはやしているようで、実は好きな時にいじくって遊べる都合のいい玩具。緊張した社会の安全弁。それは「人気」とも言えるが、「罰」とも呼べるような相貌(そうぼう)を持つ。芸能人は多かれ少なかれ、そんな重い岩を背負わなければならない面がある。
だが、いかんせんマイケルは目立ち過ぎた。マイケルにだけは「シジフォス(永遠に大岩を押し続ける宿命を負ったギリシャ神話上の人物)を演じてもらおう」という残酷な環境が完成されてしまったのである。プラスが大きければ大きいほど、それをマイナスにしていく楽しみは増える。マイケルはその環境をついのすみかとしたのだ。
「マイケルよ、果てるまでゴシップで我を喜ばせるべし」。この罰を与えた現代のゼウス(ギリシャ神話の最高神)は一体、誰なのか。エンターテインメント業界か。メディアか。大衆か。それともマイケル本人か。そのすべてか。
スターであり続けるためには、プライバシー情報の大岩を転がし続けなければならない。どんな目に遭っても、反論することも、逃げだすことも許されない。いや、意外と居心地もよい。スターの地位は保証される。とすれば、逃げ出す必要もない。この状況をマイケルは受容したとも言える。百発百中の銃弾を得るため狩人と悪魔が契約をかわすオペラ「魔弾の射手」の21世紀版である。
だが、さすがにそこで生きていくためには、マイケルは、かかしとブリキ男にならざるを得なかったのではないか。死の直前、はからずもそれを口にしたのではないか。死因、遺言、遺産相続……。マイケル報道は今日も続く。
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毎日新聞 2009年7月8日 東京朝刊