“腐”った“女子”だから「腐女子(ふじょし)」。奇妙な呼び名だが、近ごろは耳にする機会も増え、「腐男子」まで現れたという。いったい、何が起こっているのか。【遠藤拓】
そもそも腐女子とは、漫画でも小説でも実在の人物でも、男2人をカップルに仕立て上げ、めくるめく同性愛の世界を妄想する女性のこと。「腐っている」と自身をあざけったのが言葉の由来だという。オタクの一形態ともいわれ、広く知られるようになったのは最近だが、言葉は90年代半ばには存在したとの説もある。
趣味の世界をとやかく言うのは、やめておこう。でも、ひそかに気がかりなことがある。腐女子と婦女子は音が重なり、だじゃれっぽい。もしかして、腐女子はだじゃれ好き? ならば親近感もわくのだが。
「確かにだじゃれですよ。年を重ねた腐女子を『貴腐人』とも言うぐらいですし」。コラムニスト、深澤真紀さん(42)がそう答える。「草食男子」という言葉の生みの親。腐女子の呼び名すらなかった約30年前から「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」でカップリングを楽しんでいたという、腐女子マインドの持ち主だ。さらに加えて言う。
「女性はだじゃれが嫌いではなくて、オヤジギャグを聞かされるのがイヤなんですよ。だって、『聞けよ』と言わんばかりでしょ」
だじゃれはさておいても、腐女子という言葉にはもう一つ、笑いの要素が含まれている。それは自分への笑い、つまり自嘲(じちょう)である。
「自虐ではありますが、女性が自分たちを笑う時って、実は自分に対する圧倒的な肯定感があると思うんです。(エッセイストの)酒井順子さんが定義した『負け犬』と一緒。外部の人に言われれば、腹は立ちますが」
なるほど。確かに、酒井さんの「負け犬の遠吠(とおぼ)え」は、30代以上、未婚、子供なしの女性を「負け犬」とあざけりつつも、どこか当事者へのエールがにじんでいた。
もう一人、話を聞きたい人がいた。ノンフィクションライター、杉浦由美子さん(39)。05年に「AERA」誌上で、一般メディアでは初めてとなる腐女子の紹介記事を書いた。「腐女子化する世界 東池袋のオタク女子たち」などの著書もある。
筋金入りの腐女子ウオッチャーとして、この呼び名をどう思います? 「腐っても女子とでも言いますか。『女子』にこだわるのは女であることを降りていないということ。女としてのアイデンティティーが強いのでしょうね」
杉浦さんが「降りていない」と言うのは、腐女子があまりにフツーの女性だからだ。「彼氏がいたり、結婚している人も珍しくない。妄想と現実をきっちりと分けているんです。よく腐女子の特徴を聞かれますが、カレー好きや喫煙者と一緒で、コレという特徴はありません」
最近目を見張るのは、腐女子という概念の広がりだ。
「特に10代を取材していると、BL(ボーイズラブ)本は全然読まない、という子が腐女子を自任している。今や腐女子は、二次元のキャラクターに恋をできる人にまで広がったと思います」。BL本とは主に美少年同士の性愛をテーマとした漫画や小説などで、近年広がりを見せている。
一方の深澤さんは、歴史にのめり込む歴女(れきじょ)や鉄道好きの鉄子(てつこ)が目立つことに着目し、こんな仮説を打ち立てる。「彼女たちも広い意味で腐女子です。対象は違っても、何かに『萌(も)える』点がとても似ている。まあ、当人たちはそう思わないかもしれませんが」
腐女子の男性版ともいえる腐男子にも会っておこう。インターネットサイト「がる★パラ!腐女子カフェ」でコラムを連載する吉本たいまつさん(39)。妻子を巻き込んでBL本を楽しむという“つわもの”の自宅を訪ねた。
「男同士をくっつけたり、この2人はデキているに違いないと妄想する『腐読み』を体得し、BL本の楽しみが広がった。腐女子の肝も『腐読み』ですよ」。熱っぽく持論をぶつ吉本さん。腐女子の台頭について尋ねると、オタクを引き合いに出して言う。
「オタクという言葉が生まれた80年代は、『頑張ってオタクになる』という決意が必要でした。腐女子も同じで、スラダン(『スラムダンク』)やセイヤ(『聖闘士星矢』)にはまったり、同人誌即売会に通ったりしないと、『萌え』が達成できなかった」
ところが、今はネット販売などでBL本も入手しやすくなり、腐女子という概念もずいぶん大っぴらに。今年5月には「腐女子彼女。」なる映画まで公開された。
「すっかり『萌えれば腐女子』というライトな見方が増えました。誰でも楽しめるモノになったからこそ、腐女子という言葉も一般化したのでしょう。この流れはもう避けられません。ただ、腐女子の元々の意味を忘れてほしくないとは思います」
こうしてさまざまな当事者を抱えつつ、静かに広がる「腐」の世界。当人たちがひそやかに趣味を堪能するだけならば、世の大勢に影響はないはずだが、少し気になる。いったい、腐女子の台頭にはどんな意味があるのだろう。
腐女子ウオッチャーの杉浦さんは、女性の消費行動の変化を読み取ってみせる。
「バブル世代までの女性は、ハンドバッグを男性に買ってもらうような文化。でも、団塊ジュニア世代以降は自腹消費です。自分で稼ぎ、好きなモノに好きなだけお金を使う最初の世代といってもいい。腐女子が広がったのも、彼女たちがそれだけお金を落としたからだと思います」
一方、前出の深澤さんはこうだ。「オタクやマニアは長らく男性だけの世界だと思い込まれていたが、ようやく女性もそのマニア性を明らかにできるようになったということです。やっと男性と同じように、モテたりウケたりには1ミクロンの役にも立たない趣味にうつつを抜かせるようになった。いい時代です」
最後に大事なことを一つ。もしも身の回りで腐女子と出会ったら、いったい何と声をかければよいのだろう。すると深澤さんが、迷うことなく言い切った。
「ほっといてほしいですね(笑い)。娘や妻が同人誌を書いたり、買っていても、読まないほうがいいですよ。誰だって、自分の妄想の世界をのぞかれるのはイヤでしょう? お互いの妄想は尊重されるべきですから」
めくるめく世界は、彼女たちだけのもの。男性の皆さん、それでいいじゃないですか。……ね、そう腐らないで。
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毎日新聞 2009年7月10日 東京夕刊