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社説

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水俣病特措法―真の救済とするためには

 水俣病の未認定患者の救済を目指す特別措置法が成立した。95年に続く「第2の政治決着」である。

 環境省によると、救済を求めている約3万人のうち2万人以上が救われる可能性があるという。95年の政治決着では救済対象者を水俣病と認める文言さえなかったが、今回の法律には「水俣病被害者」と明記された。

 高齢化した多くの被害者の早期救済という観点からは、政治の努力を多としたい。しかしなお失望を禁じ得ないのは、今回の救済策でもう一つ新たな水俣病の概念が生まれ、そこからも取り残される人々が存在するからだ。

 水俣病にはこれまでも、公害健康被害補償法に基づく認定患者、95年の「政治決着」を受け入れた被害者、04年の関西訴訟の最高裁判決で勝訴した被害者と、症状の基準や補償額が異なる三つの被害者が存在している。

 メチル水銀による同じ中毒症なのに、なぜばらつきが出るのか。それは政府が77年につくった認定基準を、かたくなに見直さなかったからである。

 04年に最高裁が現行の認定基準よりも幅広く救済する基準を打ち出した。環境省はそれを受けて基準を改めるべきだったが、救済の枠組みが崩れるのを恐れて棚上げにしてきた。

 また特措法ではチッソの分社化が認められた。負債を受け持つ補償会社と事業会社に分け、事業会社の株式を売って補償金に充てる。売却後に補償会社は清算されて原因企業は消滅する。

 原因企業が消えた後、潜在患者らが補償を求めた場合、だれが責任を負うのか。そんな被害者の不安は、いずれにせよ、最終的には国や県が責任を担うとすることで解消すべきだ。最高裁判決も行政の責任を認めている。

 今回、救済対象となる症状は「手足の先ほどしびれる感覚障害」に限った95年決着よりも大幅に広がった。

 しかし、民主党が求めていた大脳皮質障害による知的障害などは除外された。母胎内で水銀を浴びた胎児性水俣病に特有とされる症状である。今後、40〜50代になった胎児性の未認定患者が多く手を挙げるだろう。その救済の責任は行政がとらねばならない。

 さらに、チッソが有害な排水を止めた後の69年以降に生まれた人は特措法の枠外にいる。ところがその世代に、手足のしびれなど水俣病の症状がある人がいることが最近わかった。

 この世代が被害補償を訴える場は法廷しかない。もし裁判で被害が認められれば、95年の政治決着を最高裁判決が覆したのと同様の事態が繰り返される可能性がある。

 戦後最大の公害事件を決着させる仕事は終わっていない。政府はまず、汚染地域全体の被害調査をし、そして認定基準を見直すことをいま一度、検討すべきではないか。

JR西社長起訴―安全への道を突きつめよ

 107人が亡くなったJR宝塚線の脱線事故を起こした刑事責任はだれにあるのか。惨事から4年余、神戸地検はJR西日本の山崎正夫社長を業務上過失致死傷という罪で起訴した。

 地検が着目したのは、96年に事故現場の線路を半径600メートルから304メートルの急カーブに付け替えた工事だ。完成後は快速電車の本数が増えたのに、カーブの手前で減速させる自動列車停止装置(ATS)を設置しなかったことが「過失」にあたると判断した。

 当時、鉄道本部長という安全対策の最高責任者だった山崎社長には、運転士がミスをする可能性も含めて事故を予見し、対策を取っておくべき責任があったという論理だ。

 鉄道事故で経営幹部の刑事責任が問われるのは異例だ。この事故では運転士は死亡している。だれも起訴されないまま、これだけの大事故の捜査が終わるのは理不尽だという被害者の感情もあった。地検はぎりぎりの判断で社長の起訴に踏み切ったのだろう。

 起訴を受け、山崎氏は社長辞任を表明した。ただ、これまで「事故は予測できなかった」と話しており、公判では全面的に争うとみられる。

 激しいやりとりが予想される公判は、鉄道の安全水準の目安が示される場として重要だ。事故原因の究明と今後の安全対策の強化にも役立つ場であってほしい。

 兵庫県警が書類送検した歴代幹部8人と遺族が告訴した井手正敬氏ら歴代社長3人は、いずれも「嫌疑不十分」として不起訴になった。だからといって、JR西日本は山崎社長の個人責任だけが問われていると考えてはならない。安全の責任者が起訴されたことは、安全より経営効率を優先した企業体質も問われたに等しい。

 事故の直接の原因は、運転士が制限速度をオーバーして急カーブに突っ込んだことだ。だが、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(当時)が2年前に出した最終報告書は、事故の誘因としてJR西日本の懲罰的だった日勤教育を指摘している。

 事故後、JR西日本は懲罰的な教育方法を改めた。昨春、鉄道会社では初めて「リスクアセスメント」を導入した。事故や事故の一歩手前の事象を職場できちんと報告し、優先順位を決めて対策を講じるという取り組みだ。職場の風通しをよくする狙いもある。

 こうした改革への取り組みはこれからも推し進めてほしい。

 JR西日本は未曽有の不況の影響などで利用者が減り、苦境に立たされている。しかし、経営効率よりもまず安全対策を最優先すべきことを、悲惨な事故は突きつけたはずだ。

 その教訓をJR西日本はもちろん、人の命を預かるすべての企業が生かさなくてはならない。

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