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米ロ核合意―他の保有国を引き込め

 米国とロシアが思い切った核軍縮に合意した。検証を伴う本格的な戦略核兵器の削減合意は、実に18年ぶりのことだ。「核のない世界」を目指すオバマ米大統領にとって、そして世界にとっても重要な一歩が踏み出されたのは間違いない。

 合意されたのは、今年12月に期限切れとなる第1次戦略兵器削減条約(START1)の後継となるものだ。

 米ロが保有できる戦略核弾頭数を1500〜1675発とし、ミサイルや爆撃機などの運搬手段も500〜1100まで減らす。年内の条約締結を目指し、発効から7年後までに削減を実現させる。

 冷戦直後の1991年に調印されたSTART1と比べると、弾頭数ではほぼ4分の1に減らすなど野心的な内容で、厳格な検証規定も盛り込まれることになっている。

 02年のモスクワ条約で、12年末までに戦略核を1700〜2200発まで減らすことが合意されたが、検証の規定がなく、運搬手段も対象になっていない。本格的な軍縮のためには、今回のような仕組みがどうしても必要だ。米ロ両首脳の決断を歓迎する。

 ただ、これによって「核のない世界」への展望が一気に開けたわけではない。大幅削減とはいえ、1500発以上もの弾頭が向かい合う状態は、冷戦思考から脱却したとは言い難い。

 相手の先制核攻撃が着弾する前に第2撃を発射し、相手の第3撃能力を徹底的に破壊する。そんな戦争シナリオのもとでは、千数百発以下にはなかなか減らせないということなのだ。核を持つ中国や英仏、さらには北朝鮮などへの拡散をにらんでのことでもある。

 逆に言えば、冷戦思考のもとで減らせる限界まで踏み込んだのが、今回の合意の意味である。

 「核のない世界」という目標が現実味を帯びるためには、実はここから先に前進できるかどうかにかかっている。気が早すぎるかもしれないが、この条約ができたらすぐにも、次の新条約の交渉を始めなければならない。

 そこでさらに思い切った軍縮を進め、他の核兵器国も引き込んだ多国間軍縮交渉への道筋を描く必要がある。

 オバマ政権は今、核戦略の見直しを進めている。冷戦思考を脱却し、はるかに少ない核兵器で国際秩序を安定させる方策が求められる。その際、地域の安定を損なわないよう、日本など同盟国とも協議すべきだ。

 今回の合意を条約にまとめるには、米ロ関係の安定が欠かせない。ロシアが反発する東欧へのミサイル防衛の配備問題をまず乗り越えねばならない。ロシアにとっても、大幅な核軍縮は長期的な利益にかなうはずだ。

 2大核大国が動かなければ、世界の核廃絶は実現しようがない。

ウイグル騒乱―弾圧しても安定はない

 中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチは、「美しい牧場」という意味のシルクロードのオアシス都市だ。ここで起きた大規模な騒乱で、死者は150人を超え、1千人以上がけがをしたが、まだ完全には収まっていない。

 背景にはイスラム教徒のウイグル族と多数派の漢族の、根深く鋭い対立がある。建国60年を迎えても、中国当局は民族問題に本腰を入れて取り組んでいない。それどころか結果的に対立をあおっているようにさえ見える。

 自治区政府のヌル・ベクリ主席は「海外の者が指揮し、国内の者が行動を起こした事件」と断定。中国メディアも少数民族のウイグル族の暴動と位置づけて報道している。漢族の被害が強調されてもいるようだ。

 一方、在外のウイグル人組織でつくる「世界ウイグル会議」は、平和的なデモが当局から武力鎮圧を受けたと訴えている。ウイグル族の出稼ぎ労働者が6月に広東省の工場で襲われた事件に、抗議するデモだったという。

 双方による宣伝戦のなかで、真相はまだ明らかではない。ただ中国西北端のこの地域で長く続く、民族対立の構図が改めて鮮明になった。

 この地域は18世紀に当時の清朝に征服され、19世紀に新しい領域という意味の「新疆」と名付けられた。1930年代から40年代にかけては、ウイグル族による「東トルキスタン」建国を目指す独立運動が2度あった。

 新中国の新疆ウイグル自治区となってからは、漢族移民が急増した。文化大革命中にはイスラム寺院が破壊されたり、教典が焼却されたりして、ウイグル族は不満を募らせてきた。

 自治区は国防のうえで重要な国境地帯にあり、全国土の6分の1を占める。石油や希少金属などの鉱物資源にも恵まれている。中央政府は領土保全を優先するあまり、そこで暮らす人々の心情への配慮を怠ってきた。

 1949年には自治区に25万人しかいなかった漢族が、今は800万人を超える。軍人を含めれば最大の民族集団といわれている。ウルムチではすでに漢族が人口の大半を占める。

 急激な移民がウイグル族の反発を招くのは自然なことだ。北京五輪で中国に世界の関心が集まった去年も、デモや襲撃事件が相次いだ。

 中国共産党は建国前、連邦制や幅広い民族自治を検討したことがあった。しかし権力を握ってからは、統一した中央集権国家が中国にはふさわしい、などの理由を盾に自治を制限してきた。ウイグルでもチベットでも、トップの党委員会書記は漢族が務める。

 中国には55の少数民族がいる。その宗教や文化、教育などについて幅広い自治に踏み出す時だ。10月1日にある建国60年の式典に、民族衣装さえ並べればいいというものではない。

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