記者の目

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記者の目:赤ちゃんポスト=結城かほる 

 赤ちゃんの殺害や遺棄が後を絶たない中、匿名で受け入れ、養子縁組などで新しい家族を与えようと、熊本市の慈恵(じけい)病院が赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)を開設して2年が過ぎ、運営上の問題や親の実情が浮き彫りになってきた。入れられた子供の「健やかに育つ権利」「出自を知る権利」そして「親権」。何を優先させ、他の権利をどう補うか、国と熊本県、市は共に検討し、先送りしてきた法的な問題に速やかに判断を示すべきだ。

 慈恵病院はドイツの制度を参考にポストを開設した。運営する医療法人はカトリック系で、人工妊娠中絶が許されない宗教上の背景もあった。現行法が想定していない施設で、国は刑法や児童福祉法に照らし「直ちに違法とはいえない」とし、「見切り発車」したのが実情だった。

 子供への対応は、(1)ポストに入れる前の事前相談(2)ポストに入れられ身元が判明(3)ポストに入れられ身元が分からない--場合で異なる。

 (1)の場合、病院と親たちで相談しながら後のことを決められる。特別養子縁組をあっせんする団体に引き継ぐこともできる。(2)と(3)は児童相談所が対応する。(2)なら、親の居住地の児相に引き継ぎ、原則的には親元に戻るのを推す支援がなされるという。

 問題は(3)のケースで、「新しい家族」を得られるかは現状では不透明だ。通常の「捨て子」は、警察が保護責任者遺棄容疑で捜査する。身元が分からない場合、捜査を論拠に家庭裁判所が「実父母に養育意思があると確認できない」と特別養子縁組を認めるケースがある。だが、ポストの場合、捜査は明らかに虐待を受けている場合などにとどまる。親が後に名乗り出る可能性も捨て切れず、家裁が同様の判断をする論拠がない。判例などから特別養子縁組は難しいと県は分析している。

 このため、病院は08年度から、「匿名での受け入れ」という大前提を覆した。建物の外側から赤ちゃんを入れ扉を閉めると、扉に鍵がかかって院内のアラームが鳴り、駆けつけた職員が赤ちゃんを保護するのに加え、アラームと同時に建物の外に回る職員を配置した。入れたと思われる人を捜し、車のナンバーを記録した例もある。身元が分かった子供は、07年度は入れられた17人のうち10人だったが、08年度は25人中22人。判明率は大幅に伸びた。

 身元の分からない10人は、今も乳児院などや里親の元で育っている。しかし、里親にしても児童福祉法の規定で原則18歳までの期限付きで、「新しい家族を与える」という当初の理念とは異なる。

 慈恵病院の蓮田太二理事長は昨年、参考にしたドイツの例にならい、一定期間連絡がなければ養子縁組の手続きを進めるような内容の告知をするよう検討した。「親権」より「健やかに育つ権利」を優先させようとしたわけだ。

 だが、親権停止を宣告するような行動は、民法で家庭裁判所がすると定めており、一病院の判断ではできない。「国が決めること」と、1月に小渕優子少子化担当相に、特別養子縁組の緩和を要請したという。しかし、国にも目立った動きはない。

 「想定外」は、他の公表結果からもうかがえる。大学教授や医師らによる熊本県の中期的検証会議の中間報告(08年9月)で、ポストに子供を入れに来た人物は07年度、母親1人のケースが約2割と判明。熊本市が公表した08年度の利用状況でも、父親がかかわったケース、祖父母がかかわった例が各5件あった。「一人で悩み、追いつめられた母親が利用」という見込みからはほど遠かった。

 だが、市も県も自ら現状分析することすら拒んでいる。「検証会議が議論することになっており、現時点で評価はできない」(幸山政史・熊本市長)という。問題がはっきりしてきた以上、これですませられるわけはない。特別養子縁組に取り組むにせよ、申請できるのは6歳未満などの条件があり、ポストに入れられた子供たちにはそんなに時間的余裕はない。身元の分からない子供たちの成育環境を可能な限り保障できるよう、4者で早急に詰めるべきだ。

 そのためには、どの権利を優先させるべきか、まず明確にすべきだと思う。同様の制度を持つ米カリフォルニア州では「望まぬ妊娠をした母親が出産直後の動転で赤ちゃんを殺す・捨てる事件を防ぐ」と目的をはっきりさせ、「出自を知る権利は保障できないが、命と新しい家庭を得られることを優先した」と、失う権利にも向き合っていた。

 ポストが使われない社会は理想だが、これだけの利用がある以上、運用中止は問題の解決にならない。運用を続けながら、身元の分からない子供たちが自らを肯定して生きていけるよう取り組むことが、「社会で育てる」ことにつながると思う。(熊本支局)

毎日新聞 2009年7月7日 0時15分

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