先週日曜日の夕方、京大正門前に浮かぶ「くびきりアイランド」（旧・首切り職員村）を訪ねた。
時計台前にある大きな楠の下、縦横に伸びるブットイ枝の下に優しく抱かれるようにして、コタツを中心に作られた高座は、デンと正門を見据え、島の首都を主張していた。
島と大学正門を結ぶ直線上には、魚の頭だけがさながらさらし首のように置かれ、この場所がいかなる意味を持ち、どんな気持ちが込められて作られたアイランドであるのかを、控えめに？周囲へと語りかけていた。
首切り島の最高責任者である、小川恭平さんと井上昌哉さんにさっそく話を聞いてみた。
質問は、次の二点。
�，匹Δ靴謄好箸鮖呂瓩燭里�？
�∈Ｋ召鵑任い襪海箸浪燭�？
当日は、急な訪問だったこともありお二人とも忙しく、そのため井上さんに代表して胸の内を語って頂いた。
東大文学部を卒業後、京大の人間・環境学研究科に進学した井上さんは、休学を含め大学院修士課程に７年ほど在籍したという。世間的価値観にまみれあくせくして働くことに抵抗を感じていた井上さんは、もっと時間にとらわれない生き方を実践したいという。
結果、院生時代からアルバイトに従事していた京大図書館で、大学院修了後も働くこととなる。図書館勤めの給与は、週４入り程度で約１１〜１２万円。確かに、金額的には多いとは決していえないが、その分、ほどよい時間の使い方ができる生活が実現されていたので、不満は無かったという。
ただし、それには「このままの生活を続けることができるなら」という前提を必要とした。だが、それは２００５年に改定された大学の就業規則によって、儚くも破れることとなった。
それまで、図書館などに勤める非正規雇用の職員たちは、原則１年契約を毎年4月の頭に更新し続ける形で、働く場に身を置き続けていた。暗黙の了解事項として、自らが辞めるといいださない限り、何年でも更新が続けられるはずであった。
だが、4年前、いきなりそれが崩れさった。この年（２００５年）の4月以降から採用された人に限っては、雇用の最長期限を５年にするとされたからだ。
院生時代からアルバイトをしていた井上さんだったが、大学院修了後に臨時職員となるにあたって、雇用契約を結び直していたことが、ここに引っかかることになった。
仕事の内容は同じ、給与も同じであるが、書面上の契約の形式だけが変わったために、期間限定という立場に追い込まれてしまった。
「仕事には誇りをもっていました。ですが、大学側は大した仕事ではないというようなことをいいます。そして、取り替えがきくというようなことも。『なめるなよ！』。そんな怒りがいつしか自分のなかに湧いてきたのです」
井上さんが図書館で従事していた仕事の内容は、OPACという書物検索システムを維持・運営するためのデータ作りである。現在、大学に所属する学生や教員が、自学の図書館においてネット検索をすることで直ちに求めている書籍を発見できるのは、こうした裏方の仕事が成立しているからなのである。人の目に触れる華やかな職業ではないが、非常に重要な仕事なのである。
それにもかかわらず、大学運営を縁の下で支え続ける人々の多くは、非正規雇用者なのである。京大の場合、2600人もの非常勤職員によって、大学運営が助けられているが、実はその半数が、例の5年首切り条項に引っかかっている。
井上さんによれば、図書館勤めの大半（少なくとも５割以上）が非常勤であるという。今後は、たった５年で次々と人が入れ替わっていく。だが、首を切られた人たちは、どこに行けばよいのだろうか。仕事を失えば、家も同時に無くなるのである。
非正規雇用の職員たちにこうした無情な首切りの刻限が持ち出される一方で、京大では現在６３歳となっている教員の定年を６５歳に引き上げるという発表を最近行った。高齢者雇用安定法に従ってという理由からだ。
井上さんは、このことについてコメントはしなかったが、大学で正規雇用されている人と同じように仕事に就く非正規雇用の人々は、きっと複雑な思いをもったに違いない。
なぜなら、彼らは危機に直面しているからである。ある刻限がくれば、仕事を失い、帰る家も無くしてしまうのである。制度によって緊急に支援されるべきは、現時点で安定した地位にいる者ではなく、エマージェンシーにある若年・壮年層や非正規雇用の立場で喘いでいる人たちではなかろうか。
「私たちを突き動かしているのは怒りです。大学にナメラレタ、という屈辱感をそのままにしておいては、人間としての誇りを失うばかりです」
たとえ給与が低くとも、あるいは百歩譲って非正規雇用の立場でも、とりあえず食ってさえいければ耐えられた。だが、まじめに働いているにもかかわらず、ある日を境に「規則ができましたから」といって、首を切られてしまうのだとしたら、それでもただ黙って耐える続ける選択肢しか残されていないのだろうか。これが、井上さんの抱える偽らざる気持ちである。
今、「くびきりアイランド」には、病気を抱えながらも頑張っている人、派遣で生活不安を抱える労働者、シングルマザーなど、社会的に弱い立場に置かれている人たちやケースワーカーなどの支援者が、どこからともなく集まって来て応援の声をかけたり、夕飯の材料を差し入れたりといった、暖かい輪が自然に形成され広がりはじめている。
「私たちは機械ではない。人間なのだ」
井上さんや小川さんが、その意に反しても人としての尊厳を守るためにあえて戦い続け伝えようとしているこのメッセージに、皆が思いを重ね合わせているからかもしれない。
水月昭道
『高学歴ワーキングプア』著者
時計台前にある大きな楠の下、縦横に伸びるブットイ枝の下に優しく抱かれるようにして、コタツを中心に作られた高座は、デンと正門を見据え、島の首都を主張していた。
島と大学正門を結ぶ直線上には、魚の頭だけがさながらさらし首のように置かれ、この場所がいかなる意味を持ち、どんな気持ちが込められて作られたアイランドであるのかを、控えめに？周囲へと語りかけていた。
首切り島の最高責任者である、小川恭平さんと井上昌哉さんにさっそく話を聞いてみた。
質問は、次の二点。
�，匹Δ靴謄好箸鮖呂瓩燭里�？
�∈Ｋ召鵑任い襪海箸浪燭�？
当日は、急な訪問だったこともありお二人とも忙しく、そのため井上さんに代表して胸の内を語って頂いた。
東大文学部を卒業後、京大の人間・環境学研究科に進学した井上さんは、休学を含め大学院修士課程に７年ほど在籍したという。世間的価値観にまみれあくせくして働くことに抵抗を感じていた井上さんは、もっと時間にとらわれない生き方を実践したいという。
結果、院生時代からアルバイトに従事していた京大図書館で、大学院修了後も働くこととなる。図書館勤めの給与は、週４入り程度で約１１〜１２万円。確かに、金額的には多いとは決していえないが、その分、ほどよい時間の使い方ができる生活が実現されていたので、不満は無かったという。
ただし、それには「このままの生活を続けることができるなら」という前提を必要とした。だが、それは２００５年に改定された大学の就業規則によって、儚くも破れることとなった。
それまで、図書館などに勤める非正規雇用の職員たちは、原則１年契約を毎年4月の頭に更新し続ける形で、働く場に身を置き続けていた。暗黙の了解事項として、自らが辞めるといいださない限り、何年でも更新が続けられるはずであった。
だが、4年前、いきなりそれが崩れさった。この年（２００５年）の4月以降から採用された人に限っては、雇用の最長期限を５年にするとされたからだ。
院生時代からアルバイトをしていた井上さんだったが、大学院修了後に臨時職員となるにあたって、雇用契約を結び直していたことが、ここに引っかかることになった。
仕事の内容は同じ、給与も同じであるが、書面上の契約の形式だけが変わったために、期間限定という立場に追い込まれてしまった。
「仕事には誇りをもっていました。ですが、大学側は大した仕事ではないというようなことをいいます。そして、取り替えがきくというようなことも。『なめるなよ！』。そんな怒りがいつしか自分のなかに湧いてきたのです」
井上さんが図書館で従事していた仕事の内容は、OPACという書物検索システムを維持・運営するためのデータ作りである。現在、大学に所属する学生や教員が、自学の図書館においてネット検索をすることで直ちに求めている書籍を発見できるのは、こうした裏方の仕事が成立しているからなのである。人の目に触れる華やかな職業ではないが、非常に重要な仕事なのである。
それにもかかわらず、大学運営を縁の下で支え続ける人々の多くは、非正規雇用者なのである。京大の場合、2600人もの非常勤職員によって、大学運営が助けられているが、実はその半数が、例の5年首切り条項に引っかかっている。
井上さんによれば、図書館勤めの大半（少なくとも５割以上）が非常勤であるという。今後は、たった５年で次々と人が入れ替わっていく。だが、首を切られた人たちは、どこに行けばよいのだろうか。仕事を失えば、家も同時に無くなるのである。
非正規雇用の職員たちにこうした無情な首切りの刻限が持ち出される一方で、京大では現在６３歳となっている教員の定年を６５歳に引き上げるという発表を最近行った。高齢者雇用安定法に従ってという理由からだ。
井上さんは、このことについてコメントはしなかったが、大学で正規雇用されている人と同じように仕事に就く非正規雇用の人々は、きっと複雑な思いをもったに違いない。
なぜなら、彼らは危機に直面しているからである。ある刻限がくれば、仕事を失い、帰る家も無くしてしまうのである。制度によって緊急に支援されるべきは、現時点で安定した地位にいる者ではなく、エマージェンシーにある若年・壮年層や非正規雇用の立場で喘いでいる人たちではなかろうか。
「私たちを突き動かしているのは怒りです。大学にナメラレタ、という屈辱感をそのままにしておいては、人間としての誇りを失うばかりです」
たとえ給与が低くとも、あるいは百歩譲って非正規雇用の立場でも、とりあえず食ってさえいければ耐えられた。だが、まじめに働いているにもかかわらず、ある日を境に「規則ができましたから」といって、首を切られてしまうのだとしたら、それでもただ黙って耐える続ける選択肢しか残されていないのだろうか。これが、井上さんの抱える偽らざる気持ちである。
今、「くびきりアイランド」には、病気を抱えながらも頑張っている人、派遣で生活不安を抱える労働者、シングルマザーなど、社会的に弱い立場に置かれている人たちやケースワーカーなどの支援者が、どこからともなく集まって来て応援の声をかけたり、夕飯の材料を差し入れたりといった、暖かい輪が自然に形成され広がりはじめている。
「私たちは機械ではない。人間なのだ」
井上さんや小川さんが、その意に反しても人としての尊厳を守るためにあえて戦い続け伝えようとしているこのメッセージに、皆が思いを重ね合わせているからかもしれない。
水月昭道
『高学歴ワーキングプア』著者